第49話「画面越しに交差する想い」
まきぽんたちはあったかいスープでお腹を満たし、明日に備えて寝ることにしましたが、その前に……
「……そうだ、エリアスたちにも報告しないとね」
私はそうつぶやいて、胸元のスマホを取り出した。
さっきまでみんなで鍋を囲んだり、リスナーたちのコメントで盛り上がっていたが、結界の中は、今は焚き火のパチパチという音だけが静かに響いている。
みきぽんはというと——
早くも私のローブの中に潜り込んで、うつらうつらと眠そうな顔をしている。
その安らかな横顔に癒され、私は角笛のアイコンをタップして、通信アプリを立ち上げた。
《——接続確認。こちらブリギッドです》
「まきぽんです。戦いは無事に終わりました」
《映像、音声ともに良好です。皆さんの無事を確認できて、安心しました》
画面の中に、ブリギッドの柔らかい笑顔が浮かんだ。
《マスターにお繋ぎしましょうか?》
「うん、お願い!」
《承知しました。……少しお待ちください》
しばらくすると画面が切り替わり、見慣れたローブ姿の青年が画面に映し出された。
「エリアス、こんばんは!」
「……こんばんは」
いつもの落ち着いた声。
けれど、その顔にはうっすらと疲れの色が浮かんでいるようだ。
背後には、光る魔法陣や細かい文字がびっしり表示されたモニターが見える。
「エリアス、なんか……ちょっと疲れてる?」
「そうですか? いつものことなので、大丈夫です」
エリアスは微笑むと、眼鏡を少し持ち上げて目頭を押さえた。
「そちらこそ凍結領域での戦闘、お疲れさまでした。
フア・モールを撃破した様子は、こちらでもモニタリングしていましたよ」
「うん……みんなのおかげで、なんとか勝てたよ」
私はローブの中で丸くなって眠っているみきぽんと、岩壁に背を預けてくつろいでいるノエルを順に映した。
少し離れたところでは、バルガンが戦斧を近くに置いたまま、雪原に背を向けて座っている。
「バルガンも、ノエルも、みきぽんも頼もしかったし。
それに、リスナーさんたちが攻略のヒントをくれて……」
「見ていましたよ、中位炎魔法と氷結魔法の連携。
加熱と急冷で、たてがみを脆くしてから、物理で破壊する——」
エリアスは、どこか感慨深げに目を細めた。
「最初は一部のコアプレイヤーが見つけた『裏ワザ』的な戦法だったのですが……
それが、こうしてあなた方の命を救うことになった。
私としては、これ以上ないくらい嬉しい結果です」
「うん……みんなに感謝しないとね」
戦いの様子を思い出すと、今でも胸の奥がじんとする。
「それにバルガンもね、
今度は、ちゃんと最後まで私たちの盾になってくれてたよ。
で、最後はバルガンがトドメを刺してくれたんだけど……」
あの時の決意に満ちた逞しい背中が、目の前に浮かぶ。
「仲間の仇も、自分の後悔も、全部まとめてあの一撃に込めてたんだと思う」
「……そうですか」
エリアスは、画面の向こうで小さく頷いた。
「バルガンは元々、かなり攻めたがるタンクでした。
でも、彼は今は『守る』という自分の役割に誇りを持っている——」
エリアスは、まっすぐにこちらを見た。
「あなたとの出会いが、彼を変えたのかもしれません」
私はちょっと照れて、下を向いた。
「ですが」
エリアスは少し口調を強めた。
「魔力は無尽蔵でも、あなたの精神と肉体は、まだその魔力を制御できるほど成熟していない。
先ほどの上位炎魔法……《獄炎暴臨》の反動を見て、理解したと思いますが」
「そうだね、あれは本当にやばかった。
もう一発撃ってたら、多分私が先に倒れてたと思う……」
「ですから——」
エリアスは、真剣な眼差しで言った。
「全ての魔法が使えるからといって、無闇に使うのはやめてください」
「はい……」
私は、先生に注意された生徒のようにシュンとした。
「でも、咄嗟に中位魔法に切り替えた機転や、仲間との連携——。
あなたが選んだ今回の攻略方法は、まさに私たちが理想とするゲームプレイでした」
その言葉に、胸が熱くなる。
「……じゃあ、合格?」
「ええ。少なくとも、開発者としては満点を差し上げたいですね」
エリアスが、満足そうに微笑む。
その笑顔を見ていると、こちらまで肩の力が抜けていく気がした。
「……よかった!」
「ノエルの守護の歌も、上手く機能していましたね」
「うん、ノエルすごかったよ。
それに、あの羽もね」
私は、ノエルの耳元で揺れている黒い羽を、カメラに少し寄せて映した。
「リゼさんから預かってた、モリガンさまの羽。
