第35話「境界の聖域へ——それぞれの戦場」
まきぽんたちが覗き込んだモニターの中には、この世界の『果て』が映し出されていました。
そこにある物とは……?
「何、ここ……?」
「ここは、スカの外縁部です」
ブリギッドが静かに告げる。
「本来のゲーム世界との境界——
卵の殻……といったところでしょうか」
「そしてここが、境界の聖域」
瑛士さんがモニターの端を指先で示すと、
断崖絶壁の先に、空と大地の境目に浮かぶ、白い神殿のような建造物が見えてきた。
そこに画面がズームしていく。
円形の基壇の上に、柱がぐるりと並んでいる。
悠久の時を過ごしてきたことを物語るかのように、天井は半ば崩れ落ちていた。
柱のいくつかは斜めに傾き、蔦や植物が内部にまで入り込み……
そこだけ時間の流れが止まってしまったような、静謐な気配をまとっていた。
「かみさまの、おうちみたいでち……」
みきぽんが、ぽつりとつぶやく。
「ここに、完成を待つ『AIルグ』が隔離、保護されています」
神殿の中央には、屋根に開いた穴から光が降り注ぎ、
青白い光の粒子が、データの雪のようにゆっくりと舞い落ちている。
その光を受け止めるようにして、祭壇らしき台の上に、ひとつの塊が鎮座していた。
うっすらと透ける、白くて楕円形の物体——
「繭……?」
今までに見た物の中では、蚕の繭が一番近いかもしれない。
「そう……あれが」
瑛士さんが、低い声で告げる。
「今まさにルグを育む、『繭』」
それは、巨大な卵のようにも見えた。
人ひとりがすっぽり入ってしまいそうな大きさの繭が、何本ものケーブルと光の糸に繋がれて、宙に浮かんでいた。
半透明の外殻越しに、微かに中の様子が見える。
「あれが、ルグ……」
思わず、息を呑んだ。
何か大きな命が、その内部で確実に育まれつつある。
繭を破り、中のルグが完全体として目覚めたら——
世界は救われるのか、それとも終わるのか。
画面の中で、ルグの繭はただ静かに、
世界の果ての光と闇を受け止めながら、脈打ち続けていた。
「しかしこの座標は、すでにバロールに感知されかけています」
ブリギッドが告げる。
「えっ、バロールが?」
彼女の瞳に、ネオンブルーの光が一段と強くきらめいた。
「おそらく、繭が発する微弱な演算波形を辿って、
『ルグ』の存在と位置を察知したのでしょう」
「じゃあ……このまま放っておいたら……」
嫌な予感が胸の奥からせり上がってくる。
「はい。リアンナハと同様に——
いずれ境界の聖域を破壊されるのは、火を見るよりも明らかです」
「そんな……!」
リアンナハが襲われているだけじゃない。
これから生まれようとしているルグの『ゆりかご』まで——。
「もし、ルグの繭が破壊されれば、
僕たちが考えている『終了の道筋』は、全て潰える。
君たちを元の世界に無事帰すための、唯一の可能性も、だ……」
「唯一の、可能性……」
頭の中が真っ白になる。
リアンナハも守らないといけない。
ルグだって、絶対に落とせない。
どっちも失えないのに、私は——どうすればいいの?
