第15話「闇堕ち配信者リヒト登場!聞いたことのある「あの」声って…!?」
無限湧きするコウモリに大苦戦の一行ですが、そこに現れたのは——!?
闇堕ち配信者リヒト——彼の『配信スタイル』は、まきぽんとは正反対。
ポジティブな応援じゃなくて、憎悪と悪意に満ちた言葉が力になる……!?
果たして、心を折られたまきぽんたちは、この戦いをどう切り抜けるのか!?
やがて——。
息苦しいほどの暗闇をかき分けて進んでいくと、やや大きな広間のような空間に辿り着いた。
それと同時に、不意にコウモリたちの羽音が途絶えた。
洞窟の空気が、ひやりとした冷気に変わる。
(……消えた?)
今まであれほど私たちを苦しめていた存在が、一瞬で姿を消すなんて……?
ホッとするより、逆に嫌な感覚に支配される。
「静かだな……」
先頭を進むリゼの声が低く響く。
だが、その声もすぐに底知れぬ闇に飲み込まれていく。
足音も、衣擦れの音も、炎の揺らめきさえも——。
まるで洞窟の暗闇が意識を持って、私たちの一挙手一投足を見張っているみたいだった。
喉が渇く。
息が浅くなって、胸がぎゅっと締め付けられる。
(やだ……この静けさ、気味が悪い……!)
「……妙ですね、気を緩めずに行きましょう」
——と、その時。
「……おい、あそこを見ろ!」
斥候兵の声がひときわ大きく響き、皆が一斉に顔を上げた。
ぼんやりと炎の明かりに浮かび上がる岩壁。
その先の暗がりに、黒い染みのような影がうずくまっていた。
(なに、あれ……?)
松明の明かりをかざすと、それが人の形をしていることが分かった。
黒いローブをまとい、地面に倒れ伏している。
「人間……? 冒険者かしら?」
ノエルが小さく呟く。
「う、うぅ……助けてください……」
倒れていたのは、若い男の人だった。
彼は私たちに気がつくと、弱々しく顔を上げた。
掠れた声で苦しそうに腹部を押さえ、どうやら怪我を負っているようだ。
みきぽんが心配そうに一歩踏み出す。
「おねーたん……このひと、かわいそうでち」
「……待って、みきぽん!」
私は慌ててみきぽんの腕を掴んで止めた。
——なに、この感じ。
確かに声は弱っているのに、耳にまとわりつくような嫌な響きが混ざっている。
背筋をなぞる寒気。息が詰まるような違和感。
「お願いします、どうか……助けて……」
(……ッ、この声……どこかで……)
聞いたことがある。これは……。
「私……この人の声、聞いたことある気がする……」
「まきぽんちゃんの知り合い?」
私は首を振った。
「ううん、違うの……でも、この人なんか変だよ……」
【え……誰?】
【あれ、俺もこの声聞いたことあるかも!】
「おい、あんた、どうしたんだ……」
「——待て」
助け起こそうとするバルガンを制し、リゼは一歩前に出ると、青年に剣の切先を向けた。
「その右手……少しでも動かしたらこの場で切り落とす」
リゼの声音は氷よりも冷たく、場の空気が一瞬で張り詰めた。
「……リ、リゼ!?」
「本当に弱い冒険者なら、こんな洞窟の奥深くまで生きて辿り着けるはずがない……そうだな?」
一瞬の沈黙ののち、男はゆっくりと立ち上がる。
彼が腹を押さえる手をわずかにずらした時、袖口の影で何かがかすかに光った。
あれは——ナイフ!?
不用意に近づけば、一撃で急所を突かれていたかもしれない。
あの時もし、みきぽんを止めなかったら……そう思うと、血の気が引いた。
そして彼はフードに手をかけると、おもむろに取り去った。
そこに現れたのは……
邪悪な意思を宿した赤銅色の眼と、不適な笑み、ブリーチし過ぎた金髪。
そしてネオングリーンの光を放つ、黒いゲーミングヘッドセット。
「フッ……バレちゃしょうがねーな」
男は不気味に口角を吊り上げた。
兵士たちは一斉にざわめき、武器を構えて後退する。
「俺の名は——リヒト。
バロール様の命により、お前らをここで叩き潰す。
……つーか、俺の“見せ場"を横取りしてんじゃねーよ!」
彼が懐から取り出したのは、黒く光る魔導書……
違う、あれはノートパソコンだ!
