春の庭で目を覚ます
ユメは目を覚ました。
……ここは、どこだろう?
ぼんやりとした意識の中で、ユメは自分が寝ていた場所を確かめるように体を動かす。
目の前には、淡い緑色の草が広がり、まだ朝露に濡れた小さな花々があちらこちらで咲き誇っている。
空気はひんやりとしていて、草の匂いや湿った土の香りが鼻をくすぐった。
それはどこか懐かしいような、そして温かい感じがした。風が優しく頬を撫で、その柔らかさに、ユメはしばらく目を閉じてその感触を楽しんだ。
ふと自分の体に目をやると、見慣れぬ姿になっていることに気づいた。
細長い体、小さな足、そしてふわふわとした毛。
そう、今のユメは小さな猫になっていた。夢の中の迷子猫として目覚めたのだった。
「ここは……夢の世界なのかな?」
不安そうに尾を揺らしながら、ユメはそっと庭の中を歩き出す。
足元には、小さな花びらが舞い散り、春の光を反射してきらきらと輝いていた。
その花々に誘われるように、ユメは一歩一歩、歩を進めた。
草の間からは、小さな虫たちがひらひらと飛び回っており、その動きはまるでユメを歓迎しているかのように見える。
小さな蝶がユメの前を飛んでは、またどこかへ飛び去るのを、ユメはただ見つめていた。
ふと目を上げると、庭の奥に一本の桜の木が立っているのが見えた。
薄紅色の花びらが風に乗って舞い落ち、その一片がユメの鼻先にふわりと触れた。
ユメは思わずくんくんと匂いを嗅ぐ。
桜の花の甘い香りが、どこか懐かしく、優しい気持ちにさせた。
その香りに包まれながら、ユメはしばらく花びらが風に舞う様子を見つめていた。
庭を歩きながら、ユメはふと自分の影を見た。
夢の中の影は少し揺らめいていて、まるで水面のように柔らかく、自由に動いている。
現実と夢の境目が曖昧で、自分の姿がどこまで本当で、どこからが幻想なのか、まだはっきりとはわからなかった。
それでも、どこかで感じる安心感がユメを包み込み、不安よりも好奇心が勝った。
「冒険……しようかな」
ユメは尾を高く上げ、桜の木に近づくことを決めた。
木の根元には、小さな土の道が続いている。
朝露を浴びた土の道には、光が反射してキラキラと輝き、まるで宝石を散りばめたように美しく見えた。
ユメはその道をそっと踏みしめながら歩き始めた。
道を進んでいくと、やがて小さな池が現れた。水面は鏡のように静かで、ユメの姿がその中に映っていた。
夢の中ならではのふわふわとした毛並み、少し大きく見える目、そして猫としての姿が、まるで別世界の一部のように美しく見えた。
ユメはその映った自分を見つめながら、そっと声を出した。
「こんにちは……ユメだよ」
すると、池の水面が小さく揺れ、ユメの影が水の中で跳ねるように動いた。
その動きは、まるで水の精霊が応えてくれているようだった。
ユメはその優しい波紋を見つめながら、胸の中に少しの安堵感が広がっていくのを感じた。
さらに庭を進んでいくと、小さな小径が現れた。
小径の両側には野の花が咲き乱れ、色とりどりの花々が風に揺れている。
ユメはその間を駆け回りながら、時折立ち止まり、花の香りを深く吸い込んだ。
蝶がひらひらと飛び交い、ユメはその追いかけっこを楽しんだ。花びらに触れるたび、ふわりと柔らかな光が舞い上がり、ユメの体を包み込んだ。
その光に包まれたユメは、まるで夢の中で舞踏しているような気分になった。
「夢って……こんなに自由なんだ」
小径を抜けると、庭の奥に小さな小屋が見えてきた。
木の香りが漂うその小屋は、どこか懐かしく温かい雰囲気を放っている。
ユメはその扉の前に立ち、少しだけ怖がりながらも、扉を覗いてみた。
中には、小さな動物たちや妖精のような存在が静かに集まり、身を寄せ合っていた。
その光景はまるで、ユメがこれから経験するであろう冒険の一端を示しているかのようだった。
ユメが戸口に立つと、小さなリスがこちらを見上げ、尻尾をくるくると揺らしながら言った。
「新しい子だね。迷子かな?」
ユメは首をかしげて尾を揺らす。
「そう……かも。私はユメだよ」
リスは微笑んで、ユメの体には触れず、少し離れて案内を始めた。
「ここは夢の庭だよ。迷子になっても、怖がらなくていい。ゆっくり歩けば、きっと道は見つかるから」
ユメは深く息を吸い込んで、胸の中がぽかぽかと温かくなるのを感じた。
この場所なら、大丈夫だと思った。迷子でも、怖くはない。
夢の世界では、きっと自由に遊べるし、新しい仲間にも出会えるだろう。
庭の向こうには、春風に揺れる菜の花畑が広がっていた。
黄色い花が揺れるたびに、光が跳ね返り、ユメの毛並みに反射して、柔らかな光の道ができていく。
ユメはその光の道を駆け抜け、尾を揺らして小さく跳ねた。
「これからの冒険、楽しみだな」
夢の庭の中で、ユメはゆっくりと歩き、遊び、匂いを嗅ぎ、春の風や光、花々と触れ合った。
迷子であった不安は少しずつ消えていき、胸の中には好奇心とわくわくが満ちていく。
春の庭は、ユメにとって新たな世界への入り口。
まだ見ぬ四季の世界へと続く、冒険の始まりだった。




