第43話「邪眼の翼竜襲来——瓦礫の街を駆け抜けろ!」
前回は、現実世界でのリゼと黒翼団のレイド戦を描きました。
今回はまきぽんたちのいるティル・ナ・スカに話が戻ります。
聖域を目指す一行の前に、邪眼の翼竜が絶望のように立ち塞がります……
王都リアンナハ、東門前の広場。
その遥か頭上を悠々と飛び回る、単眼の邪竜——。
転移直後、私たちを襲ったイービルアイが、
今度は巨大な邪眼の翼竜となり、王都そのものを破壊しようとしていた。
今はまだ一体しか姿が見えないが……。
(こんな奴が、あと十一体もいるっていうの!?)
「おい、まきぽん」
気が遠くなりそうになった私は、
バルガンの呼びかけで、我に返った。
「門を抜けちまえば、あとは街道だ。
あいつの注意が城壁に向いてるうちに、一気に駆け抜けるぞ」
「そうだね、行こう!」
私はみきぽんの手を握り、東門へ向かって走り出した。
兵士たちの隙間を縫うようにして進み、もう少しで城門の下へ——という、そのとき。
——ゴウッ!!
「えっ——」
翼竜が、突然急降下してきた。
巨大な影が視界一面を覆い尽くしたかと思った次の瞬間、
——ドオォォォン!!
雷鳴のような衝突音と共に、激しい爆風が吹き寄せてきた。
「きゃあっ!」
私は咄嗟にみきぽんを庇うように抱きしめた。
城壁が砕ける凄まじい音と共に、崩れた石や木材の破片が、雨のようにこちらへ降り注いでくる。
「危ねぇっ!!」
バルガンが、咄嗟に私たちの前へ飛び出した。
分厚い盾を前にかざし、瓦礫の直撃コースに割り込む。
次の瞬間、金属と石がぶつかり合う鈍い衝撃音が、耳の奥まで響いた。
「……っぐぅ!」
盾に当たった瓦礫が弾き飛ばされ、粉々に砕けて地面に散らばる。
「バルガン!」
「へっ、心配すんな。これぐらいなんてことねぇ!」
バルガンは片膝をつきながらも、いつもの豪快な笑みを見せた。
盾の表面には大きな傷がついていたけれど、彼の頼もしい背中は微動だにしない。
だけど——門は。
「……そんな」
行く手を塞ぐように瓦礫が積み重なり、
目の前に聳えていた東門への道は塞がれてしまった。
「ダメだ、これじゃ外に出られないよ……!」
「クソッタレが……」
バルガンが歯軋りする。
門を破壊した翼竜は、私たちにさらに絶望を与えるかのように、真紅の単眼をこちらに向けてきた。
瞳の中に知性の光は見られない。
そこから感じられるのは、ただ行き場のない怒りと破壊への執念だけだ。
竜は私たちを見つけると耳障りな声を上げ、
牙を剥き出してニヤッと嗤った……かのように見えた。
そして邪眼が怪しく煌めくと、その中心に次第に魔力が高まっていくのを感じた。
素早く周囲に視線を走らせるが、身を隠せるような場所はない。
(まずい、逃げ場がない……!)
その時……
ヒュン——
風を切る音がしたかと思うと、
一条の矢が邪眼の中心を狙って飛んでいった。
ギャアアアアアア!
翼竜は首を振りかぶって、その矢を避けた。
その一瞬の隙に、私たちは瓦礫の陰に逃げ込むことができた。
そして——
「前衛、前へ!」
凛と通る声が、戦場の喧噪を切り裂いた。
(この声は……!)
