悪役令嬢と呼ばれた私は、王太子の婚約破棄を論破で返すことにした
初投稿です。よくあるテンプレを書きました
王宮第一ホール──その日は、王都中の貴族たちが一堂に会する舞踏会の真っ最中であった。煌びやかな装飾、甘美な音楽、美食の数々。それらすべてが、この場に集った者たちの地位と財力を映し出している。
そんな中、私、リリアナ・エインズワース公爵令嬢は、中央の踊りの輪という目立つ場所で、王太子アルベルト殿下の正面に立っていた。
──そして、その瞬間は訪れる。
「リリアナ・エインズワース。本日をもって、貴様との婚約を破棄する。」
その言葉は、まるで剣のように鋭く、会場中に突き刺さった。
ざわつき、囁き、嗤い、困惑。さまざまな感情が渦巻く中で、私はただ、静かに殿下を見つめ返した。
「理由を伺っても?」
「貴様の性格に我慢がならぬ。貴族としての品位を欠き、他者──とりわけ我が恋人、聖女ミレーユへの苛烈な嫌がらせを続けてきたと報告を受けている。」
……ああ、そういう筋書きなのね。
私は、すっと視線を逸らした。その先にいたのは、やや緊張気味に立つ平民上がりの聖女ミレーユ。つつましい白いドレスに身を包み、けれどどこか得意げな表情で、私を見下ろしていた。
「……まさか、殿下がそのような根も葉もない中傷を、正式な場で口にされるとは思いませんでした。」
私が口を開くと、会場の空気が変わる。沈黙が、重く、冷たく広がった。
「根も葉もないだと? この場にいる者たちの多くが、貴様の悪行を耳にしている。ミレーユに水をぶっかけたとか、舞踏会の衣装を破いたとか──!」
「それは、どこで、誰からお聞きになったのです?」
私の問いに、殿下は一瞬たじろいだようだったが、すぐに威圧的な態度で言い返してきた。
「……ミレーユ自身からだ。彼女が泣いて私のもとに訴えてきた。」
「それは、第三者の確認を取った上での証言でしょうか?」
「……っ!」
「殿下。告げ口だけを根拠に誰かを断罪されるご予定でしたら、王位に就かれる前に、もう少し裁きというものの基礎を学ばれた方がよろしいかと存じます。」
会場から、押し殺した笑いが漏れる。
目を泳がせるアルベルト殿下に、私はさらに淡々と続けた。
「まず、舞踏会の件。ミレーユ嬢の衣装が破かれたのは事実ですが、それは彼女自身が装飾を自分で追加した際、縫製が甘くなっていたからだと、仕立て人が証言しております。」
私は懐から小さな手帳を取り出し、一枚の書類を掲げた。
「こちらが、王宮付き裁縫師クラウス様の署名入り証言書です。」
ざわ……と空気が動く。
「水をかけた、という件も同様です。厨房に入り浸っていたミレーユ嬢が、火にかけた鍋を放置して火事寸前になったため、私が水を撒き、未然に事故を防ぎました。その現場には、執事長と女官頭もおられました。」
「嘘だ……っ!」
叫んだのはミレーユだった。
「あなたなんか、最初から私を憎んでたくせに! 平民だからって!」
「いいえ。貴族社会における態度と、個人の資質は別物です。私は、あなたの嘘と裏での悪意ある行動にのみ、対処したまでです。」
そう言い放つと、私は小さく一礼し、次の証言書を取り出した。
「ここに、ミレーユ嬢が他の平民使用人に対して『自分は王太子の愛人だから何をしてもいい』と発言したこと、そして複数の物品を横領していた証言がございます。」
「……それは、でっち上げよ……!」
「証人は六名。王城に長く仕える者ばかりです。」
「っ……!」
聖女ミレーユは、ついに口を閉じた。
殿下は顔を赤くしながら、私を睨みつけていた。
「な、ならば……仮にそれが事実だとしても、貴様の冷酷な態度は問題だ。まるで、感情がないかのような冷たい目で、誰も信じようとしない──」
「あら、殿下。信頼とは、誠実な態度を積み重ねて得るものです。一方的な甘言と、自己中心的な感情だけで他者に信頼されようとする方が問題なのではありませんか?」
その瞬間、空気が凍ったように感じられた。
私はゆっくりと会場を見渡し、ひとつ息をついて口を開いた。
「本日は、王太子殿下より“正式な婚約破棄”が通達される場であると理解しております。よろしければ、私からも一言、述べさせていただいても?」
誰も口を出せない。
空間そのものが、私の発言を待っていた。
