序章2「女王からの祝福──銀角のフィブラ授与式」
王都の中央広場を抜けると、パレードの列は白い石造りの城へと辿り着いた。
塔の先端では、ブリギッドの紋章が染め抜かれた旗が朝の光を受けてはためいている。
城門の前で、私たちはいったん足を止めた。
すると、薄紫色の衣をまとった女官と、
きっちりとした身なりの男性が前へ進み出る。
「白銀の角笛団の皆さま。女王陛下がお待ちです」
女官が恭しく裾をつまみ、頭を下げた。
隣の男性——おそらく宰相とか、そんな感じの偉い人——
が、私たちを見回しながら続ける。
「このたびの北の洞窟での功績を讃え、
陛下は直々に勲章授与の儀と、祝福の宴をお開きになります。
どうか城内へ」
「こーせき……くんしょ……?」
難しい言葉が続いて、みきぽんは首をひねっている。
「女王様が、私たちをお祝いしてくれるんだって!」
みきぽんが、きらきらした目で私の袖を引っ張る。
「じょおーたまに、またあえるでち!?」
「しっ、声、おっきいよ……!」
慌ててみきぽんの口を手で押さえたけれど、私の胸も同じくらい高鳴っていた。
「むぅぅ〜〜〜……
おねーたん、いくでち! わくわく……!」
リゼは緊張しているのか、少し余裕の無さそうな面持ちだ。
「だ、段取りを確認しないとな……黒翼団長として、ここは……」
と、ぶつぶつ小声で確認している。
ノエルは苦笑しながら、リゼの肩にポンと手を置いた。
「だいじょうぶですよ、リゼさん。
いつものリゼさんなら、きっと平気です」
バルガンはと言えば、一切緊張する様子を見せずに、こっそりと私に耳打ちしてきた。
「なぁ、城の宴ってことはよ、肉とか野菜とか、山ほど出るよな……?」
「う、うん? そうだね」
「そうだよな……そうでなきゃ嘘ってもんだぜ……!」
バルガンは静かに喉を鳴らした。
(バルガンのモチベは、今日も絶好調だ……)
そんなやりとりをよそに、エリアスは一歩前に出て、落ち着いた声で言った。
「ご案内、痛み入ります。
白銀の角笛団、謹んで拝謁いたします」
いつもの王宮付きドルイドの声色に戻っているのに、
頭の上には、さっき少女にもらった花冠がまだちょこんと乗っている。
でもそのアンバランスさが、彼の優しさを物語っているような気がした。
城門をくぐると、黒い鎧を身にまとった兵士たち——
黒翼戦士団の精鋭数名が、列の両端から進み出てきた。
先頭の青年が、敬礼の姿勢でリゼの前に跪く。
「団長。遠征からのご帰還、心より祝福いたします」
「……ご苦労」
青年は、リゼの前に黒翼団の正装であるマントを恭しく掲げた。
深い闇色の布地に、銀糸で織られた翼の紋章——
国を背負って戦う者だけが許される正装だ。
「こちらを——」
「……頼む」
青年は微笑を浮かべ、優しい所作でマントを肩へとかけていく。
布がふわりとリゼの背を包んだ瞬間、周囲の空気がぴんと張りつめた。
「……わぁ……
リゼたん、もっとつよそうでち……!」
「そ、そうか……」
リゼは照れ隠しの咳払いを一つ。
けれどその頬は、ほんのり桜色に染まっていた。
青年は、胸に拳を当てながら深く頭を垂れる。
「団長、その御姿……我らの誇りにございます」
リゼの背中に揺れる黒いマントは、王都を守る翼のようだった。
黒翼団の精鋭たちが左右へ下がると、パレードの列は再び動き出した。
こうして私たちは、城門の中へと足を踏み入れた。
白い石の中庭には噴水があり、兵士たちが整然と並んでいた。
その中央を、私たちは女官たちの案内でゆっくりと進む。
やがて磨き込まれた大理石の廊下を抜け、突き当たりの巨大な扉の前へ辿り着いた。
* * *
重厚な扉の向こうには、遠征の前に訪れた謁見の間が広がっていた。
壁には、いにしえの戦いや祝祭の様子が描かれたタペストリーが掛けられ、柱にはケルト紋様の彫刻がびっしりと刻まれている。
高い天井から吊るされたシャンデリアには、無数の蝋燭が灯されており、柔らかい金色の光が広間全体を包んでいた。
まっすぐに伸びた赤い絨毯の先には、金の玉座が高い段上に据えられ、
その背後ではブリギッドの威光を象徴する『永遠の炎』が静かに揺らめいている。
前回はどこか試されているようで、あの炎が怖く感じられた。
でも今日は——
ほんの少しだけ、暖かく見える。
「全員、配置につけ!」
