第26話「みきぽん、初めてのおつかい——街のみんながくれた笑顔」
昨日の祝宴の余韻がまだ残るまま、
まきぽんとみきぽんは、久しぶりにゆっくりと街へ出かけます。
ギルドの仲間たちとの朝の光景とはまた違う、
街の人々の心のぬくもりが見える回です。
どうぞ、静かであたたかいひとときをお楽しみください。
城下町の大通りに出ると、暖かな春の日差しに包まれた。
石畳の道からほんのりと立ちのぼる温もりと、
遠くの市場から聞こえてくる人の声。
リアンナハの街は、今日も変わらず賑やかだ。
「おねーたん、おててつなぐでち!」
「うんうん、迷子にならないようにね」
みきぽんの手は、相変わらず小さくてあったかい。
その感触を確かめるように握り返しながら、私は歩み出した。
「えーと、フェンネルと、岩塩と、グレン堂の軟膏……」
(うん、大丈夫。ちゃんと覚えてる)
小さな声でそっと復唱してから、私たちは王都の市場へ向かった。
* * *
行き交う人々のざわめきと、商人の呼び込みの声。
中央市場は、いつも以上に活気づいていた。
色とりどりの品を並べた屋台が並び、
香草や燻製肉、焼きたてのパンの匂いが混ざり合って鼻をくすぐる。
「おや、あんたたち……」
八百屋のおばさんが、ふと私たちを見つけて手招きする。
「白銀の角笛団の新入りだろ?」
「あ、はい」
「女王陛下の遠征から戻ったって、聞いたよ
……英雄なんだってねぇ!」
「あ、あの、その……」
急に話しかけられて、思わずどもってしまう。
(英雄とかって言われるの、やっぱり慣れないな……)
「ちっちゃい方は、鉄球を振り回して戦ったんだって?
すごいねぇ」
噂で広まったんだろうか。
そんなことまで知ってるんだ……。
「えへへ……みきぽん、がんばったでち!」
みきぽんは胸を張って、誇らしげに答える。
「えらいねぇ。ほら、これはお礼とお祝いだよ」
おばさんは、赤くてつやつやしたリンゴを一つ、
みきぽんの手に乗せてくれた。
「わあ……! あいあとでち♪」
みきぽんは両手でリンゴを掲げて嬉しそうだ。
「……ありがとうございます!
すみません……その、気を遣わせてしまって」
私が慌てて頭を下げると、おばさんは豪快に笑った。
「いいんだよ。王都を守ってくれたんだろ?
このくらいさせておくれよ。
……あんたも、よく頑張ったじゃないか」
「わ、私なんて……」
「あははっ。照れてるところが、またいいねぇ!」
からかわれて、思わず顔が熱くなる。
でも、悪い気はしなかった。
私たちは本当に、この街の人たちの役に立てたんだ——。
昨日、謁見の間で言われた女王の言葉が、
少しだけ現実味を帯びて胸に戻ってくる。
「おねーたん、りんご、はんぶんこしよ!」
「いいの? せっかくもらったのに」
「いっしょにたべたほうが、おいしいでち」
まるで当たり前みたいな顔で言うから、この子は愛しい。
「……じゃあ、あとでみんなと分けて食べよっか」
「あい!」
市場を歩いていると、他にも声をかけてくれる人たちがいた。
「あんたたちがいなかったら、北門は危なかったって聞いたぞ」
「黒翼団だけじゃなくて、角笛団も立派だったってね」
「英雄さまのおかげで、こうして今日も店が出せるよ」
そのたびに、私は照れて頭を下げて、みきぽんは自慢げに胸を張る。
みきぽんの頭を撫でたり、お菓子をくれる人もいた。
ここは、ゲームの世界のはずなのに——。
(……なんだろう。すごく居心地がいい。
まるで最初から住んでいたみたい……)
そんなことを思いながら、目的の品を買うと、私は市場の奥へと足を進めた。
* * *
春風の中に、わずかに香草の香りを混じると、見慣れた真鍮の看板が目に入った。
——癒しの庵 『グレン堂』
ノエルがバイトをしている、王都の薬局だ。
古びた木製の扉を開けると、金属の鈴がちりんと鳴った。
「いらっしゃいませ。……あら、まきぽんちゃん」
「お邪魔しまーす」
カウンターの向こうで、ノエルが顔を上げて微笑んだ。
今日はいつもの乳白色のケープではなく、
調合用のエプロンを身につけている。
「ノエルおねーたん!」
「はーい、みきぽんちゃんもいらっしゃい♡」
店内にいるだけで、干した薬草の匂いに包まれる。
壁には、趣のある小瓶や包み紙がぎっしりと並んでいた。
「……お嬢ちゃんたち。今日はなんのご用かな」
カウンターの奥から現れたのは、この店の店主グレンさん。
髭を生やした、ちょっとこわもてだけど優しいおじさんだ。
「こんにちは、グレンさん
バルガンから頼まれていた軟膏を取りにきました」
「ああ、あの大食らいの戦士のお使いか。……ちょっと待ってな」
グレンさんは奥の棚から、茶色い陶器の壺を一つ取り出した。
「これが、いつものやつだ。『ブリギッドの慈悲』」
「ブリギッド……?」
「火と炉の女神さ。
熱と痛みを和らげる加護をもらえるように、そう名付けてる。
——バルガンのやつ、よく怪我や火傷をするからな」
「ふふ、わかる気がするわ」
バルガンが、料理の合間に
この軟膏を塗っている姿が目に浮かんで、思わず笑ってしまう。
「今日はね、バルガン、羊の煮込み料理作るんだって!」
「あら〜、それは楽しみだわ」
ノエルの頬が、ふわりとほころぶ。
「そうだな……」
グレンさんが、顎に手を当てて私たちを見比べた。
「せっかくの遠征明けだ。
ノエル、今日は少し早めに上がっていいぞ。
街の空気でも吸ってこい」
「えっ、いいんですか?」
「いつもちゃんと働いてくれてるからな。
それに——」
彼は、ちらりと私たち姉妹に視線を向けた。
「英雄さまと、その妹御さんの護衛なら、
王都一の薬師見習いにはうってつけだろ?」
「ちょ、英雄って……」
また言われてしまった。
今まで言われたことのない言葉に、
(いや、言われたことある人の方が少ないだろうけどさ)
どうしても、くすぐったさと気恥ずかしさを感じてしまう。
「そうね……
まきぽんちゃん、よかったら一緒にお昼でも食べない?」
ノエルが、遠慮がちに笑いかけてきた。
「ノエルおねーたんと、おひる!?」
みきぽんが、ぱぁっと顔を輝かせる。
もちろん、私の答えは決まっていた。
「うん、行きたい! ね、みきぽん」
「あい、いっしょにごはん!!」
グレンさんはその様子を、
まるで娘とその友達を見つめるかのように、優しく見守っていた。
「よし、それじゃあ行ってこい」
「ありがとうございます、グレンさん!」
私は深く頭を下げると、軟膏の壺を大事に鞄にしまった。
後から思えば——
この時こそが、いちばん穏やかで、いちばん幸せだったのだと思う。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
王都リアンナハの人々に触れたことで、
まきぽんの心の中に「この世界で生きる意味」が
少しずつ芽生え始めた一話だったと思います。
ですが——
このあたたかな日常は、いつまで続くのでしょうか……?
続きも楽しみにしていただけたら嬉しいです。