ハッとして振り向くと、黒いマントを翻しながら、戦士の一団が駆けてくるのが見えた。
その先陣を切るのは——、
漆黒の軽鎧に刻まれた鴉の紋章。
端正に整った横顔。
そして鋭い眼光は、巨大な竜を前にしても、一歩も怯まぬ決意に満ちていた。
「……リゼ!」
東門前の広場へなだれ込むように現れたのは、リゼと黒翼戦士団の団員たちだった。
「まきぽん!」
先頭を走っていたリゼが、こちらに一瞬だけ目を向ける。
一つに結んだ長い黒髪が風に翻り、
闇の翼のようなマントが、大きくはためいた。
「遅くなった。無事だったか?」
リゼは、門の残骸と、その上に悠々と鎮座する邪眼の翼竜を一瞥した。
「……想定以上に、派手にやられたものだな」
そう言うと、背後の団員たちを振り返る。
「総員、配置につけ!」
「「「はっ!」」」
丈夫な鎧を身につけた戦士たちが前へ躍り出て、巨大な盾を構えた。
その後方には弓兵や魔術師が位置取り、癒やし手たちがその間に散開する。
「前衛は翼竜の気を引き、視線を誘導しろ!
回復はいつでも行えるよう、詠唱の準備を——」
リゼは、素早く的確に指示を飛ばしていく。
「王立軍に遅れを取るな! この東門は、我ら黒翼団が守り抜く!」
その一喝で、団員たちの士気が一気に跳ね上がる。
「「「おおおおっ!!」」」
——そうだ。
(外側のティルナノでも、今まさに同じレイドが始まってるんだ……)
さっきエリアスから聞いた言葉が脳裏をよぎる。
『向こうの世界で本物のリゼたち——黒翼団や、たくさんのプレイヤーたちが与えているダメージは、
このスカ側の邪眼にも、ダメージとして反映される』
(ここでリゼたちが頑張ってくれるから、私たちは前に進めるんだ——)
「ありがとう……リゼ、みんな……!」
胸の奥が熱くなった。
「よし、まきぽん」
バルガンが立ち上がり、盾を構え直す。
「あいつらが翼竜を引き受けてくれてるうちに、俺たちは外への道を探すぞ」
「でも……これじゃ、どこからも出られないじゃん……」
盛大に崩壊した門と瓦礫の山を見て、思わず弱音を吐きそうになる。
その間にも、翼竜は炎を吐き出し、城壁や地上を焼き払おうとしていた。
立ち向かう兵士たちの怒号や、魔法の光が炸裂し、東門は完全な修羅場と化した。
だが、その時。
「……じゃあ、作りましょ」
力強く呟いたのは、ノエルだった。
「……え?」
「道は、ないなら作ればいいのよ。
そうでしょ、バルガン?」
「おうよ!」
バルガンは、にかっと笑って親指を立てた。
「なぁまきぽん。お前さんの配信と、みきぽんのとんでもねぇ鉄球——
それがあれば、瓦礫をどかすくらい朝飯前なんじゃねぇか?」
「そうか……!」
できない話じゃない。
いや、私たちにとってはむしろ得意分野だ。
(配信で、みんなの力を借りて——)
私は、ローブのポケットからスマホを取り出した。
「やるよ、みきぽん!」
「あいでち!」
頼もしい相棒に目配せをすると、画面をタップして配信アプリのアイコンを押した。
「皆さーん、聞こえますか〜!」
声が震えないように、精一杯気合を入れて叫ぶ。
【まきぽーん! 久しぶりの配信!】
【おおお、待ってたよぉぉ!】
空中にホログラムが浮かび、コメントが一斉に流れ始める。
私はカメラに向かって手を振り、次に背後に東門の光景を写した。
「皆さんこんにちは〜! まきぽんです!
めっちゃやばいですぞ〜……
今、リアンナハの東門が、邪眼の翼竜に襲われています!」
【現地からの実況配信きた】
【レイドかな?】
【あー、今王都でやってるやつだ!】
「今から私たちは、『境界の聖域』って場所を目指すんです。
でも、門を塞がれてて、このままじゃ外に出られません!」
私は、砕けた城門と瓦礫の山をカメラに映す。
「だから——
今からここに、新しい道を作ります!