あれが光って、守ってくれたんだよ」
その時。
「おい、ノエルがいるのか」
たまたま戦況の報告に来てたのか、エリアスの横から割り込むように、黒いポニーテールを揺らして、リゼが入り込んできた。
「……ノエルは無事か?」
「リゼさん!」
その声を聞いて、ノエルが慌てて立ち上がり、私の隣に寄ってくる。
私はスマホの角度を変えて、二人が映るようにした。
「リゼさん、私は元気よ。バルガンさんが、身を呈して守ってくれたから。
それに……」
ノエルは笑みを浮かべて、そっと羽根飾りに触れた。
「あの羽のおかげで、モリガンさまの加護をいただくことができたわ。
本当に、ありがとう」
リゼは、気まずそうに視線を外した。
「……礼などいらん。
ちゃんと帰ってくるなら、それでいい」
そして、画面の向こうのノエルを真剣な顔で見つめた。
「ノエル、約束してくれ。
——無事に帰ってくると」
「ええ。必ず戻るわ」
ノエルは、胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
「みんなで、笑って再会しましょうね」
その言葉に、画面越しのリゼの目が細められる。
「……楽しみにしている。まきぽんたちも、無理しないようにな」
そう言い残すと、リゼの姿は画面から消えた。
「ふふっ、なんか照れてたね、リゼさん」
私が笑うと、エリアスは肩を竦めた。
「彼女なりの優しさなのですよ。
……白銀の角笛団は離れていても、こうして繋がっている」
「うん。私もそう思う」
焚き火のぱちぱちという音が、心を温めてくれるようだ。
「まきぽん」
画面の向こうのエリアスは、真剣な眼差しで言う。
「どうか、自分の体と心を一番に考えてください。
この世界も、私たちの未来も……
変えられるのは、あなたたちだけなのですから」
「……わかった、無茶はしないよ」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「でも、諦めたりもしない!
ちゃんと、みんなで境界の聖域まで辿り着いて……
ルグのいる神殿を守ってみせるよ」
「それでこそ、です」
エリアスは、ようやく心からの笑みを見せた。
「こちらも、ルグの完成を急ぎます。
ブリギッドにも、引き続きあなた方のサポートをしてもらいましょう」
《ええ。皆さんが前へ進む限り、私は見守り続けます》
ブリギッドは微笑みながら会釈をした。
「それでは、今日はこのへんで。
ゆっくり休んでください、まきぽん」
「うん。エリアスも、ちゃんと寝てね?
頑張りすぎて倒れちゃダメだからね?」
「……はい、気をつけます」
少し困ったような笑みを残して、エリアスの映像がふっと薄れていった。
それと同時に通信は途絶え、画面は真っ暗になる。
私はスマホの画面をそっと伏せた。
「……みんな、今日はほんとにお疲れさま」
ぐるりと周りを見渡す。
みきぽんは相変わらず安らかな寝顔で眠っていたし、ノエルは焚き火のそばに戻り、ローブを毛布のようにかけて休んでいる。
バルガンはいつの間にか眠ってしまったようで、豪快なイビキを立てていた。
「ふふ……」
焚き火の赤い炎が、ゆらゆらと揺れている。
さっきまで氷に拒絶されていたかのような世界が、今はとても安らかに見える。
「……私も、寝よっと」
みきぽんを腕の中に抱きしめると、私はその横にそっと体を横たえた。
背中に焚き火の温もりが、じんわりと伝わってくる。
暖かさを感じているうちに、まぶたが……
だんだん重くなっていく……。
* * *
(……ん?)
再び目を開けると、私は懐かしい風景の中にいた。
木製の食器棚には、お行儀よくお皿やカップが並び、
冷蔵庫には私がいたずらした、アニメキャラのシールが貼られている。
小麦粉や砂糖の、どこか甘い香りに包まれて、テーブルの上には銀色のボウルや泡立て器が置かれていた。
(あれ? ここ……うちのキッチン?)
「……りおん、もう少し待っててね」
すぐそばで、優しい女の人の声が聞こえた気がした。
振り返ると、エプロン姿の女性がいた。
これは……おかーさん?
(あれ……この光景、私……)
私は夢の中で、幼い頃の自分に戻っていた。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。
真っ先にノエルの様子を気にするリゼ、可愛かったですね(*^^*)
次回、昔の思い出の中で、まきぽんは何を見つけるのでしょう……お楽しみに!




