第41話「城下に響く咆哮——東門へ急げ!」
『ルグの繭』を守るため、荷物をまとめてギルドハウスを飛び出したまきぽんたち。
でもそこに待ち構えていたのは……。
ギルドハウスの重たい扉を押し開けると、ひやりとした外気と一緒に、警鐘の音が耳をつんざいた。
「……よし、行こう!」
私はグッと口元に力を込め、みんなと共に外へ踏み出した。
その時——
ローブの内側で、スマホがぶるっと震えた。
「っ!」
思わず立ち止まってポケットから取り出すと、画面には、角笛マークのアイコンが点滅していた。
(早速きた! 瑛士さんから、かな……)
タップすると、画面の上で光の粒がほわっと弾け、耳元に柔らかな電子音が響いた。
『——エリアスです。聞こえますか』
「繋がった! ……うん、聞こえるよ」
思わず声を上げると、バルガンとノエルも身を乗り出してくる。
「ん? なんだこれ?」
「石板の向こうに、エリアスさんがいるわ!」
『……よかった。新しい通信モジュール、ちゃんと動いているようですね』
画面の向こうから少しだけ安堵したような瑛士さん——いや、エリアスの声がした。
『今から、境界の聖域までのルートを送ります』
添付されたファイルをクリックすると、スマホの上にホログラムの立体的な地図が浮かび上がった。
「へぇ……魔法か? すっげぇな!」
バルガンは私の手元を覗き込みながら、感心したように呟いた。
球体の光の中では、リアンナハを中心に、周囲の地形がミニチュアみたいに広がっている。
エリアスは道筋を教えてくれた。
『東門を出てから北東方向へ。
しばらく街道が続きますが、途中で道が途切れ、地形が大きく崩れている地点がありますね』
「うんうん」
彼の説明に合わせて、光の矢印が行先を教えてくれる。
『しかし——境界の聖域へと至る、最果ての断崖は、その先にあるのです』
「最果ての断崖……」
『おそらく、そこに辿り着くまでには、
バロールによる何らかの妨害が予想できます。
……くれぐれも、慎重に進んでください』
「おうよ、任せとけ!」
『東門では、すでに戦闘が始まりつつあります。
王立軍が防衛線を張ってくれていますから、状況を見ながら突破してください』
「そっちは……エリアスさんたちは、どうですか?」
ノエルが、心配そうに尋ねる。
『こちらは問題ありません。コアルームの防衛と、ルグの構築は続行中です。
——頼りにしていますよ、皆さん』
その言葉に、胸が少しだけ熱くなった。
「はいっ!」
思わず、スマホを握る手に力がこもる。
『……それから——』
そこで、エリアスの声が一段低くなった。
『ここからは、まきぽんにだけ話したいのですが、いいでしょうか』
「はい?」
「……あら、また『二人だけの話』なの〜?」
それを聞き逃さなかったノエルが、いたずらっぽく微笑む。
「えっ?」
「そっか……これから大切な人が戦場に赴くんだもの。
二人だけの時間がほしいのよね……?」
私は、思いっきり手を振って否定した。
「いや、そういうんじゃないと思う」
「はいはい、『お邪魔虫』は向こうに行ってますからね〜」
「絶対違うと思うよ!?」
顔が一気に熱くなる。
ノエルって、たまにこうして極端に恋愛脳になる時があるんだよね。
「いいから話してこい。時間ねぇんだろ」
バルガンが、ぽん、と肩を叩いてくる。
「おねーたん、おはなち、ちゃんときいてくるでちよ?」
「うぅ……もう……」
からかわれながらも、私は覚悟を決めて、
みんなから少し離れ、スマホを耳元に当てた。
「……えっと、ど、どうぞ……?」
『そんなに身構えなくて大丈夫ですよ』
くすっとした笑い声が聞こえて、余計に恥ずかしくなる。
『さっきは時間がなくて、ちゃんと言えなかったことがあって』
「ちゃんと……?」
『今、スカの外側——本来のゲーム世界、ティルナノの方では』
エリアスの声が、少しだけ真剣な響きを帯びる。
『ブリギッドが、このイービルアイの急襲を「レイドイベント」としてユーザーたちに提供しています』
「レイド……イベント?」
『ええ。ティルナノのリアンナハでも、今まさに《イービルアイの侵攻から王都を守れ》という緊急クエストが始まっているんです』
脳裏に、配信画面のコメント欄が浮かぶ。
もし今配信してたら、
「緊急レイドきたー!」とか
「討伐報酬えっぐ! こりゃやるしかねー!」
……とか、そんなコメントが流れて、みんなが盛り上がっているところが、簡単に想像できた。
(わ、それめっちゃ面白そう……!)
