第31話「女王の素顔——動きだす『ティルナノ』の秘密」
縁の泉で現実世界の自分を見てしまい、ショックを受けたまきぽん。
エリアスに呼ばれた、お城の中で待ち受けていたのは……。
朝食を食べ終わった私は、みきぽんを連れて王城に向かった。
城へと続く大通りは、雨上がりの匂いがしていた。
石畳はまだところどころ濡れていて、雲の切れ間から差し込む光を反射している。
吸い込む空気は、まだ少しひんやりとして胸に痛い。
「おねーたん、おそら、きょうはどんよりでちね」
「そうだね……」
みきぽんは、私の手をしっかり握りしめたまま、王城を見上げている。
白い石造りの塔は、雲を突き刺すように高くそびえ立っていた。
(……いよいよ、だね)
昨日、縁の泉で見てしまった現実。
泣いていたおかーさん。
「帰らなきゃいけない場所」があることを、突きつけられたあの光景。
そして、エリアスの気になる一言……。
私は何があっても受け入れる覚悟で、リアンナハの王城を見上げた。
* * *
城門の前には、槍を携えた衛兵たちが立っていた。
近づくと、そのうちの一人がこちらを訝しげに見やる。
「そこの嬢ちゃんたち、何の用だ?」
「私、白銀の角笛団のまきぽんです。今日は、エリアスさんに呼ばれて……」
「おお、これは我が国を救ってくれた英雄様ではないですか!
失礼いたしました、少々お待ちを」
衛兵は敬礼すると、城の中へとかけていった。
ほどなくして、石の階段の上から見慣れた姿が現れた。
濃紺のローブの裾を揺らしながら、エリアスがゆっくりと降りてくる。
エリアスは衛兵に軽く会釈すると、私たちの方へ向き直った。
「二人とも、よく来てくれました。中へどうぞ」
私たちは彼の後についていった。
* * *
王城の大扉は、エリアスが近づくとゆっくりと開かれた。
重厚な木の扉が軋む音が、石造りの建物に響き渡る。
中へ足を踏み入れると、私たちの前には高い天井と、赤い絨毯の敷かれた広いホールが広がった。
柱のあいだから差し込む光が、漂う塵をきらきらと照らしている。
「おしろ、キレイでち〜♪」
左右に居並ぶ衛兵たちは、私たちが通ると一斉に胸を手に当てる敬礼をした。
エリアスはその中を、慣れた様子で歩を進めていく。
「おねーたん、みきぽんドキドキしてきまちた……」
「私もだよ……」
足音が、妙に大きく響く。
胸の鼓動も、隣のみきぽんに聞こえちゃうんじゃないかというくらいに弾んでいる。
* * *
やがて私たちは、城の奥まった一角にある少し小ぶりな扉の前にたどり着いた。
エリアスがノックをする。
「失礼します、陛下。お約束どおり、まきぽんとみきぽんをお連れしました」
「お入りなさい」
中から、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
そこはこぢんまりとした、でも気品の漂う応接室だった。
大きな窓からは淡い光が差し込み、厚手のカーテンが柔らかく揺れている。
壁には、リアンナハの地図や古いタペストリーが掛けられていて、テーブルの上には温かいハーブティーの香りが漂っていた。
そして窓のそばに設えられた椅子に、女王フィオナが座っていた。
真っ直ぐに伸びた背筋に、優美な深紅のマント。
けれど今日は冠を外しているせいか、少しだけ柔らかい雰囲気に見える。
彼女の背後、窓からはリアンナハの街並みが見下ろせる。
「よく来てくれましたね、まきぽん。そして……かわいらしい妹さんも」
フィオナは、穏やかな微笑みを浮かべながら言った。
「お、おはようございます!」
「おあよでち!」
みきぽんは、ぺこりと頭を下げてから、きらきらとした目でフィオナを見上げる。
「あら、元気なご挨拶ですね」
気品に満ちて落ち着いた仕草は、やっぱり女王の風格だ。
エリアスと何か言葉を交わすと、フィオナは侍女たちを下がらせた。
部屋には、私たちと女王、そしてエリアスだけが残される。
扉が閉まった瞬間——。
「では、ここからは秘密の時間ですね」
そう言ってフィオナは静かに立ち上がり、エリアスの方へ向き直ると、深々と頭を下げた。
「お帰りなさいませ。——お待ちしておりました、マスター」
「……ああ。よろしく、ブリギッド」
「えっ?」
女王さまの方が、エリアスに……敬語を使ってる?
