第39話「二つの前線——守りたいものがあるから」
境界の聖域に向かう決意を固めたまきぽんに、瑛士が声をかけます。
彼がまきぽんに授ける秘策とは……?
「——それから、もう一つ」
決意を固めた私たちの前で、瑛士さんはブリギッドへと視線を向けた。
「ブリギッド。まきぽんのアカウント権限を、戦闘系に限って一時的にフルアンロックしてくれないか」
「全てを……解放するというのですか?」
ブリギッドの顔が不安に曇る。
「マスター、それは推奨できません。
高位魔術は、適切な訓練と段階的な解放が前提で——」
「わかってる。でも、今は時間がない」
彼は固い決意を示すように続ける。
「本来なら、きちんと適正試験をしてから渡すべき力なんだろうけど……
今はそんな悠長なことを言っていられないからね」
「げっ、試験?」
試験、という言葉に拒絶反応を示した私に、
クスッと笑うと、今度はまっすぐに見つめてきた。
「今から君を、この世界の魔法呪文を全て使えるようにしてあげるよ」
「全て……?」
その言葉が脳に浸透するまで、時間がかかった。
「……えっ、ええぇぇっ!?」
待って待って待って!?
何百時間もレベル上げをして、強い敵をたくさん倒して、めっちゃ高い巻物を買わなきゃいけないような高位呪文……
それが、一気に全部!?
「ああ、多少乱暴な免許皆伝だけど——
君なら、きっと使いこなせる」
「……免許、皆伝……?」
瑛士さんはゆっくりと頷いてくれた。
「それって……私、認めてもらった……ってことかな?」
胸の奥がじんわり熱くなり、思わず涙がこぼれてしまった。
「おねーたん、また、なきむしたんでち?」
みきぽんが心配そうに見上げている。
「ううん、違うんだよみきぽん。……私、嬉しいの」
そして瑛士さんに向かって、晴れやかな笑顔を向けた。
「……ありがとう。私、『エリアス先生』の自慢の弟子になれるよう、頑張る……!」
「先生?」
一瞬きょとんとしたあと、瑛士さんは照れくさそうにはにかんだ。
「それは光栄だな。——ブリギッド、実行を」
「了解しました。
まきぽんの詠唱権限を、管理者監督下で一時的に全解放します」
ブリギッドが指先をひらりと振ると、私の目の前に半透明のウィンドウが開いた。
《SYSTEM:ユーザー【makipon】の魔術権限を更新しました》
《使用可能スキルリスト:上級・禁術カテゴリを一時解放》
《注意:高位魔術の連続使用は、精神負荷および魂への反動を伴う可能性があります》
「へ!? 『禁術』って書いてあるんですけど!?」
「だから乱暴って言ったんだよ」
瑛士さんは、真面目な顔に戻って言った。
「いいかい、まきぽん。
全部使えるからって、闇雲にぶっ放していいわけじゃない」
「うん……」
「君のスキルで無尽蔵に魔力が供給されるとはいえ、強力な魔法は、時に精神や魂へ反動を伴う恐れがある。
——この僕が、ルーグ・ラスターを使えないようにね」
「じゃあ、どうすれば……?」
「ここぞという時に、君が有効だと思う魔法だけを撃つんだ。
今の君なら、それがわかるはずだ」
これからは、戦闘で瑛士さんのサポートは受けられない。
全部、自分で考えて戦わなくちゃいけないんだ。
判断を間違えたら現実世界の身体だって危ない——
それはもちろん、死を意味している。
事の重大さに押しつぶされそうになったけど、それでも、私は前を見据えて強く頷いた。
「……うん、わかった。
私、ちゃんと先生の期待に応えてみせるよ!」
瑛士さんは、満足そうに目を細めた。
「よく出来ました。それでこそ、僕の自慢の生徒だ」
私は、スマホと、目の前のウィンドウをぎゅっと見つめた。
(大丈夫、私にはみんなの力がある——)
そう心の中で呟き、私はウィンドウを閉じた。そして——
隣にいる、誰よりも頼もしい妹の手を握りしめた。
「私……やってみせる」
声が自然と震えた。
もちろん恐怖もあるけど、
期待と責任感が、複雑に混じった気持ちが押し寄せてくる。
(だって、ここまで来ちゃったしね)
今さら、運命を前にして震えているだけの私には、もう戻れない。
* * *
