檻
「……、……!!」
女の人の声がする。
今にも泣き出しそうな声で、希うように誰かを呼んでいる。
「………いの……から」
途切れ途切れでうまく聞き取れない。
それでも、絶望に近い哀しみが鮮やかに流れ込んできて胸の奥がズキリと痛んだ。
不意に低い声が聞こえてくる。
穏やかで柔らかい、安らぎに満ちた音。
「――いだ、どうか……で、僕を――」
知ってるような、知らないような、この声は――
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。
橙色の灯りがぼんやり頭の周りを照らしている他は、吸い込まれそうな濃い影があたりを包み込んでいる。
高く広がる暗闇の端から重厚感のある布が垂れ下がっているのが見えて、それが天井ではなく天蓋であることに気がついた。
上質な布特有のとろりとした質感が闇にうまく溶け込み、薄明かりに照らされた部分は光沢のある糸で刺繍されたアラベスク模様がうっすら見える。
上質で穏やかな布は、それだけで眠りを誘うから不思議だ。
しっとりとした森の空気や星影だけの闇夜と同じ、夢と現実の境を曖昧にする蠱惑的な安らぎ。
しかし、また夢の中に引き戻されそうになった時ふっと覚えのある匂いが香った。
爽やかで落ち着いていながら、わずかに甘く残るシダーウッドの香りーー
「っ!」
一気に記憶が蘇って飛び起きる。
急に体を起こすと、血が追いつかなかった頭に鈍痛が走った。
しかしそれも一瞬で、少し前まで見ていた夢と共にあっという間にかき消える。
(ここ、どこ)
寝ていたのは広い寝台の上だった。
薄暗くて良く見えないが、ピンと張られた寝具が遠くまで続いているのがわかる。生まれてこの方見たこともないような大きな寝台。
一人で寝るにはあまりに広く、天蓋で囲われた空間が一つの部屋のようだ。
慌てて布団から這い出す。
気だるさの残る手足を無理やり動かして、からみつく布につまづきながらも寝台の端へ膝をすすめると、今度は幾重にもなった垂れ布が外へ出るのを阻んだ。
一枚一枚かき分けて、ようやく布同士の境目を見つける。
そっと押し広げれば、部屋の明かりが目に飛び込んできた。
「……っ」
まぶしい。
部屋はしんと静まり返っていて、他に人がいる気配はない。
なんとか目を開けながら布をもう少し開いてそっと足を下ろすと、ひんやりとした硬い床が足の裏の体温を素早く奪う。
冷たさに一瞬足を浮かせた時、チャリンと微かな金属音が下から聞こえた。
音の出どころを探して床を見回し、ふと足元に目がいった。
寝巻きの裾からわずかに見える足首。
そこには見慣れない装飾品がーー銀色の華奢なリングがついていた。
ぴったりと左の足首にはまっている。
二本の蔓薔薇が絡み合い、茨の間からところどころ花を咲かせる繊細な彫刻が施されたそれは、綻ぶように開く花びらの一枚一枚が丁寧に彫られていて、思わず見惚れてしまいそうな凝った意匠だった。
しかし、視線が吸い寄せられたのはそこではない。
足首の後ろから、同じく銀色の小さな輪が連なって一本の紐のように床まで伸びている。
まるで細い鎖のようにーー
まさかと思いながら震える指先で冷えたそれを手に取る。
すると、水のようになめらかに手の上を滑って、銀の連なりが床に落ちた。
チャリン
先ほど聞いたのと同じ、乾いた音。
落ちた先でぐちゃぐちゃに絡まった先を目で辿ると、寝台の脚の一本に続いていた。その脚には、左の足首についているものとそっくり同じ銀色の輪。
「ひっ……!」
(装飾品じゃない。これは、枷と鎖――)
気がついた瞬間に顔から血の気が引く。
無言のまま、足首に巻きつく枷に指をかける。
体温が伝わって生暖かくなっているそれは、肌に吸い付いてびくともしなかった。
一見すぐにでも壊れてしまいそうな繊細な見た目に反して、糊付けでもされているような吸着具合。
爪痕がつくのも構わず枷を外そうと躍起になっても、力いっぱい鎖を引いても、金属の触れ合う音が響くばかりで少しもはずれそうにない。
硬いものを叩きつけたら、鎖ぐらいは切れるだろうか。
そう考えて顔を上げると、いつの間にか光に慣れていた目の前にはつい先日まで住んでいた家の二、三倍はありそうな部屋が広がっていた。
細かな金色の蔦模様が描かれた白い壁と、深い焦茶色の木目調の家具。近くにあるティーテーブルのセットだけ可愛らしい小花柄だ。
高い天井にはガラスで花を模した灯りが下がり、自らの発する光を反射して華やかな雰囲気を演出している。
寝台の右には、クローゼットや洗面台へ続くと思われる扉がひっそりとあり、反対側にはカーテンの開いたはめ殺しの大きな窓が四つ。
余計なものは何もない。細部に至るまで見事な調和を見せている、一部の隙もない完璧な部屋だ。
素足のまま恐る恐る寝台を降りる。
冷たい感触を感じながら音を殺して足を踏み出すと、鎖はするする伸びて歩みを邪魔することはなかった。
ゆっくり部屋を横断する。
扉まであと一歩手が届かないというところで鎖は伸びるのをやめ、それ以上先に進むことを許さない。
「……っ」
無理やり足を引くと枷が食い込んで存在を主張した。仕方なく進むのを諦め、改めて部屋を見回す。
普段は客室なのだろうか。生活感が全くない。
部屋の中はしんと静まり返っていて、暖かみのある光に満ちているのに人形の家に入り込んだような薄ら寒さを覚えた。
「どうしよう……」
呟いてみても、広い部屋では響くことなく消えていく。
(どうすればいいの?)