儀仗兵の号令が響き、左右の兵士たちは胸に拳を当てる敬礼の姿勢を取った。
リゼも黒翼戦士団の団長の姿で、その場にふさわしい威厳を漂わせている。
私は……というと、
緊張で背筋を伸ばしながらも、どうしても日本式のぺこりをしてしまう。
「おねーたん、またぺこってしてまち……」
「ちょっ……し、仕方ないじゃん!!」
みきぽんはきゃっきゃっとはしゃぐと、
両手を後ろに広げて、まるでペンギンのようなお辞儀をした。
(……作法としては確実に間違ってるはずなのに、……可愛い)
同じことを思ったのか、周囲の兵士たちの口元がかすかに緩んでいた。
玉座の前で兵士たちが膝をつき、頭を垂れる。
「女王陛下、ご入場!」
高らかな声が広間に響き、 奥の扉が静かに開いた。
真紅のマントに白金の髪、 そして揺るぎない意志を宿す炎のような瞳。
神聖なる炎のフィオナ・ブリーデ——。
王都リアンナハの若き女王は、まっすぐに前を見つめながら優雅に歩みを進め、
そして玉座に優雅に腰を下ろす。
「面を上げなさい」
静かで、それでいて一瞬でその場を制するような凛とした声。
「皆の者。遠征、ご苦労でした。
その勇気と働きに、心より感謝いたします」
その一言で、空気が一瞬にして温かくなった。
顔をあげると、女王は柔らかく微笑んでいた。
(……前よりも、優しい表情だ)
まるで私たちの帰還を心から喜んでくれているようで、胸の奥がじんわり熱くなる。
女王フィオナは、一人ひとりの顔を確かめるように視線を巡らせると、優しく微笑んだ。
「白銀の角笛団、そして黒翼戦士団の者たちよ。
王都リアンナハを護り抜いたその勇気に、王として、心より感謝の意を表します」
静まり返った広間に、彼女の言葉だけが澄んだ鐘の音のように響いた。
「北の洞窟での戦いは、決して容易なものではなかったでしょう。
それでも、あなた方は前に進み、闇に囚われた者を救い、
王都を脅かす影を退けてくれました」
私の脳裏に一瞬、あの洞窟の冷たい空気や、
リヒトの狂気じみた笑い顔、モリガンの悲しげな瞳がよぎった。
「——感謝の証として、ここに勲章『銀角のフィブラ』を授けましょう」
女官が、銀色に輝く装飾品がいくつも並べられた盆を捧げ持って進み出る。
それは、小さな角笛の意匠とケルト結びが刻まれた、美しいブローチだった。
中央には、蜂蜜色の琥珀が嵌め込まれ、
古代の木々の生命を閉じ込めたかのように、あたたかな輝きを放っていた。
「まずは——ドルイド、エリアス」
名を呼ばれ、エリアスが一歩前に進み出る。
女王は、花冠を乗せたままの彼を見て、ふっと目を細めた。
「王都を導く賢者よ。あなたの祈りは、この国の光です」
「もったいなきお言葉です、陛下」
女王は自らの手でフィブラを取り、エリアスの胸元にそっと留めた。
銀色の角笛の意匠が、彼のローブの上できらりと光る。
「これからも、リアンナハとその民を見守っていてください」
「——この命の続く限り」
穏やかなやり取りなのに、エリアスの決意と覚悟が伝わってきて、一言一言が胸に響いてくる。
「次——黒翼戦士団長、リゼ」
「は、はっ!」
リゼは、普段の戦場で見せる勇ましい姿とは打って変わって、やたらと緊張した様子で前に出た。
マントの裾を踏みかけて、あやうくよろけそうになる。
「だ、大丈夫……?」
ノエルが小声で囁き、私は思わず肩を震わせた。
女王はそんなリゼを見て、少し柔らかな笑みを浮かべる。
「黒翼団の勇姿は、王都にも届いておりました。
あなたの剣は、多くの者の希望となったことでしょう」
「そ、それは……光栄の至り、であります……!」
耳まで真っ赤にしながら、リゼは胸を張る。
女王はフィブラを彼女のマントに留めた。
「吟遊詩人、ノエル」
「はい」
ノエルは静かに一礼しながら前へ出る。
女王は彼女の手をそっと包むように握った。
「前線に立つ者を支え、傷ついた者の命を繋ぐこともまた、立派な働きです。
あなたの手は、多くの者を救いました」
「ありがたきお言葉です、陛下」
ノエルの頬が、少しだけ桜色に染まる。
彼女の胸元にも、銀の角笛が誇らしく輝いた。
「戦士、バルガン」
「へい!」
バルガンは、大きな足音を響かせながら前に出た。
女王は、ふっと口元をほころばせる。
「戦いでの力もさることながら、
あなたが作る温かな食事は、多くの者たちの心を支えてくれました」
「ダーッハッハ!