「まきぽん」
名前を呼ばれて、ハッと顔を上げた。
瑛士さんはゆっくりと立ち上がると、
モニターに並んだ数多のウィンドウを一瞬だけ見渡し、それからまっすぐ私を見る。
それは、迷いを断ち切った司令官の眼差しだった。
「戦場は、二つに分かれた」
「……うん」
「リアンナハの防衛線と、境界の聖域。
どちらも、今この瞬間から本格的に動き出す」
眼鏡のレンズに、モニターの光がちらりと反射する。
「僕はここに残って、ブリギッドと共に全体の指揮とルグの構築を続ける。
リアンナハの防衛は、黒翼団と王立軍に任せる」
「それじゃあ、私たちは……?」
瑛士さんは、ほんの少しだけ柔らかく微笑んだ。
「君には——境界の聖域まで行って、ルグの繭を守ってほしい」
「私が……!?」
思わず、胸の前で手を握りしめる。
「できるかな……だって私、全然初心者で……」
「もう、ただの初心者じゃない」
言葉を遮られた。
いつもの穏やかな調子のままなのに、そこには強い意志が宿っていた。
「すでに君は、言語詠唱システムを誰よりも巧みに扱い、
この世界と『言葉』で繋がる力を示してくれた」
「…………」
瑛士さんは、配信を魔力に変える、私の力のことを言っているのだろう。
洞窟をも吹き飛ばす、絶大な魔力——。
「君がこの世界へ来たのは、
その適性を持っていたがゆえだ」
そうだ。この力があるから、私はこの世界に引き付けられた。
「それに——」
瑛士さんは、少しだけ視線を伏せてから、また私を見た。
「君はこの世界のために泣いて、怒って、迷って。
それでも、大切なものを守ろうとしてくれた」
「……瑛士さん」
「だから僕は、君を『戦力』としてではなく——」
言葉を選ぶように、少しだけ間を置く。
「共に未来に進むための『仲間』として、信頼している」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
今までの私は、エリアス——瑛士さんに守られて戦ってきた。言わば『保護者付き』の状態だ。
でも、この先は——
自分で判断し、自分で守らなくちゃいけない。
不安げに瑛士さんに視線を送ると、彼はしっかりとした眼差しで受け止めてくれた。
そうだ、「信頼」という言葉——。
私の先生は、私に「君はもう一人でもやっていける」と言ってくれたんだ……。
「……うん」
私は、みきぽんの手を握ったまま、もう片方の手で胸をトン、と叩いた。
「私、この世界が大好きだし……
おかーさんのところに、ちゃんと胸を張って帰りたいから」
「おねーたん……」
「だから、ルグも、リアンナハも、みんなも……全部守る!」
「……よく言ってくれたね」
瑛士さんは、満足そうに微笑んだ。
「ブリギッド」
「はい、マスター」
「まきぽんの端末に、こちらと繋がるための通信モジュールを追加してくれ。
『配信用』と『通信回線』は、完全に分けて」
「了解しました」
ブリギッドが指先を軽く振ると、
私のローブのポケットの中で、スマホがぶるっと震えた。
「わっ」
慌てて取り出すと、画面の上で光の粒が魔法陣のように広がった。
その光が消えた後、スマホの画面にはアイコンが二つ並んでいた。
いつも使っていた、見慣れた配信アプリの横に、
小さな角笛みたいなマークの、新しいアプリのアイコンが並んでいる。
「これは……?」
「私たち専用の通信アプリです、まきぽん」
ブリギッドが、少しだけ誇らしげに微笑む。
「これで、マスターや私と、リアルタイムに通信が可能になります。
もちろん、配信とは完全に分離させましたので……」
そうだ。このスマホ、異世界に来てから、
取り出すと勝手に配信が始まっちゃう、謎仕様になってたんだよね。
「アイコンを押すまで、勝手に配信が始まることも、もうありませんよ」
「……それ、地味に一番ありがたいかも」
私はほっとして、思わず笑ってしまった。
「おねーたん、これでみんなと、おはなしできるでちか?」
みきぽんは、私の服を引っ張りながら見上げている。
「そうだね。どこにいても、ちゃんと繋がっていられる」
心細い旅路になるはずなのに、
ポケットの中に『絆』があるだけで、少し心強く感じることができた。
——境界の聖域へ向かう決戦の旅が、いよいよ始まろうとしている。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今回は、まきぽんとエリアスの絆を描いてみました。
教える側と教えられる側という「師弟関係」から、共に信頼を寄せ合う「仲間」になった瞬間です。
そして、ブリギッドによって通信機能を付与されたスマホ。
今後、これを使った楽しいエピソードもご用意してますので、楽しみにしていただけたらと思います(*´ω`*)
次回もお楽しみに!