お願い……みんなの力を貸してください!」
その瞬間、隣にいたみきぽんが、一歩前に出た。
「おねーたん、いくでち!」
小さな手が胸元のペンダントを叩くと、
ボフンっと、どこからともなく謎のプリンが出現した。
「プリンを食べて、華麗に変身!
魔法少女——マジカル☆みきぽん!!」
みきぽんがプリンを頬張ると、ふわりと甘いカラメルの香りが周囲に広がった。
そして広がる、謎の夢かわ空間。
(この感じ……久しぶりw)
みきぽんの身体が、柔らかな光に包まれたかと思うと、
テーマソングに乗ってリボンが宙に舞い、スカートのフリルがふわりと広がる。
【変身バンクきたー!】
【突然ニチアサアニメ始まったんだが】
そして伸ばした手の先に現れたのは、いつもの——
「いっくよーー☆」
星の飾りがついた、モーニングスターだ。
パステルカラーの可愛い見た目をしているけれど、
その実態は……
山ひとつ粉砕することもできる、最終兵器である。
【待ってましたマジカル☆みきぽん!!】
【魔法……? ここからは物理の時間だろ?】
【ちょwネタバレすんなwww】
可愛くウィンクを決める幼女に、コメント欄が一斉に盛り上がる。
私はその熱を、全身で受け止めるように息を吸い込んだ。
「——みきぽん!」
「まかせるでち、おねーたん!」
みきぽんがモーニングスターを構えると、
ホログラムのコメントがキラキラと輝きながら渦を巻き、
先端の鉄球にエネルギーとして吸い込まれていく。
「配信を見てくれてるみんな!
みんなの力を貸して——!」
【おっしゃー、任せとけ!】
【チャージタイム入ったぞお前らコメント連打しろ】
【みきぽん、今日もぶちかましてくれよー!!】
みんなの熱狂に合わせて、
光の渦はどんどん大きくなり、鉄球は超新星のように輝きを増した。
タイミングのいいことに、翼竜は崩れた門の上に居座っている。
今この瞬間を狙えば、竜にダメージを与えることもできるかもしれない……!
「みきぽん!ドラゴン狙って!」
「あい!
……マジカル☆シャイニング——」
みきぽんが跳んだ。
まるでそこだけ重力がなくなったかのように、
戦場の喧噪の中、小さな身体がふわりと宙に浮かぶ。
「モーニングスタァァァーーーッ!!」
そしてまばゆい光を纏った鉄球が、邪眼の翼竜めがけて振り抜かれた。
「いっけぇぇぇっ!!」
——しかし。
ギギッ!
翼竜は、こちらへ邪眼を向けたかと思うと、
大きな翼を広げ、直前でモーニングスターの直撃コースから身を逸らした。
「うそっ……!」
だが、翼竜を掠めて空を切った光の軌跡は、そのまま——
——砕けた城門の残骸へと吸い込まれていった。
ドッゴォォォォォン!!
先ほどの衝撃をさらに上回る轟音を立てて、石壁と瓦礫の山が吹き飛んだ。
もうもうと立ち込める土煙が晴れると、城壁にはぽっかりと穴が開き、さらに外の街道へと繋がる、巨大な半円形の『道』が穿たれていた。
「……マジかよ……」
バルガンが、口を半開きにして呟く。
【相変わらずエグい破壊力】
【新しい道、できちゃった……】
みきぽんはくるりと振り向くと、コクンと首を傾げた。
「おねーたん……みきぽん、やりすぎちゃったでち?」
「あはは……ちょっとやりすぎたかもね……」
【公式想定外のルート開通してて草】
【ちょっと……とは……】
【ちょっと(トンネル貫通)】
軽く遠い目になりそうな私の肩を、ノエルがそっと叩いた。
「でも、結果オーライじゃない?」
「……そういうことに、しておこう……!」
私は首を振って、気持ちを切り替えた。
外への通路はできた。
今は、それが何よりも大事なことだ。
その様子を見ていたリゼが、感心したように言う。
「見事だった、みきぽん、まきぽん。
これで、お前たちの道は開けた」
彼女は瓦礫の山の上に軽やかに飛び乗ると、翼竜へ剣の切先を向けた。
「黒翼団よ、聞け!」
皆の視線が一斉にリゼに集まる。
「邪眼の翼竜は、我々が引き受ける!