その時、コアルームの扉が開いて——
「女王陛下の召集を受けて、黒翼戦士団長、参上いたしました」
凛とよく通る声が、石壁の室内に響いた。
振り向くと、漆黒のマントを翻しながら、勇ましい影がこちらへ歩いてきていた。
黒い軽鎧に、闇の翼のようにたなびく長髪。
「……リゼ!」
彼女は軽く顎を引いて挨拶すると、ブリギッドと瑛士さんの間まで歩み出た。
「状況は把握した。
リアンナハ周辺に、イービルアイの群れが迫っているんだな」
「はい。現在、十数体を確認して、
王立軍と、有力ギルドの冒険者たちが迎撃に向かっています」
瑛士さん——いや、リアンナハの軍師、エリアスが簡潔に応じる。
リゼは、壁に貼られた地図を見据えた。
「了解した。黒翼団は、王立軍と共に防衛線を張る。
コアルームへのルートは、我らが死守する」
「心強いです、リゼ」
エリアスは、真剣な表情で頷いた。
「この部屋と、ルグの繭がある限り、希望は残りつづける。
……頼みましたよ」
「承知した」
リゼの返事は短く、それだけ。
でもその一言には、揺るぎない決意が宿っていた。
「……まきぽん」
私の方を振り返ったリゼの瞳は、相変わらず真っ直ぐだ。
「お前は、お前の戦場へ行け」
「……私の、戦場?」
「ああ、境界の聖域は任せた」
リゼは、口元にほんの少し、笑みを浮かべた。
「お前ならできる。
お前とみきぽんは……
普通の女の子みたいな顔をして、いつもとんでもないことをしてくれるからな」
「な、なによそれ……」
「頼んだ」
言葉は短く、それだけだったが、
その信頼の重さに、思わず背筋が伸びた。
「ノエルとバルガンにも、よろしくな」
「……わかった」
ノエルの微笑みと、バルガンの笑い声が脳裏に浮かぶ。
「——では、作戦を確認します」
エリアスが、一同を見渡した。
「第一戦場。王都リアンナハ防衛線。
黒翼団・王立軍・各ギルドが迎撃に当たります」
リゼが頷く。
「第二戦場。境界の聖域。
バルガン、ノエル、まきぽん、みきぽんからなる小隊が向かい、
ルグの繭を守ります」
今度は、私が小さく頷いた。
「そしてコアルームは陛下と私が。
全体指揮と、ルグの構築はここで続行します」
エリアスは一度目を閉じてから、静かに言葉を結んだ。
「これは、私たち全員の『帰る場所』を守るための戦いです」
胸の奥で、心臓がトクンと高鳴る音がした。
怖いけれど、逃げたくない。
泣きたいけれど、前を向きたい。
(そうだよ。これは——)
私とみきぽんの、ギルドのみんなの。
瑛士さんの——そしてリヒトだって、きっと本当は求めていた……
『帰る場所』を守る戦いなんだ。
「……行こう、みきぽん」
「あい! おねーたんといっしょなら、どこでもいけるでち!」
小さな手が、ぎゅっと私の手を握り返す。
「まきぽん」
最後に、エリアスが私を呼び止めた。
振り向くと、彼は限りなく温かい笑みを浮かべていた。
「——必ず、帰ってきてください」
短い言葉なのに、その中にどれだけの想いが込められているのか。
それが伝わってきて、また目頭がじんわりと熱くなる。
「もちろん。だって——」
私は、涙を払って笑ってみせた。
「私たちは『帰る場所』を守るために、行ってくるんだから!」
瑛士さんは、眼鏡の奥で優しく目を細めた。
「うん……いってらっしゃい」
* * *
リアンナハの街に戻ると、すでにあちこちで警鐘の音が鳴り響いていた。
見上げた空には、暗雲が立ち込めている。
私は一度だけ振り返り、王城の塔の上に目を向けた。
そこに、コアルームへ続く窓がある。
きっと今も、あの部屋で——。
(エリアス、ブリギッド、リゼ……)
胸の奥で名前を呼び、
私は、みきぽんと手をつないだまま、ギルドハウスへと駆け出した。
そこには、バルガンとノエルが待っている。
そして、私たちの『第二戦場』への遥かな旅が始まるんだ——。
いよいよ次回から、戦場を二つに分けてのドラマが始まります!
なお、それまで軍師エリアスとして皆に指示を出していた瑛士ですが、最後の
「いってらっしゃい」
だけは「瑛士」のセリフとして書いています。
気づいていただけたら嬉しいです。