外はすでに日が落ちて、鏡のようになった窓ガラスが部屋の中で途方に暮れる姿を鮮明に映し出す。
窓の向こうの自分と目があったその時、扉向こうから微かに足音がするのが聞こえた。
(人……!)
そっと扉に近づく。
耳を澄ますと、革靴で廊下を歩く規則的な音が聞こえた。おそらく一人だ。
(こっちに向かってくる!)
部屋を見回すけれど、隠れられそうな場所はない。
迷うことなく近づいてくる足音に、あわてて寝台まで戻ると間一髪で扉の前で音が止まった。
カチャカチャ――ガチャン
軋む音もなく扉が開く。
人が入ってくる。あわてて飛び込んだせいで天蓋が細く開いていることに気付いたが、今更閉めることはできない。
抱え込んだ枕が腕の中でぎゅっと縮こまった。
(来ないで……っ)
願いも虚しく、迷いなくこちらに歩いてくる人影が細く差し込む光を遮る。
寝台の近くで一瞬足音が止まると、そっと天蓋が開かれた。
白銀の髪が部屋の明かりに照らされて、きらきらと光をはじく。
あの人だ。
初めて見た時と同じ、一見無造作なのに一筋の乱れもない髪。切れ長な目。
黒い襟付きのシャツにズボンという服装にも、隙というものがない。近くで見ると、しなやかに鍛え上げられた体躯と背の高さがよくわかった。
寝台を見下ろす濃紺の瞳は一瞬中を彷徨ったが、すぐに手前で座り込んでいる姿をとらえた。
「なんだ、もう起きてたか。やっぱり魔術の効きは少し悪いんだな。軽い術だから体調に問題は無いだろう?」
(……魔術?)
青年から飛び出た言葉に答えあぐねて黙っていると、無言を肯定ととらえたのか彼は軽く頷いた。
「無さそうだな。腹は空いてないか?ここに用意させてーー」
「わ、私に何をしたの?」
当たり前のように話が進んでいきそうになって、平然と続ける声を慌てて遮る。
「ここはどこ?それにこの枷……一体どういうつもり?今すぐ外して、私を元いたところに帰して」
一息で言い切って睨みつけると、青年は驚いたように一瞬黙ったものの事も無げに答えた。
「軽い催眠の術をかけただけだ。ここは俺の屋敷で、場所は――知る必要はない。知ったところで君には無意味だからな、ジュネ」
「え?」
突然呼ばれた名前に、眉をひそめる。それを見て、青年――ユーシアスは付け加えた。
「君の名前はジュネだろう?家の中を改めさせてもらったが、中にあったスカーフにそう縫ってあった」
「ああ……」
スカーフ。
持ち物の中で一枚だけ、唯一上質な絹でできた薄桃色のあれにだけは、確かに名前が刺繍してあった。
「それで、最後の質問についてだけど」
言葉が止まる。
それまで立ったまま話していたユーシアスが、無言で寝台に膝をかけた。天蓋が閉じて、一気に寝台の中が薄暗くなる。
その瞬間、空気が変わったのが分かった。
さらりとしていたユーシアスの濃紺の瞳が、初めて会った時と同じ底知れない強い光を宿してギラリと光る。
「な、にを……」
枕を握る手が強張った。
あっという間に距離を詰めると、ユーシアスは引っ掻き傷で赤くなった私の左足を一瞥し、手を伸ばして枷を撫でた。その指が肌に触れそうになって引っ込めようとすると、枷の上から掴んで引き止められる。
「ひっ……」
声をあげそうになるのを何とか飲み込む。
すると、ユーシアスは息のかかる距離まで顔を近づけて、私の瞳を覗き込んだ。シダーウッドのような香りが充満して、瞳の奥に私が写っているのが見える。
そのままの姿勢で、彼はゆっくり言葉を紡いだ。一言一言、言い聞かせるように。
「ジュネ、君を帰すことはできない。今日からしばらくはここで暮らしてもらう。この枷と鎖は、俺の魔力が込められているからそう簡単には外せないよ。それに、これも――」
ユーシアスの指がトン、と私の首に触れた。
……と思ったが、指が触れた感触はなくて、代わりにカツッと硬いものが彼の爪にぶつかる音がした。
嫌な予感がして、恐る恐る首に手をやる。
指を彷徨わせると、大きな手に上から握られてそこへ導かれた。
指先に感じる、硬質な金属。
