第44話「角笛団、聖域へ向かえ」
リゼたちが駆けつけてくれたおかげで、無事にリアンナハを発つことができたまきぽんたち。
でも、その行手には不穏な気配が……?
私たちは瓦礫を踏み越え、翼竜の攻撃を避けながら、
城門「だった場所」を駆け抜けていった。
そして外へと一直線に伸びた、新しい「道」——
みきぽんのモーニングスターによって大きく地面に穿たれた跡を進んで、私たちは無事、東に向かう街道にたどり着いた。
私たちの目指す『境界の聖域』は、この先にある。
背後からは、邪眼の翼竜と黒翼団が激しく戦う気配が伝わってきた。
「リゼたち、大丈夫かな……」
「ああ。今は振り向かずに行くんだ、まきぽん」
本当はバルガンも心配なんだろう。
私に語りかけながらも、どこか自分に言い聞かせているようだった。
「アイツらは俺たちを行かせるために駆けつけた。
それを信じて、任せようぜ」
「……うん」
私はぎゅっと唇を噛んで、正面を向いた。
しばらく走ると、ようやく戦場の喧噪が遠ざかり、代わりにさわさわと草原を渡る風の音に包まれた。
「ふぅ……一旦、ここで小休止しましょうか」
走り続けて少し疲れたところだ。
ノエルの提案に、私たちは道端の木陰で足を止めることにした。
みんな肩で息をしながら、思い思いの格好で地面に座り込む。
私は水筒の水を少し器に注いで、みきぽんに渡した。
「……みきぽん、大丈夫?」
「あい! だいじょぶでち!」
みきぽんは胸を張って、可愛らしく片手を上げて見せた。
(……よかった)
私も水を一口飲んで、深呼吸をする。
そういえば、さっきまで着ていた魔法少女のコスチュームやモーニングスターは、いつの間にかどこかに消えていた。
こうして膝を伸ばして地面にちょこんと座っている姿は、どこにでもいる可愛らしい三歳児なんだよね。
「おねーたん」
みきぽんが、私のローブの裾を引っ張った。
「すまほ、ひかってるでち」
「あ、ホントだ」
懐の中で、スマホの画面がちかちかと光っている。
ついさっきまで配信をしていたことを思い出して、慌てて画面を切り替えた。
「えーっと……みんな、まだ見てくれてるかな……?」
【見てるぞー】
【門ぶち抜いた瞬間、マジで声出たわ】
「あはは〜、凄かったよね……」
【ね、今どこ?】
【東門の外のフィールド? 出られたんだね!】
コメントが次々に流れてきて、胸の奥がちょっぴり温かくなった。
リスナーたちのコメントが浮かんだホログラムは、バルガンたち『この世界の住人』には見えないが、
「なんか精霊的なものと会話して、力をもらってる」
って感じで伝わっている。
「みんな、さっきは力を貸してくれてありがとう!
おかげで、無事に外へ出られたよ〜!」
【ナイスぶち抜き】
【もはや土木工事】
【そして今日も物理こそが正義だった】
「ちょw みんな……」
マップ兵器に、土木工事……。
いつもみんなの言葉のセンスには感心してしまうが、
どれも、とても『魔法少女』への賞賛の言葉とは思えない。
「この先は……えーっと、『最果ての断崖』ってところを抜けて、
『境界の聖域』っていう場所を目指します!」
【そのネーミング、絶対ダンジョンやんw】
【でも配信続けてくれるの、嬉しいぞー!】
【他のみんなは?】
「あ、そうそう、今回はこういうメンバーだよ」
私は、スマホのカメラをノエルとバルガン、そしてみきぽんに向けた。
バルガンたちも、もう慣れたもので、私がスマホを向けると画面に向かって手を振ってくれた。
【うおおおお、ノエルちゃーん!!】
【ならばバルガンは俺がいただいた】
【お前……腹減ってるだけだろ】
私は思わず笑ってしまった。
【——あれ、ドルイドいないの?】
「うん、今回はエリアスはお留守番なんだ。
……その分、みんなの応援が頼りだからねっ!」
【おう、任せろり!】
【まきぽん、頑張れよ!!】
(……そうだ。私には、画面の向こうのみんながついてるんだ)
「ありがとう、またね〜!」
私は再びアプリを閉じた。
「おし。疲れも癒えたことだし、先を急ぐか」
バルガンの掛け声に、私たちは立ち上がって、再び東に向かって歩き出した。
* * *
街道を東へ進んでいくと、空模様が少しずつ変わっていった。
王都の上空を覆っていた雷雲は、いつの間にか背後へと遠ざかっていた。
だが私たちの前方は、どんよりと重い雲のヴェールに覆われていた。
そして。
「……雪?」
空から落ちてきた白い欠片に、ノエルがつぶやいた。
「雪だと?
