第29話「涙の日——エリアスの『罪』と、この世界の秘密って……?」
縁の泉に映った現実を垣間見て、ショックを受けたまきぽん。
今回は、ギルドに戻ってからのお話です。
初めて招かれたエリアスの書斎で、まきぽんは世界の秘密と、彼の「罪」と向き合う決断を迫られることに——!?
私は泣き腫らした顔のまま、
ノエルとみきぽんに支えられるようにしながら、ギルドハウスへと帰ってきた。
ギィ、と重厚な木の扉を押し開けると、
テーブルではエリアスが遅めの昼食を摂っていて、
バルガンは木のお玉を片手に、その様子を満足そうに眺めていた。
「おぅ、おかえ……おいおい! どうしたんだよ!?」
「まきぽん、何があったのですか……?」
二人とも、只事ではない私の様子を見てギョッとしている。
「それがね……」
ノエルは私をエリアスの隣の席に座らせると、
縁の泉であった出来事を、自分にわかる範囲で説明した。
「まきぽんちゃん、泉を覗き込んだ途端に顔色が真っ青になって……
そのまま膝から崩れ落ちて、ずっと泣いていたのよ」
その間にも、みきぽんは私の手をギュッと握っていてくれた。
「うーん、あの泉には不思議な言い伝えがあるもんな。
そいつが一番知りたいと思っていることを、見せてくれるとか……」
「そうね、まきぽんちゃん、一体何を見ちゃったのかしら……」
エリアスの眼差しからも、私を心配してくれていることが伝わってくる。
「……とにかくよ、みんな座れ」
バルガンはそう言って厨房に戻ると、しばらくして私たちに熱々のスープを持ってきてくれた。
「まぁ、これでも飲めよ。落ち着くぜ」
ごろっと野菜の入ったスープ。
手に渡されたカップから、じんわりと温かみが伝わってくると
それだけでまた涙がこぼれそうだった。
「おいちーでち♪」
「ほんとね、お腹の底からあったまるわぁ」
「そうだろうよ、なんせこのにんじんは、ちびっ子が丁寧に洗ってくれた特別なヤツだからな!
ダーッハッハッ!」
「えへへ」
バルガンの豪快な笑い声と、みきぽんの無邪気な笑顔が、
ギルドの食堂を春風が吹き抜けたみたいにあたためてくれる。
しばらくして、呼吸がようやく整った頃。
「……まきぽん」
エリアスが、優しい声で語りかけてきた。
「後で、私の書斎で少し話しませんか?
……落ち着いたらで構いませんので」
私は黙って頷くと、残りのスープを飲み干した。
* * *
書斎に行く前に、さすがにちょっと身だしなみを整えようか。
洗面所の青銅製の鏡を見つめて、ため息をついた。
真っ赤に充血した目に、乱れた髪。
私は慌てて顔を洗った。
……でも。
(おかーさんは、もっとやつれてたな……)
あの様子を思い出すたびに、胸がズキズキと痛くなる。
* * *
エリアスの書斎はギルドハウスの二階、北側の一番奥にある。
——コンコン。
ノックをすると、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「失礼しまーす……」
ここはエリアスの私室になっていて、中に招かれるのは私も初めてだ。
なんだか、職員室に呼び出されたみたいで、ちょっと緊張しちゃう。
(うわぁ……)
扉を開けた瞬間、インクと古い紙の匂いが鼻をくすぐった。
正面には大きな木の机があり、その後ろは壁一面の本棚。
机の上には書きかけの地図のようなものと、インク壺に刺さった羽ペン。
部屋の中は時が止まったように静かで、ここだけ空気の温度が違う気がする。
なんか……エリアスの頭の中って、きっとこんな感じなんだろうな。
エリアスは私の姿を見ると、ふと作業の手を止めた。
立ち上がると、私に窓際のソファをすすめ、自分はその向かいに座った。
そして、仕事の疲れを取るかのように、眼鏡を外して目頭を揉んだ。
あ、これは……
「……瑛士、さん?」
「……はい」
北の洞窟でも見せた、エリアスの素顔。
彼は今、ティルナノの開発者、榊原瑛士なんだ。
「……見たんだね、泉で」
「うん」
私はうなずいた。
そして、胸に刺さったままの言葉を少しずつ、少しずつ伝えた。
現実の私の姿。
泣いていた母。
帰らなきゃいけないと思ったこと。
言葉にするたびに胸が痛くて、ちゃんと伝えられたかどうかわからなかったけど……
瑛士さんは一度も遮らずに、最後まで黙って聞いてくれた。
「そうか……辛かったね」
その眼差しはとても柔らかくて、また目頭に涙が溢れてきそうになった。
瑛士さんはしばらく黙り込んだ。
机上の書きかけの地図に視線を落とし、何かを考えているようだ。
そして少しだけ目を伏せてから、
彼は意を決したように、ゆっくりと語った。
「やっぱり、君には話さなくちゃいけないようだ。
この世界の秘密と——
僕の罪を、全部」
「……えっ?」
罪……?
瑛士さんは、確かにそう言った。
「明日、王城に来てくれる?」
「……お城に?」
「ああ、君に——見せたいものがある」
胸の奥が、ぎゅっとなった。
「えと、みきぽんは……?」
瑛士さんは、微笑んだ。
それは、ほんの少し不器用で、でも優しい笑みだった。
「そうだね、みきぽんも一緒に」
私は、少し掠れた声で答えた。
「……わかった」
それだけで精一杯だった。
瑛士さんがまた眼鏡をかけたのを合図に、私は彼の部屋を後にした。
* * *
自分の部屋に戻り、ドアを開けると
みきぽんは、ベッドの上で膝を抱えて待っていた。
ハッとして私を見た大きな瞳は、涙に濡れていた。
「おねーたん……」
私はかける言葉もなくて、ただ、みきぽんを抱きしめた。
ぎゅっ……。
心臓に近いところが、じんじんと熱く痛んだ。
「ねぇ……どうしたら、いいの……」
声を震わせる私に、みきぽんはそっと寄り添い、小さな腕を背中に回してくれた。
「みきぽん……どこにもいかないでち。
おねーたんのとなりに、いるでちよ」
みきぽんの温もりが伝わってくる。
「……うん、ありがとう……」
そうだ、今日はもう何も決めなくていい。
明日、聞こう。
明日、向き合おう。
今はただ——
このぬくもりを離さないでいよう……。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
まきぽんの、二つの世界の間で引き裂かれる思いが、じわじわと形になってきた回でもあります。
さて、次回からはいよいよ王城パートに突入します!
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