表面をたどると、ツルツルとした面の上に細い線がいくつもあって、ここにも模様が刻まれていることがわかる。硬い金属なのに、苦しさも感触もなくて全く気がつかなかった。
はっと見開いた私の目を、観察するようにユーシアスが見つめる。
「な……んで……?」
鎖に首枷。まるで犬のような扱い。答えを求めて濃紺の瞳を見つめ返す。
(何がしたいの?私はニールの一族の中でも一番力が弱いのに。こんなにも力がある人が、どうしてこんなこと)
視界が揺らぐ。
射抜くような目から逃げるように目をそらすと、その拍子に涙がこぼれた。
長い指先が頬に触れる。
涙を拭うや、ユーシアスは指の雫を丁寧に舐めとった。赤い舌がちらりと見えて、獲物を前に舌なめずりをするようなその仕草に背筋がゾクリと震える。
「これをつけてる限り、ジュネがどこにいても俺には分かる。逃げようとしても無駄だ。もっとも、その目をもっと見せてくれるなら外したくなるが、それはそれでリスクがあるから出来ない相談だな」
「目……?」
聞き返した途端、ユーシアスの表情がふっと和らいだ。
初めて見る微笑んだ顔。
しかし、どこか皮肉めいた嘲るような色が浮かんでいる。
「やっぱり、気づいていないんだな。君は俺が見つけてから今までずっと、感情のコントロールができていない。感情の制御をしろって教わってこなかったのか?まさかこんなにもはっきりと、瞳が美しい紅を帯びるところを見られるなんて思ってもみなかった」
呆れたように発せられた言葉が、頭に染み込むまで時間がかかる。
(今、なんて言ったの……聞き間違い?ううん、はっきり聞こえた。でも……)
「……紅?」
(そんなはずないわ。私の目は青――)
そんな疑問を見透かしたように、ユーシアスが言葉を続ける。
「そう。君の瞳は元は青い。でも、感情が高ぶるほどにその色は紫になり、朱を帯び、美しい紅へと変化するんだ」
「嘘……そんなの、ありえない」
「俺がどうして君に気付いたと思う?今日会ったのが偶然だというのは本当だ。なのに、一見すれば、他の人間となんら変わらない君が、ニールの一族だとなぜ分かったと?もちろん初めは気づかなかった。ーーいや、違うな。わずかに魔力を感じたから同業者かと疑って君を見た。目が合った時、目の色が少し濃くなった気はしたが、光の錯覚だろうと見過ごして、それよりも同業者と言えるほど魔力がないことを確認して完全に見過ごしかけた。だが君が厄介な男に絡まれている時、瞳の色ががだんだん濃くなって、紫になっていくのがはっきり見えた。しまいには赤みを帯びていたので確信したよ。君がニールの一族だと。あの男も最後は少し気付いたようだったけど、それが何を意味するのかは分かっていなかったな。怒り、悲しみ、恐怖、喜び――そういった強い感情の昂りで、この瞳は変わっていく。変姿の時にだけ変わる瞳とも違う、ジュネだけの特別な目。今の君の目は、そうだな……例えようもなく美しい、夕焼けのような赤紫色だ。俺が怖いか?」
囁くように問われて、顎を掴まれる。
「ああ、また色が濃くなった。この暗い中でも光を帯びているな。やはり魔力が滲み出ているのか、それともただの光加減か」
「そ……んなの、今まで誰も」
「言われなかった?そうだろうな。ニールの中でも、全員が持つ瞳じゃない。でも感情の抑制くらいは教えておくべきだった。でなきゃ遅かれ早かれ他者に気づかれる。おかげで俺は君を見つけられたとも言えるが」
「感情の……」
「詳しいことは教わる前に里を出たんだろう。この瞳について、ニールが知らないはずがない。感情で色が変わるようになるのは、十八歳の前後だと聞いた。ということは、君は今十七、八歳か。気になるなら後で鏡を見てみるといい」
濃紺の暗い色から目を逸らせないままユーシアスの言葉を聞いているうちに、真っ白になった頭の中に故郷のばあやの強い声がよみがえった。
――いついかなるときも、自分を見失ってはなりません。感情を抑え、自分を律し、平静を保たなければ、たちどころに紅き炎が闇を生んでしまいます。いいですか……
ーーばあや、紅き炎ってなあに?