バカな、春になったばっかりじゃねーか?」
バルガンも首をひねった。
そんな話をしているうちに、肌に触れる風が、はっきりとわかるほど冷たくなってきた。
「さむっ……」
思わずローブの前を合わせる。
吐く息が、うっすらと白くなった。
「まきぽんちゃん、なんか変じゃない?」
「だよね……あ、そうだ!」
私は通信アプリのことを思い出した。
ブリギッドに聞いてみようか。
スマホを取り出し、角笛マークのアイコンをタップすると、程なくして画面にブリギッドの姿が現れた。
《接続確認。——こちらブリギッドです》
……おっと、ここはバルガンたちがいるから、フィオナ様って事にしないとね。
「フィオナ様。お疲れ様です!」
ノエルとバルガンが、目をまんまるに見開いてこちらを見た。
「えぇっ!? 女王陛下〜?」
「おいおい、いつからそんなお偉いさんと友達になったんだ!?」
「えへへ……、まぁいろいろありまして……」
「はぁ……
前からお前さんは、なんか変わったところがあると思ってたけどよ」
(ぎくっ……。まあ確かに、私はこの世界の人間じゃないけど)
「まあ、それがおめーのいいところだよな。よろしく頼むぜ!」
バルガンの大きな手で、バンと背中を叩かれた。
「あたた……」
それを見ていたブリギッドは、微笑ましそうに笑った。
《まきぽん、無事に街道に出られたのですね》
「うん、リゼたちが助けに来てくれたおかげでね。
ところでフィオナ様、この辺って——」
私はスマホのカメラを辺りに向けた。
「ねえ、何かおかしくない?」
《わかりました。気温、魔素濃度、環境データを計測します》
しばらくして、ブリギッドの落ち着いた声が返ってきた。
《……計測完了。やはり、通常の気象パターンから大きく逸脱しているようですね》
「だよね……。
なんか、この辺一帯だけ、異常に寒い感じがする」
この辺りには本来、穏やかな草原や辺境の村々が広がっていたはずだ。
《現在、あなた方が進んでいる街道の先には、
かつて、開発途中に凍結された領域が存在しています》
「凍結……?」
《はい。本来であれば、修復後に削除、もしくは再編成される予定でしたが……》
少しだけ、ブリギッドの声が澱む。
《この領域は、バロールの暴走によって処理を中断され、
以後、半ば未完成のまま「凍結」……時を止められています》
「……つまり」
私は、雪で白く霞んだ前方を見つめた。
「……バロールのせいで、壊れかけたデータとエラーが、
そのまま冷凍保存されちゃってるみたいな場所、ってこと?」
《わかりやすく言い換えるならば、そのような認識で構いません》
「そんな場所を進むの?
……危険はないのかしら?」
ノエルの声には、微かに緊張が滲んでいた。
だがバルガンは、そんな彼女の不安を和らげるかのようにウィンクをして見せた。
「ま、どんな場所だろうと、やるこたぁ変わらねぇさ」
そして肩の荷物をヨイショ、と担ぎなおす。
「俺たちは前に進むしかねぇ。だろ?」
「……そうね」
ノエルはクスッと微笑んだ。
「みんな、気をつけて行きましょう」
私たちは顔を見合わせて、大きく頷いた。
《では、推奨ルートを転送します》
ブリギッドの言葉と同時に、スマホの画面上に小さな地図が浮かび上がる。
《この先、街道は雪に埋もれています。
視覚情報だけで進むのは危険ですので、こちらのナビゲーションを参考にしてください——》
「ありがと、またね!」
私は頷き、スマホを胸元に戻した。
* * *
進めば進むほど、風は冷たくなっていった。
やがて地面は完全に姿を消し、街道は一面の雪原へと変わった。
空は鉛色の雲に覆われ、太陽の光も弱々しくなっている。
「しっかり手をつないでてね、みきぽん」
「あい! おねーたん」
ぎゅっと手を握ると、みきぽんは嬉しそうに頬ずりをしてくる。
その笑顔に、また少し勇気が沸いてきた。
「……はいみんな、これをどうぞ」
ノエルが、小さな瓶を差し出してくれた。
「ジンジャーとフェンネルで作った耐寒ポーションよ。
完全に寒さを無効化ってわけにはいかないけれど、体がポカポカしてくるわ」
「おお、助かるぜ!」
みきぽんは、瓶の中身をコクコクと飲み干すと、
「……にがにがでち……」
と、顔をしかめた。
「みきぽんちゃんには、ちょっと苦かったわね。
はい、お口開けて〜?