うまいもん食って笑ってりゃ、だいたいなんとかなりますからな!」
広間のあちこちから、朗らかな笑い声が漏れる。
女王は楽しそうに目を細め、バルガンのエプロンにも勲章を留めた。
「魔導士——まきぽん」
「っ……」
急に名前を呼ばれて、心臓が飛び出しそうになった。
皆の視線が一斉に集まるのを感じる。
「は、はい……」
私は一度、深呼吸をしてから前へ出た。
女王は真っ直ぐに私を見つめている。
その瞳は、心の底を見透かされているようで、怖いくらいに澄んでいた。
「まだ道を進み始めたばかりの娘よ、
あなたの勇気が、仲間たちに道を示しました。
恐怖の中でも前を向こうとする、その心を称えます」
「わ、私なんて、全然……。
怖くて、泣いてばっかりで……」
「恐れを抱くのは当然です。
それでも前に進むことを、人は勇気と呼ぶのですよ」
女王はふわりと微笑むと、『銀角のフィブラ』をそっと私の胸に留めてくれた。
ずっしりとした銀の感触が、服越しに伝わってくる。
「女神も、あなたに感謝しています」
「…………」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
うっかりすると本当に泣いてしまいそうで、私は慌てて上を向いた。
「そして——小さな英雄、みきぽん」
「あい!!」
みきぽんは、まるでお迎えのお母さんを見つけた幼稚園児みたいに、
タタタッと女王に向かって駆けだしていった。
見ていた兵士たちは、思わず目尻を下げる。
女王は、花冠を乗せたみきぽんを見て、少しだけ目を細めた。
「……その小さな体で、鉄球を操り、敵を倒したのですか?」
「そうでち! みきぽん、おねーたんたちまもりまちた!」
みきぽんは身振り手振りしながら一生懸命に話した。
「リヒトとモリガンたま、どっかーんしたんでちよ!!」
「ふふ……心強いことですね」
女王は小さく笑ってから、盆の上からフィブラを手に取る。
「まだ幼き英雄よ。
あなたの無邪気な心と勇気に、王としての祝福を」
「じょおーたま、あいあと〜!」
みきぽんは両腕をいっぱいに広げて胸を張る。
女王は、その胸元にちょこんと勲章を留めてくれた。
「これであなたも、角笛団の立派な一員ですね」
「やったでち〜〜!!」
飛び跳ねて喜ぶみきぽんに、大広間のあちこちから自然と拍手が巻き起こる。
私も思わず、手を叩いていた。
——ああ、ちゃんと帰ってきたんだ。
みんな揃って、こんなに優しい光に包まれて。
胸の奥で、じんわりと何かがほどけていくみたいで……
嬉しいはずなのに、どうしてだろう。
私は、泣きそうになってしまった。
* * *
女王は黒翼団の精鋭たちにも一人ずつ声をかけ、フィブラを授けてその功績を労った。
そして、儀式が一通り終わると……
「——これにて授与の儀を終了する」
宰相の掛け声を合図に、女王は立ち上がり、一同を見渡した。
「今宵、王城の大広間にて祝宴を開きます。
勇気ある者たちと共に、王都リアンナハの平穏を祝いましょう」
その言葉に、兵士たちや文官たちからも歓声が上がる。
「しゅくえん! ……おねーたん、しゅくえん!!」
みきぽんは嬉しそうに、ぴょんぴょんと跳ねながら私のローブを引っ張る。
「わ、わかったから、ちょっと落ち着いて……!」
「……女王様主催の宴か。こりゃあ、すげぇものが食えそうだな!」
バルガンの目が、完全に獲物を見定める目になってる。
「お城での宴会なんて、はじめてよ〜」
ノエルは両手を胸の前で組んで、うっとりとした表情になった。
「どんなハーブ料理が出てくるんでしょう……」
「あ、ノエル……やっぱそこなんだw」
さすが薬師見習いでもある彼女は、興味の方向がちょっと違う。
エリアスは、胸元の銀のフィブラを指先で軽くなぞると、
私の方をちらりと見て、穏やかに微笑んだ。
私も、無言で微笑みを返す。
私の胸にも、みんなと同じ角笛が輝いていて……
なんだか「ここにいていいよ」と言われているみたいだった。
「まきぽん——」
エリアスが声をかけてきた。
「ん? なぁに」
「後で……いや」
エリアスはほんのわずかに視線を伏せた。
「でもひとつだけ伝えておきます。
——驚かないでください」
「??」
何だろう、ちょっと気になる……。
こうして私たちは、王城の大広間で開かれる祝宴へ意気揚々と向かっていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
王城での『銀角のフィブラ』授与は、まきぽんが
この国に正式に認められた瞬間でもあります。
作中で登場したフィブラは、
実際のケルト文化で使われていた衣服の留め具
「フィブラ(fibula)」が元になっています。
中央には琥珀を嵌め込んでいますが、
これはケルト圏で「太陽の雫」「生命の石」と呼ばれ、
英雄や帰還した戦士を讃える象徴でもあります。
まきぽんにとっても、
「ここにいていいよ」と言われたように感じる
大切な思い出のひとつになるはずです。
次回はいよいよ、王城の祝宴へ!
引き続きお読みいただけたら嬉しいです。
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