『向こうの世界で本物のリゼたち——黒翼団や、たくさんのプレイヤーたちが与えているダメージ……
彼らの《思い》の熱量は、言語詠唱システムを通じて、
このスカ側のイービルアイにも、ダメージとして反映されるようにリンクされています』
「じゃあ……」
『そうです。
今、あなたたちは、殻の外のたくさんの仲間と共に戦っているのです』
「それって……超アツいじゃん……!」
胸の中でゲーマーの血が騒いで、思わずごくりと息を呑んだ。
「でもさ、リンクしてることは、みんなは知らないわけでしょ?」
『そうですね。外側のプレイヤーたちは、自分たちが「殻の内側」を守っているなんて、きっと思ってもいないでしょう』
エリアスは、少しだけ寂しそうに、でもどこか誇らしげに続ける。
『でも今は、それでいいのです。
彼らはただ、いつも通りゲームを楽しんでくれればいい。
その《楽しさ》の中から生まれた力が、あなたたちを守ることになるのですから』
殻の外で一緒に戦ってくれる、名も知らぬたくさんのプレイヤーたちのことを思うと……
目頭が、じんわりと熱くなった。
(……みんな、ちゃんと繋がってるんだ)
配信で応援してくれるリスナーたち。
ティルナノでリアンナハを守るプレイヤーたち。
そして——スカで戦う、私たち。
『だから、あなたたちは「内側」から、
私たちが築いたこの世界と、ここにいる人たちを守ってほしい』
「……うん」
声が少し震えた。
「わかった。
私たちは、私たちができることをする!」
画面の向こうで、エリアスが小さく頷いた。
『……ありがとう。伝えたかったのは、それだけです』
「うん。……エリアス」
呼び止めるように、名前が口をついて出た。
「がんばろうね。外側のリゼたちとも、ちゃんと一緒に」
『ええ。——こちらこそ、頼りにしていますよ、まきぽん』
通信が、ふっと切れる。
代わりに街のざわめきと警鐘の音に、一気に包まれた。
「……終わった?」
ぼーっとして、感動の余韻に浸っていた私は、ハッと我に返った。
ノエルが、じとーっとした視線を向けてくる。
「な、何その目!?」
「ふーん……なんか心ここにあらずって感じだけど……」
「うん、……ちょっとね」
ノエルはグッと距離を詰めて、耳元で囁いてきた。
「まさか……『この戦いが終わったら、付き合ってください』とか言われちゃった?」
その一言で、ボフンっと体温が上がった。
「……は!?
ち、違うからね!? 戦闘の話だったからね!?
ていうか何、その盛大な死亡フラグみたいなセリフ!」
「おねーたん、おめめウルウルでち」
「違うんだってば!!
わーもう! 行くよ、境界の聖域!」
私は熱くなった頬を両手で叩いて、勢いよく歩き出した。
* * *
大通りを抜けると、東門へと向かう広場が見えてくる。
空はさっきより一段と暗くなり、
黒い雲が、低く重く垂れ込めていた。
「おい……聞こえたか?」
バルガンの言葉にハッとして、耳を澄ますと、
どこからともなく甲高い咆哮が響いた気がした。
「うん、今の……」
ノエルが、不安そうに空を仰ぐ。
外壁に近づくにつれ、空気がぴりぴりと張り詰めていくのを感じた。
兵士たちの怒号。
武具の触れ合う金属音。
そして——鼻の奥をくすぐる、焦げた臭い。
「戦いが、始まっているのかしら……?」
「急ごう!」
私は、みきぽんの手を強く握りしめて走り出した。
* * *
やがて視界が開け、私たちは東門前の広場にたどり着いたが、
そこはすでに、戦場へと変わっていた。
「な……!」
私は思わず、息を呑んだ。
城門の上空を巨大な翼竜がゆっくりと旋回していた。
大きな黒い翼が太陽を覆い隠すたびに、辺りが暗くなる。
体表を覆う鎧のような鱗は、黒鉄のように鈍く輝き、
長い首の先には——
禍々しい真紅の単眼と凶悪な牙が光っていた。
「邪眼の翼竜……!」
見間違えようがない。
あの日、転移直後の私たちを襲ったイービルアイが、
今度は翼を持つ巨大な竜と化して、私たちの行手を阻んでいる——。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
バロールの分体は、バロールの意思で様々な形態をとることができます。
転移してきた『運命の巫女』を探し出すときは、知能と対人戦闘力の高いヒューマンタイプに。
高速の移動と、拠点の破壊を目的とするときは、今回のような翼竜の形に、
……といった感じです。
次回は……お待たせいたしました、リゼと黒翼戦士団の皆さんが活躍します!
でも、予想もしなかった形でストーリーが進むかも!?
気になる方は、ぜひブックマークをして、楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです♪