しかも今、なんて……。
「ブ……リギッド?」
それは、この世界を統べる女神の名前だったはず。
私は思わず聞き返してしまう。
フィオナは私の方へ向き直ると、そっと胸に手を当てて微笑んだ。
「改めて自己紹介いたします、まきぽん。
私はこの世界、『ロード・トゥ・ティル・ナ・ノーグ』を統率する管理AI——」
その瞳は、どこか人間とは違う光を宿しているように見えた。
「『創造のブリギッド』
この王国では、フィオナ女王という器を借りて、あなた方と対話しています」
「え、AI……!?」
その言葉はあまりに唐突で、理解するまでに時間がかかった。
私は目の前の若き女王をまじまじと見つめた。
「AIって……あのAI……?」
「ええ。私はマスター、榊原瑛士によって設計された人工知能です」
フィオナ——いや、ブリギッドは、落ち着いた声で答えた。
「この世界の天候も、怪物の配置も、人々の生活も、
その多くは私のアルゴリズムによって制御されています」
「じゃあ、女王陛下は……NPCじゃなくて……」
「厳密には、NPCでもあり、違うとも言えますね。
『女王フィオナ』という人格は、この世界のプレイヤーや住民たちと関わるための、私の表層の一つです」
いやいやいや。
さらりと言うけど、理解が追いつかない。
「それにしても、マスター」
ブリギッドは、少しだけ苦笑にも似た表情を浮かべて、エリアスの方を見た。
「あなたが、まきぽんとここに揃って姿を見せるということは、
……彼女にも、この世界のあらましを教えるということなのですね」
エリアス——瑛士さんは、決意を込めて頷いた。
「彼女は見てしまったからね。泉で、自分の戻るべき世界を」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
ブリギッドは、そっと私の方に視線を戻す。
「辛かったでしょう、まきぽん。
あなたの『セッション』は、私もモニタリングしていました」
「セッション……?」
聞き慣れない用語に首をかしげると、ブリギッドはわかりやすい言葉に言い換えてくれた。
「あなたの意識が、この世界に繋がっている状態のことです。
本来なら、あなたの意識がこの世界にとどまることはありません」
やっぱり……私はあの夜、異世界転移しちゃったんだ。
「しかしあの夜——
『邪眼のバロール』があなたの前に現れた時。
ティルナノのサーバーに、本来あり得ないほどの電気的な負荷が発生しました。
そして同時に、現実世界のあなたと、この世界の『誰か』
その両方から非常に強い『想い』の波形が検出されました」
「……想い?」
ブリギッドは胸の前で指を組み、静かに続ける。
「それは『誰かを求める想い』そして——
『誰かを救いたい』という、強い想いでした」
私は、ハッとしてみきぽんを見た。
そうだ、あの時……
どこからともなく現れたこの子が、私を助けてくれたんだ——。
「現実世界とこの世界、双方からの二つの強い『想い』が重なった瞬間に、
バロールの意思が働き、
あなたの意識を、異常な形でこの世界に固定してしまったのです」
「固定?」
「はい。例えるならそれは、焼き付いた残像のようなもの」
フィオナは、ふと遠くを見つめた。
「本来ならすぐ消えるはずの光が、画面にいつまでも残ってしまう……
あなたの意識は、今まさにその状態と言えるでしょう」
「……それで、私はここに?
私が……誰かを求めてしまった……から?」
「私に観測できたデータは、ここまでです」
「そんな……」
私は胸の戦慄きを抑えることができなかった。
「おねーたん……」
みきぽんは、不安そうに私を見上げている。
じゃあこの子は、私の求めに応じてあの場所に現れた、ということ……?
茫然自失としている私を心配しているのか、みきぽんはさっきから、私の手を強く握りしめている。
「——まきぽん」
エリアスは、その瞳に迷いと覚悟を秘めながら、私に言った。
「この世界がどうしてこんなふうになってしまったのか。
君やリヒトくんが、どうして『転移』してしまったのか」
一つひとつ噛み締めるように、ことばが紡ぎ出される。
「全部、話すよ。僕の失敗も、ブリギッドの役割も。
そして新しく作っているAI——ルグのことも」
「……ルグ?」
ブリギッドは、そんな私の表情を静かに観察してから、ゆっくりと背を向けた。
応接室の奥。
一見、何の変哲もない壁に見えた場所に、彼女は手をかざす。
「まきぽん。あなたにも、マスターの『転移者の証』を見てもらいましょう」
淡い光が走り、壁の一部が音もなく横にスライドした。
その先に広がる光景を見て——
私は言葉を失った。
女王フィオナとは、AIブリギッドの顕現した姿——いわばGUI (グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)でした。
そして次回、ついにこの世界の秘密が……!?
お楽しみにお待ちください♪




