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2.猫の郵便屋さん

 季節が変わり、夏になっても三毛猫のミケは千尋の部屋に遊びに来ていた。

 お散歩コースの途中にある休憩所とでも思っているのか、頻繁にやって来てはふいと帰って行く。午前中や夕方の、まだ涼しい時間帯が多いから、熱い日中に外を出歩くのは嫌なんだろう。


 赤い首輪は途中で一度新しい物に代わったが、次のもやっぱり赤色だった。白の多いミケの毛色には赤色が良く似合っている。

 千尋はミケが来る度にその首輪を確認するのが習慣になっていた。折り畳まれたメモ用紙が括り付けられていることがたまにあるからだ。


『ミケがご飯を食べない時があります。そちらで何か食べてますか?』

『すみません。勝手にカリカリを食べさせてました』

『ありがとう。ごちそうさまです』


 猫の飼い主さんとのやり取りは、終始一貫してミケに関することだった。


『病院へ連れて行く日はなぜか分かるみたいで、朝から出掛けて一日中帰ってこないことがあります』

『ミケ、どこか悪いんですか? 何かの病気?』

『心配しないで、ただの定期健診です』

『良かった。病院が苦手なんですね』

『行っても平然としてるんですが、キャリーに入れられるのがイヤみたいですね』


 猫の毛艶を見ただけでも察しはついていたが、ミケはとても大事にされているようだ。自由に外へ出して貰っている割には美しい毛並みで、蚤もいないし、たまにシャンプーの香りをさせている時もある。


 飼い主さんの手紙によれば、庭に出ていてもトイレは必ず家の猫砂入りを使うらしい。ミケなりのこだわりだろうか。


『最近、夜中に外へ出たがる事が多いのですが、そちらにお邪魔してますか?』


 寝ている千尋のことを網戸をバリバリ引っかいて起こしに来るのは、夏休みに入ってから急に増えた。夜中に来て、朝早くに帰って行くのでその度に千尋は窓の開け閉めを強いられる。

 猫のせいで少しばかり寝不足だったが、ミケが遊びに来てくれるのは嬉しかった。


『ごめんなさい。僕が夜更かししていると、嫌がって出て行ってしまうようです』


 夜中にも来ていると伝えると、飼い主さんから謝られてしまった。彼が早く寝ないから、ミケが怒って千尋のところに行ってしまうらしい。


 子供っぽい字だとは思っていたが、飼い主も夏休み中の学生なんだろうか。手紙に使われている漢字から、小学生という訳ではないだろう。中学生か、それよりも上なのかもしれない。

 書かれた文字からはそのくらいしか分からないけれど。


 互いに猫のことばかりを書いていたので、飼い主本人については何も知らないままだ。万が一にミケがどこかで手紙を落としてしまっても平気な、他愛のないやり取りしかしていなかったから。


 これまで千尋が書いた手紙だって、相手に全部届いているとも限らない。猫の郵便屋さんの仕事に完璧を求めてはいけない。郵便事故はあって当然だ。そもそも、ちゃんと届いていることが奇跡なのだから。


 急に猫の飼い主への興味が湧き出して、千尋はメモ帳を一枚捲ってから手紙を書き始めた。


『家はどこにあるんですか? 名前は?』


 そう書いた後、すぐにクシャクシャとメモを丸めて、ゴミ箱に投げ捨てる。

 何となく、そういったことは聞かない方が良い気がした。


『夜は大体二十三時頃に来て、四時過ぎに出ていきます』


 新しい紙に、いつも通りの猫についての報告へと書き直し、折り畳んでから赤い首輪へと結ぶ。急に変なことを聞いて、ミケが外に出して貰えなくなったら困る。余計な詮索をしたせいで、怪しい奴だと警戒されるのだけは避けたい。


 手紙を結んだ端が猫の首に当たらないように調整してから、千尋はミケの丸い頭を撫でた。ゴロゴロと喉を鳴らして、三毛猫は千尋の腕に擦り寄ってくる。他所の家の猫でこんなに懐かれたのは初めてだ。


 人懐っこいミケのことだ、千尋のところ以外にもたくさん休憩所を持っているのかもしれない。そう考えたら、少し寂しくなった。


「飼い主さんは、いいなー」


 ぽつりと呟いた千尋の顔を、ミケは不思議そうに見上げていた。


 三毛猫が千尋の部屋に来るのはただの気まぐれ。きっと、数ある休憩所の中の一つでしかない。この家よりももっと頻繁に遊びに行っている家があるのかもしれない。


 けれど、何があっても飼い主の待つ家には必ずミケは帰っていく。その内に飽きてここには来なくなるかもしれないし、もし外へ出して貰えなくなればミケとは会えなくなる脆い関係なのだ。


 ――でも、この飼い主さんはそんな意地悪はしない。そんな気がする。


 短い手紙のやり取りだけれど、飼い主の猫への愛情はとてもよく伝わっていたし、ミケが迷惑を掛けていないかと、千尋のこともこと細かく気遣ってくれている。猫が運んでくる手紙の中でしか知らない飼い主のことを、とても優しい人だと千尋は何となく感じていた。

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