「──本日をもって、私からも、アルベルト=セイリウス殿下との婚約を破棄いたします。」
その宣言に、会場全体が一瞬息を呑み、すぐにざわついた。
「な、なにを──勝手なことを!」
「勝手? いいえ、正式な婚約破棄の申し出がございましたので、それを受けたまでです。私の側からも契約の破棄を認めた、ただそれだけの話です」
冷たい笑みを浮かべてそう言った私に、殿下は言葉を失ったようだった。
「……ですが。せっかく多くの貴族が集うこの場です。真実を、少しだけ共有させていただきます」
私は手帳を閉じ、代わりに小さな箱を取り出した。
中には、魔力感知の宝珠が収められている。
それを空中にかざすと、柔らかな光が放たれ、淡い記憶の映像が再生された。
そこには──ミレーユが貴族の男と密会し、国家の防衛結界に関する情報を漏らしている場面が映っていた。
「……っ!?」
「これは、私の魔術師付き護衛が偶然感知した映像です。精査済み。加えて、王都南部の交易路で何度も起きている盗賊団の襲撃事件が、この“情報漏洩”と深く関わっていることが判明しております」
私は続けた。
「そして、その情報の大元──防衛結界の配置図は、王太子直属の書簡管理室からしか持ち出せない構造になっております」
空気が凍りついた。
誰もが、王太子の顔を見た。
アルベルト殿下は、信じられないものを見る目で私を睨んでいた。
「貴様……わたしを、陥れる気か……!」
「まさか。私は事実を述べただけです。王族としての責任をどう果たされるかは、あなた自身が決めることです」
「そんな証拠で……!」
「証人もお呼びしております。──エリオット隊長」
私の声に応じて、騎士団長が前に進み出た。
「すでに調査は進めております。現在、王命によりミレーユ嬢の身柄を拘束する準備が整っております」
「嘘……嘘よ……ッ! 私は“聖女”なのよ! 神託に選ばれた、ただ一人の……!」
ミレーユは錯乱したように叫び、暴れだした。
しかし、その姿はもはや「聖女」としての威厳を欠き、ただの“陰謀者”として映った。
私は静かに言った。
「神の選定が真であるならば、その行動にも品位が伴うはずです」
殿下とミレーユはその場で拘束され、正式な裁判の場へ送られることになった。
私は一礼し、ゆっくりと会場の中央から身を引いた。
誰かが言った。
「……悪役令嬢、どころじゃないな。あれは……国を救った女傑だ」
誰かが拍手を始めた。
それが、波のように広がっていく。
次第に会場全体が、私──リリアナ・エインズワースの正義と理知に、惜しみない賞賛を送っていた。
──あれから、半月が経過した。
王太子アルベルトは正式に婚約者への誹謗中傷、職権乱用、そして国家機密の漏洩に関わった罪により、王位継承権を剥奪された。
“聖女”ミレーユは、国家神殿からその称号を剥奪され、処刑こそ免れたが、国外追放となった。
かつて、私を“悪役令嬢”と囁いた者たちは、今や皆、私の前ではうやうやしく頭を下げる。
だが、それが目的だったわけではない。
私はただ、真実を語っただけ。
──だからこそ、潔白だったのだ。
「公爵令嬢リリアナ・エインズワース。──新たな婚約相手として、わたくしとの縁談をお受けいただけませんか?」
その日、王宮の奥まった庭園にて、彼はそう切り出した。
王弟、セドリック=セイリウス殿下。
王家の中でも温和かつ聡明な人物として知られ、民からの人気も高い第二王子。王太子の失脚後、新たな後継者として内定していた人物だった。
「……殿下は、なぜ私を?」
私の問いに、彼は微笑み、真っ直ぐな眼差しで答えた。
「理不尽を恐れず、真実を語る強さ。そして、誰の支えがなくとも立っていられるその凛とした姿に、私は──心から、敬意と……憧れを抱きました」
庭園に風が吹く。
白い薔薇の花弁が、空を舞った。
「……私のような者で、よろしければ」
「ありがとうございます、リリアナ嬢。どうか、共に歩ませてください」
その日、私は“悪役令嬢”という仮面を脱ぎ捨て、“新たな未来”を受け入れた。
王都には、いまでもささやかれる言葉がある。
「公に婚約破棄を論破した“悪役令嬢”は、王国を救い、王妃となった」
けれど私は、ただ静かに笑ってこう返すだろう。
「いいえ、私はただ、真実を語っただけです」
そしてまた、前を向いて歩き出す。