これ以上の侵攻は許さない、必ずこの東門で封じ込める!」
「「「おう!」」」
【頼んだぞ、黒翼団!】
【リゼさま、リゼさまー!!】
【黒髪ポニテからしか摂取できない栄養素がある】
リゼの挑発を受けて、翼竜の単眼がギラリと光る。
翼を大きく羽ばたかせると、あたりには嵐のような風が吹き荒れる。
「——まきぽん!」
リゼは、瓦礫の山からこちらへ向き直った。
「ここは我々に任せて、早く境界の聖域を目指せ!」
「……わかった」
「そうだ……ノエル!」
「えっ!? ……はい?」
急に名前を呼ばれ、ノエルはびっくりしたように彼女を見た。
瓦礫から飛び降りると、リゼはノエルのそばまで駆け寄ってきた。
「これを……」
そう言ってリゼは、自分の髪に飾っていた黒い羽を外した。
光の角度で紫や緑に輝きを放つ、漆黒の羽——。
「え……これって……」
「ああ、モリガンさまから頂いた羽だ」
北の洞窟で、モリガンをバロールの呪縛から解き放った夜。
その時に、加護の証として女神がリゼに施したものだ。
リゼはそっと身を屈めると、
自分のお守りだった黒い羽を、ノエルの耳の後ろに優しく挿してやった。
「えっ!? そんな大切なもの……!
私、受け取れないわ!」
「いいんだ」
リゼは、ほんの少しだけ目を細めた。
優しい声色は、精鋭を率いる団長のものではなく、友人の『リゼ』としての響きだった。
「私は、もう十分すぎる加護をいただいた。
……今、これが必要なのは、境界の聖域へ向かうお前たちだろう?」
ノエルは言葉をなくし、胸の前で手を組みながらリゼを見つめた。
「お前の歌声と祈りがあれば、きっと道は開ける。
だから——これは、お前に預ける」
「……リゼ……」
ノエルの瞳が、潤んだ。
「無事に帰ってきたら、返してくれればいい。
その時はまた、一緒に菓子でも食おう」
「……はい。
絶対に、返しに戻ります……!」
ノエルは顔を綻ばせると、
黒い羽をそっと押さえながら、強く頷いた。
【……えっ、これ、俺ら見ててもいいやつ……?】
【やべえ……尊い……】
「……さぁ、行け!」
リゼが叫ぶ。
「リゼ……、ありがとう!」
リゼの後ろ姿に手を振るノエルの晴れやかな顔を見ていると、こちらも胸が熱くなる。
(リゼも、王立軍も、黒翼団も。
そして、外側のティルナノで戦ってくれているプレイヤーたちも——)
全部が繋がって、今ここで王都を守ろうとしてくれている。
だったら私たちは——
「行こう、みきぽん!」
「あい! おねーたんといっしょに、せーいき、いくでち!」
「バルガン、ノエル!」
「任せとけ!」
「頑張りましょう!」
私たちは、モーニングスターで穿たれた穴へ向かって走り出した。
砕けた門の残骸を飛び越え、
外の世界へ繋がる道を駆け抜ける。
背後で、邪眼の翼竜が再び咆哮を上げた。
黒翼団の戦士たちの雄叫び。
王立軍の鎧の煌めき。
魔法の炎と、剣戟の音。
全てを背中に背負いながら——
私たち白銀の角笛団別動隊は、境界の聖域を目指して走り出した。