ーー姫様がもう少し大きくなられたら知ることですよ。さあ、分かったらもう泣くのはおよしなさい。喜怒哀楽に身を委ねてはいけませんと、常々申しておりますでしょう。
感情の抑制。紅い瞳。目の前に広がる、黒い影。
(ずっと意味がわからなかったけど、紅き炎が闇を生むって、こういうことだったの?ばあや)
ありえないと思う一方で、どこか腑に落ちた感覚がある。
考える間に、ユーシアスは顎から手を離して頬を撫で、首枷を撫でた。
まとわりつくような緩慢な動き。感じていなかった枷の存在に段々と息苦しさを覚えて、脈拍が速まる。
「……さわらないで」
再び頬に触れようとしてくる手を避け、やっとのことで声を絞り出す。
ぴたりと動きを止めた肌から発される熱を感じながら睨みつけると、ユーシアスはわずかに目を見開いて感嘆したようにため息をもらした。
「へえ、ただ怯えているよりも怒った方が色が鮮やかになるのか。一度色が変わり始めたら随分ころころ変わるんだな。いいな、その色。野うさぎみたいだ」
囁くようにそう言ってさらに身を乗り出す。
大きな影が体の上に広がって、鼓動がますます速くなり身体中に伝播していくのが分かって唇を噛み締める。
逃げなければ。
そう思うのに、少しの動きも見逃すまいとするような視線に囚われて動けない。
(震え、止まって。逃げるの。震えてる場合じゃない……っ)
じんわりとまた視界がぼやけていく。
ユーシアスはゆっくりと、しかし有無を言わさず、私の腕から枕を取り上げた。
焼け付くような視線に耐えられなくて目をそらすと、顎を掴んで戻され、ますます瞳を覗きこんでくる。
(もう、無理――)
止めきれなかった涙がぼろぼろと溢れた。
「いや、離して……噛むわよ!」
「いいね」
顎を掴む手を掴んで剥がそうとしても、自分の無力さを思い知るだけだった。圧倒的な力の差が、もう逃げられないところまで来てしまったと思い知らせる。
頬に涙が伝う。
瞳ばかり見ていたユーシアスが、一瞬その筋を目で追ってーー何を思ったか、今度は直接舐めとった。
「ひ……っ」
「……甘いな。さっきよりも魔力が強くなった。やっぱりこの色は魔力の影響か」
シダーウッドの香りが充満する。
抗えない力、仄暗い感情。生まれて初めてそれらをぶつけられて、逃れられない檻があることをこの解き始めて実感した。
「や……」
「目を閉じるな。俺を見ろ、ジュネ」
耐えきれずにぎゅっと目を閉じれば、さらに溢れた涙を掬うように熱い舌先が眦に触れた。
「いや……!」
「なら仕方ない。……始めようか」
(始める?)
何を、と開きかけた口が何かに強引に塞がれた。
「んっ!!」
目を見開いて気がつく。
目の前の男に口付けられていることに。
反応を伺いながら、驚く姿を嘲笑うように触れてくる。
強い力で掴まれていないのに、突き飛ばすように胸を押しやろうとしてもびくともしない。その間にも、角度を変えて何度も唇を重ねられた。
次第に口付けは深まり、口をはむような動きに変わっていく。
下唇を軽く噛まれ、ちろちろと動く舌先が唇を割って食いしばった歯をつつかれる。
「……んん…ゃっ……」
(くるし、い……息が)
酸素を求めて口を開いた瞬間に、口内にぬるりと舌が侵入してきた。
頭の中が真っ白になって、抵抗する腕が一瞬止まる。
焦る頭と体がちぐはぐで言うことを聞かない。
「っあ……んんー!」
喉の奥へと逃げ惑う舌を絡めとられ、吸い上げられる。
「ふ……ぁ……っ」
顎を掴んでいた手がいつの間にか後頭部にまわり、抱え込まれて動けなくなった。上向かされているせいで、気づけば彼の服を掴んでいる。
まるで、積極的に受け入れているかのように。
わかっていても、呼吸に手一杯で体勢を崩すことはできなかった。歯列をなぞり、上顎をくすぐられて背中をぞくぞくとした震えが這いまわる。
(なに、してるの……こんなの知らない――苦しい!)
