第40話「戦乱の街角——角笛団別動隊、いよいよ出発!」
エリアスに、魔法を全部使えるようにしてもらったまきぽん。
彼女はみきぽんを連れて、仲間たちの待つギルドハウスへと向かいます。
リアンナハの石畳を走り、私たちはギルドハウスへ急いだ。
雨上がりの静けさを湛えていた街は、警鐘があちこちで鳴り響き、いつの間にか人々や馬車の騒音で、ざわざわと落ち着かない空気に変わっていた。
「荷物は最低限だけ持て! 避難所は中央広場だ!」
兵士たちの張り上げる声が響く。
市場の屋台は慌ただしく店じまいされ、建物からは荷物を抱えた人々が、血相を変えて走り出てくる。
(……さっきまで、いつも通りの朝だったのに)
その光景に、心が痛む。
平穏な日常は、こうも簡単に崩れていってしまうのか。
「おねーたん、はやくでち!」
みきぽんが私の手を引っ張って先を急ぐ。
路地を曲がると、見慣れた石壁が見えてきた。
白銀の角笛のマークが掲げられた、私たちのギルドハウス——。
「バルガン、ノエル!」
私は半ば転がり込むように、重たい扉を押し開けた。
* * *
「おう、待ってたぜ!」
一番に飛び込んできたのは、聞き慣れたダミ声だった。
カウンターの向こうで腕を組んでいたバルガンは、私たちの顔を見るなり、ふっと表情を緩める。
「まずは無事で何よりだ」
ぶっきらぼうな言い方なのに、心底ホッとした気配が伝わってくる。
「まきぽんちゃん、みきぽんちゃん!」
ノエルが、エプロン姿のまま駆け寄ってきた。
抱きしめられると、ふわりとハーブの香りに包まれた。
「びっくりしちゃったわ……。
大変なことになったのに、エリアスさんも、リゼさんも、まきぽんちゃんたちもいないし……」
「ごめんなさい、心配かけて」
「ううん、無事ならそれでいいのよ」
ノエルはいつもの優しい微笑みを浮かべたけれど、うっすらと息を弾ませていた。
きっと、ずっと準備のために走り回っていたんだろう。
「で、どうなってんだ? 城の連中から通達は来てるが……」
バルガンの視線が、真剣なものに変わる。
私は一度息を整えてから、できるだけ簡潔に伝えた。
「リアンナハに、イービルアイが迫ってるの。
でもね、狙いは王都だけじゃないみたいで……」
境界の聖域。
ルグの繭。
そして——そこが破壊されたら、私たちの「帰る道」が断たれてしまうこと……。
彼らは「この世界」の住人だ。
全てをそのまま話したら、きっと混乱してしまう。
だから言葉を少しだけ選びながら、ひとつひとつ、噛みしめるように説明していく。
「ふぅん……なるほどな」
バルガンは、しばらく黙って天井を見上げてから、どっかりと椅子に座り込んだ。
「王都の守りは、黒翼団や王立軍にお任せする。
そして私たちは、『境界の聖域』ってところに行って、
『ルグの繭』という、大事なものを守ればいいのね……」
ノエルが、私の言葉をゆっくりと整理しながら繰り返す。
「うん、そういうこと」
口に出して初めて、自分でもその重さをちゃんと理解できた気がした。
「……おし!」
バルガンは、ぱん、と手を打った。
「だったら話は早ぇ。
『白銀の角笛団』は、みんなの居場所を守るのが仕事だろ?
理由はどうだろうと関係ねぇ、とっとと行くぜ!」
こういう時、すぐに腹を決められるバルガンは、本当に頼もしい。
「で、いつ出るんだ?」
「できるだけ早く。外壁にイービルアイが着くのに、あと三十分もないって」
「三十分、か……」
バルガンは、カウンターの向こうを顎でしゃくった。
「ノエル、旅の支度は頼んだ。
俺はいつものヤツを仕込んどかねーとな」
「うん、任せて!」
ノエルはぱっと顔を上げると、奥の倉庫へと駆け込んでいった。
ガサガサと布の擦れる音や、瓶の触れ合う音が、忙しなく響く。
「……いつものヤツ?」
首をかしげる私の前に、バルガンは分厚い手で親指を立て、ぐっと突き出してきた。
「おう、もちろん旅の保存食だ!
戦いは腹が減ったら終わりだからな! ダーッハッハッ!」
「ふふ、バルガンったら……」
ホッとすると同時に、思わず笑みがこぼれた。
こういうところが、本当に「ギルドの父ちゃん」って感じなんだよなぁ。
* * *
ほどなくして、バルガンが大きな荷物袋を抱えて戻ってきた。
「ほらよ、これがいつものヤツだ。
ちょっと固いが栄養たっぷりの携帯パンと、干し肉と、チーズに野菜に調味料!