ヘッドセット、ブリーチされた髪、ノートパソコン。
『ティルナノ』にあるはずもない物ばかり。
つまりそれは——
リヒトが私と同じ、転移者だということを表していた。
【思い出した、『ティルナノ』の配信やってたヤツだ!】
【え、ヨーチューバーのリヒト!?】
【まさか……コイツも転移してたのかよ!】
リヒト——。
同接人数を稼ぐためなら、他のプレイヤーを陥れたり、口汚く罵倒したりと、過激な内容も厭わない。
いわゆる迷惑系配信者というやつだ。
アンチも多く、いつの間にか消えたと思っていたけど……まさかコイツも『ティルナノ』に転移していたなんて。
「ここまで来れたことはほめてやるよ。
だが……どっちが主役か、よーく思い知らせてやるッ!!」
リヒトの周りをコウモリが取り囲み、そこだけ闇の濃度が増していく。
「な、なんだコイツは!?」
「おねーたん……こえだけでわるいひとってわかったの、すごいでち!」
「さあ、俺のチャンネルにようこそ! 今日の目玉は——
『異世界ヒロイン公開処刑』だッ!」
リヒトがノートパソコンを開くと、キーを叩く乾いた音と共に、ザワザワと黒い文字が湧き出て宙を漂い始めた。
それは、私の配信で見慣れたホログラムにそっくりだった。
——けれど。
《底辺冒険者さん、ちーっす》
(……え?)
……心の奥に、ズキンとトゲが刺さった。
《消えろ、雑魚》
息が詰まる。鼓動が、ドクンと一つだけ強く打った。
……何なの、これは?
《お前なんて何やっても、どうせ失敗するんだよ》
——その一言に、私の心の中で何かが砕けた。
それは……もう封印してしまいたい記憶の中、どこかで私自身に投げかけられた、心無い言葉だった。
(……ううん、違う。違うよ……)
「いいぞお前ら! もっと盛り上げろ!!」
《は? まきぽん? 誰それww》
《お前なんか誰も必要としてないんだよ》
(やめて……)
……ひとつひとつの言葉が、心を抉られるように重く響く。
ただの悪口じゃない。
心の深い部分に封じ込めて、二度と目にしたくなかった不安をあぶり出すような……そんな言葉ばかり。
《応援してる奴らもすぐ飽きて消えるさ》
《必死なのが逆に痛々しいよな》
《頑張っても無駄無駄!》
「やめて……っ!」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどに弱々しかった。
手が震えて、思わずスマホを落としそうになる。
そうだ……。
配信を始めても、誰も見に来てくれなかったあの頃。
リスナーゼロのまま、静かな部屋で配信を終えた日々——。
無力で、誰にも届かない声。
あの孤独を、思い出してしまった。
——このままじゃ、あの頃の苦しみに再び飲まれてしまう……!
負の感情に塗れた言葉の群れは、光を吸い込みながら渦を巻き、やがてリヒトの背後に集束していった。
一文字一文字が黒い羽根へと変貌し、音もなく折り重なり、巨大な翼を形作っていく。
「なんだ!? 黒い大きな翼が……」
リゼは見たこともない敵の姿におののきながらも、ノエルを庇うように前に踏み出した。
「これが……『闇』の正体……なの?」
バルガンも戦斧を握り直し、歯ぎしりしながら吐き捨てた。
「クソッ、コイツはやべぇ……ただの人間があんなモンを纏えるはずがねえだろ!」
配信のコメントが見えない者たちには、リヒトが巨大なコウモリの羽を纏った魔物に見えているようだ。
——バサァァッ!
重々しい羽ばたきが洞窟を揺らし、天井から砂がぱらぱらと落ちる。
——それは、質量を得た闇そのもの。
呪いで編まれた翼。
誰もが目を背けたくなるような、『言葉から生まれた悪魔』だった。
「ふふ……どうだ、これが俺の『配信』だ!」
リヒトの目が怪しく光り、声が洞窟全体に響き渡る。
《リヒト、やっちまえ!》
《あいつらに思い知らせてやれよ!》
「ふはははは……! リスナーたちが俺に力を与えてくれる……!
お前らの甘ったるい『言葉』じゃ、勝ち目はねーんだよ!」
——悪意に満ちた囁きが、耳にまとわりつく。
胸の奥が、じわじわと黒い泥に沈んでいくように重くなる。
「おねーたん、だいじょーぶでち?」
青い顔で震え出した私を、みきぽんが心配そうに見上げている。
でも……
(……だめ、心が……折れそう……!)
「さあ、世界の主役は最初から"俺"なんだ。
どっちが上か思い知らせてやるよ、底辺配信者ァ!」
洞窟の奥深くにまで、リヒトの哄笑が響き渡った。
その声は心の闇を支配し、この場にいる全員を強制的に『観客』へと変えていく——。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
リヒトはまきぽんの『光のコメント』と対になる、『闇のコメント』を力に変える配信者です。
ネガティブな言葉って、読んでるこっちまで心を削られちゃいますよね……。
次回、第16話ではいよいよリヒトとの本格バトル!
みきぽんはこのまま、必殺技封印されてしまうのか……!?
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「リヒトの言葉で俺も瀕死w」とか「まきみき、負けないで!」とか、書いちゃってくれても全然おっけーです。全力で返信します!