「んんっ……」
息ができなくて、服を掴んだまま胸を叩く。それでも、大した力が入っていないせいで気がついていないのか、それとも無視しているのか、一向に離れる気配はない。唇が離れる一瞬に喘ぐように空気を取り込むけれど、長い口付けの間に到底足りなくなってそのうち目の前がじわじわと狭くなってきた。
(息、が……できない……)
焦りと恐怖の中で、どうにか生き延びる方法を頭と体が探し求める。さっきから壊れたロボットのように弱々しく胸を叩くばかりで、しかし他にできることもなく目をぎゅっとつぶった時、私は咄嗟に、好き勝手に蹂躙してくる舌に思いっきり噛みついた。
「……っ!!」
ガリッと音がして、口の中に鉄の味が広がる。
「……っはぁ!っはぁっはぁ、」
「……」
ようやく離れたユーシアスの口の端から、ツッと血が流れた。それを手の甲でぬぐい、小さく息を吐いた顔には動揺はない。
荒い呼吸をくり返しているこちらとは対照的に、息一つ乱さないまま「やっぱりこれが効率的だな」と冷静に呟いた。
「何を……きゃっ」
一瞬で景色が変わる。抱え上げられ、寝台に横たえられたと気づいたのは、頭の横にユーシアスが両手をついた後だった。
「何をするの!」
「安心しろ。貞操を奪うような真似はしない。ただ魔力を注ぐだけだ」
「魔力?魔力なんていらないわ!何のためにそんなこと、」
「ジュネ、君の瞳は本物だな。本物の魔性の瞳だ。見る人間をとらえて離さない。魔力に慣れた俺ですら引き摺り込まれそうになって――」
こちらの問いなど聞こえないように独りごちて目を細める。
睨むような鋭さに息を呑むと、ユーシアスは私の耳元で低く唸った。
「もっともっと、紅くしたくなる」
抵抗する間もなく、再び唇が重なった。
「んんっ……んー!……っ!」
もがく脚の動きを逆手にとられ、やすやすと組み敷かれる。胸を叩く手を片手で封じ込まれ、再び舌を噛んでやろうとしてもするりと逃げた彼の力は少しも緩まない。
あっけにとられていると、口内を動いていた舌から突然ひんやりとした液体が伝ってきた。
冷たくて、甘くて――鉄の味をかき消して、ユーシアスから漂うシダーウッドの香りが口の中いっぱいに広がる。
「……っ……!?」
動きを封じられ、うまく息ができない中、液体を注ぎ込むような動きに抗えない。
「っんく…っ」
苦しくて、思わずその液体を飲み込む。
飲み込んだとたん冷たさが消え、温かさがふわっと体に広がった。
魔力だ。
一度飲み込むと、また新たな魔力が注ぎ込まれる。
膨大な魔力だ。一口で、自分の中にある微弱な魔力の倍近くの量が体に入ってきたのが分かった。
「ん……ぅ……」
どんどん送られてくる魔力の液体を飲み下すことしかできない。
飲み込んだ魔力が体をめぐって、むず痒いような温かいような違和感となって溶け込んでいく。
(甘い、苦しい……なんか変)
息苦しさとあまりの魔力量に、次第に頭がぼうっとし始める。
(もう飲み込めない。体が、ふわふわする――)
夢とうつつの間のように、体の感覚が頼りない。聞きたいこと、言いたいことが頭の中でぐちゃぐちゃになって、声にならない言葉が頭の中で反響する。
(ここから出して。どうして私を連れてきたの?魔術師のあなたが、何のために魔力を……私、何の役にも立たないから、だから……)
目を開けていられなくて瞼を閉じると、目尻から溢れた涙が耳の方へ流れた。
朦朧とする意識の中で、魔力の流れが止まるのを感じる。
でももう、眠気かだるさかわからないまどろみの中で、指先一つ動かす力も残っていない。
体の奥で渦巻いている魔力が意識を引っ張って、深い闇の中へと引き摺り込んだ。