疲れた時用のおやつも、ちゃんとあるぞ」
「おやつ!」
みきぽんの瞳が輝く。
「ちっこいのは、これさえあればいつでも元気、だろ?」
バルガンはいたずらっぽくニッと笑った。
「おやつ、たべるでち!」
「まだだよみきぽん、旅が始まってから」
「あーい……」
みきぽんはしょんぼりとしてしまった。
そこにノエルも旅支度を済ませて、ホールへと戻ってきた。
「こっちもできたわ、応急手当て用の薬草と軟膏。
……回復用の魔術瓶は、このポーチにまとめてあるから、
必要な時は、遠慮しないでちゃんと言ってね」
そう言って、自分の腰のポーチを軽く叩く。
「今回も、支援と回復は任せてね〜」
そう言ってノエルは、いつもの竪琴を持ち上げて見せた。
それだけで安心感がグッと増して、ギルドの中に笑顔が広がった。
* * *
一通り準備が整ったところで、バルガンが私の周りで、クンクンと何かを嗅ぐような仕草をした。
「ところでまきぽん——何か変わったか?」
「えっ、何かって?」
「さっきからお前さん……なーんか魔力の匂いが濃いっていうか」
「えっ、匂い!?」
慌てて自分のローブをたぐり寄せて、匂いを嗅いでみる。
——別に変な匂いはしない。
「……バルガンって、匂いで魔力を感じてるの?」
「まぁな。うまく説明できねーけど、そんな感じだ」
さすが料理人(?)
人とはちょっと違う感覚を持っているのかもしれない。
「……えーとね、その……」
隠しても仕方ないので、私は観念して告白した。
「実はエリアスに、戦闘系の魔法スキルを……全解放してもらったんだ」
「全……解放……?」
ノエルとバルガンが、同時に固まる。
「つまり、おめーは……」
「あはは……ティルナノの攻撃魔法、全部使えるようになっちゃった……」
一瞬、ホールは沈黙に包まれた。
そして——
「よし、落ち着け俺。
まずはギルドハウスが吹っ飛んでねぇことを女神さまに感謝しないとな……」
「わ、私の治療スキル、ちゃんと追いつくかしら……?」
二人はそれぞれ違う方向で頭を抱えてしまった。
「だ、だいじょうぶだって! 乱発しないし!
ちゃんと使い方だって確認するから……」
私は慌てて両手を振る。
「ここぞという時だけ使うし……
エリアスにも、『体への負担を考えなさい』って言われてるから」
「……ふん」
バルガンは、ワシャワシャと頭をかきむしってから、力強くうなずいた。
「いいか。派手にやるのは構わねぇが、
ちょっとでも体に無茶なことしやがったら、その時は俺が説教してやるからな」
「うぅっ……わかりました……」
「でも、頼りにしているわ」
ノエルは、そっと私の手を握って微笑んだ。
「まきぽんちゃんは、みんなの願いを力にしてくれる子だから……ね」
その言葉が、胸の奥に静かに染み込んでいく。
(……私、ちゃんとやらなきゃ)
この笑顔を、世界を、守れる力を先生から託されたんだから……。
* * *
準備が整うと、ギルドホールの中央に自然と円陣ができた。
私とみきぽん。
バルガン。
ノエル。
奥の壁には、私たちを見守るかのように大きな白銀の角笛のレリーフが輝いている。
——ここにいるバルガンとノエルは、本物ではない。
さっきブリギッドが言っていたみたいに、この世界の人たちは、私たちの記憶や、どこか別の層にいる「本物」から再形成されたデータに過ぎない。
それでも——と、私は思う。
今、この瞬間に笑ってくれて、心配してくれて……
一緒に戦いに行こうとしてくれているこの二人を、「データだから」と軽く扱うことはどうしてもできない。
もし本当に、この世界の外側に「本物」のバルガンとノエルがいて。
ブリギッドが、その人たちの想いや生き方を、ここに写し取ってくれているんだとしたら——。
私はこの旅をちゃんと終わらせて、いつかその本物の二人に胸を張って言いたい。
「別の世界でも、二人に助けてもらっていたんだよ」って。
「おし、じゃあ行くか」
バルガンが、よいしょと大きな戦斧と荷物袋を背負い直す。
「目的地は、境界の聖域。
途中で何が出てくるかわからねぇが……」
「ええ、私たちなら、きっと大丈夫よ」
ノエルが微笑みながら続ける。
「だって——」
私とノエルと、バルガンの視線が自然と一点に集まる。
そこには、小さくても誇らしげな顔で胸を張る、みきぽんの姿。
「みんなが、いっしょでち!」
「……うん!
よーし……白銀の角笛団、出発!」
私は、精一杯の声でそう宣言した。
「「「おーっ!」」」
三人も、腕を上げて応じる。
胸の奥に燃えている炎は、熱いけれども少し痛い。
でも——この痛みごと抱えて進んでいくのが、きっと本当の『冒険』なんだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
旅の支度は整い、一行は聖域を目指す旅に出ます。
エリアスやリゼがいない状態で、四人はどんな活躍を見せてくれるのでしょうか……?
これからの展開も、どうぞお楽しみに!