ハチミツのキャンディーよ」
ノエルはポーチから小さな飴を取り出すと、みきぽんの口にポイと入れてあげた。
「はい、まきぽんちゃんとバルガンの分もあるわよ」
「飴か? 俺はいらねーよw」
バルガンはポーションをぐいっと飲み干すと、ふぅと息を吐く。
「しかしよ——」
彼は、真っ白な地平線を見据えた。
「まさかこの場所を、また見せつけられるとはな……」
「ここに見覚えあるの?」
私の問いに、バルガンは一瞬だけ表情を曇らせた。
「ん……まぁな」
少しだけ間を置いて、ぽつりと答える。
「ま、昔の話だ。……ほら、行くぞ」
そう言って、彼はまた先頭に立って歩き出した。
(バルガン、何かあったのかな……)
胸の奥に小さな引っかかりが残ったが、私たちは先を急ぐ事にした。
* * *
しばらく歩くと、雪がちらほらと舞い始めた。
最初は、風に遊ばれるようにひらひらと落ちてくる、細かな雪片だった。
けれど、歩を進めるごとにどんどんとその量は増えていく。
「……なんか、雪、急に強くなってきた?」
「視界も悪くなってきたわね……」
ノエルが目を細める。
「みんな、はぐれないようにしましょうね!」
その声に、私はみきぽんの手をぎゅっと握りしめた。
「大丈夫だよ。どんな吹雪だって——」
「あい、いつかやむでち!」
小さな妹は、ぷるぷると震えながらも元気よく続けてくれる。
「そうよね」
ノエルは、耳元に飾った黒い羽をそっと指先で触れた。
リゼから託された、モリガンの羽だ。
「……どんな道でも、進み続ければ、必ず出口はあるわ」
だが、進むにつれて吹雪はさらに強くなっていった。
雪は横殴りに頬を打ち、
冷たい風は容赦なく体温を奪い取っていく。
やがて、足元の感触すら曖昧になってきた頃——
「おい、みんな止まれ」
先頭を歩いていたバルガンが、急に手を上げた。
「どうしたの?」
「……これを見ろ」
バルガンは、前方の地面を顎でしゃくった。
そこには、雪の上に刻まれた巨大な足跡があった。
普通の獣のものとは思えない、深く抉れた穴。
「……でかっ!」
思わず、そう呟いてしまう。
「この足跡……」
バルガンの声が低くなる。
その時だった。
——ゴォォォォォォ……
どこからともなく、低く唸るような音が聞こえてきた。
風の音とも違う、大地を震わせるような不気味な響きだ。
「今の、何……?」
「風の音じゃねぇな」
バルガンが、盾を構え直す。
吹雪はなお強くなり、前方は真っ白でほとんど見えなくなっている。
その白い闇の奥で——
何か巨大な影が、ゆっくりと動いた。
「こいつは……!」
バルガンの顔に焦りが浮かんだ。
——ゴォォォォォォオオオオオオオッ!!
今度ははっきりと、獣の咆哮が響き渡った。
吹き荒れる雪をかき分けるようにして、
白銀の毛皮に覆われた巨体が、ゆっくりと姿を現す。
分厚い首回りには氷のたてがみのような結晶が生え、
牙は凍てついた刃のように冷たく光っていた。
「な、何!?」
「忘れるもんか——」
バルガンの声が、震えを帯びていた。
「こいつは……、あの時倒せなかった凍える巨王だ」
巨大な白い熊のような魔物は、こちらを見下ろすように首をかしげると、喉の奥から世界を凍らせるような咆哮を放った。
——グォォォォォォォオオオオオオオッ!!
吹雪の中、私たちを絶望に突き落とすかのように、白い巨獣が立ちはだかった。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!
新たな強敵、Fuar-Mórは
fuar = 冷たい 、凍える
mór = 巨大な
という、ケルト語で『凍える巨獣』というようなイメージで考えました。
次回、氷の世界での激戦をお楽しみに!
そしてバルガンの過去が明らかに……?




