94話 走る船
94話目投稿します。
船を浮かべるための移送、試作機故に付け加えられた機能は意外と理には叶うが、手間はかかる。
「聞いちゃいたけどすっげぇなこれ!」
驚きと感激、感動に胸を踊らせるカイルは小さい頃に戻ったかのようにも感じられる。
『あまり身を乗り出すと落ちるよー。揺れるし。』
ガタンっ、と船体が大きく揺れる。
「おわっ、ととっ!」
「カイルさん、危ないですから大人しくしててくださいね。」
諸々の旅の準備を終えたのは、技術院側で納期として定めていた日から二日後。
調整と組み上げが無事に終わり、実働させるための手続きに少しばかりの時間が必要だった。
魔導船が移動する際に利用する道の確保。周辺住民への通達、道中の警備など、私たち以外の段取りに思っていたより手間がかかったようだ。
とは言っても、私たち自身の準備といえば、普通に旅の準備だけではあったものの、初めての旅となるパーシィにとっては準備も大事だった。
多くはないものの、私やカイルの経験上で、必要な物品などを一緒に買い出しに行けたのは中々に楽しかったし、個人的にも使いやすそうな小道具を見つける事も出来た。
「もうそろそろ王都内の港湾部が見えそうですね。」
順路を阻むような人の姿は特にはないが、船が通り過ぎた後を追いかけてくる子供の姿はちらほら見える。
『あの子達の顔、さっきの…今もか。カイルと同じような顔してる。』
どれどれ、と様子を伺うものの、自分が今どんな顔をしてるのか確かめる方法はあるのだろうか?
船上の私たちに向けて手を振る子供たちに向かって私も手を振り返す。
「見えましたよ。間もなく一度制動します。念の為何かに捕まってくださいね。」
王都の内部を跨ぐ運河。
水深もそれなりにあるこの河が本来の魔導船出港場所の予定とされていたのだが、技術の粋を散りばめたこの船は自走する形でこの場所へ向かう事となり、今に至ったわけだ。
『まさか陸も走れる船とは思わなかったよ。乗り心地は良いとは言えなかったけど…』
「車輪の改善が必要そうだねぇ?」
動きが止まった船の船室から姿を見せたのは、技術院所長のノプスと、叔父のアイン。
「それはまたの機会にするとして、ひとまずは無事に着いたようだね。」
船室で何を話していたかは知らないが、2人の性格から考えればまぁ…碌でもない事なのではなかろうかと思う。
「やっぱり進水式とかやるべきかな?どう思う?」
その物言いからすると、面倒事は御免といった感じだろうか?
「船旅の安全を、という意味合いであればやるべきだとは思うが、陛下がいらっしゃるわけでもないしね。」
こちらも、大筋は同じような感じだろう。
当の私といえば、今日はとある出来事のお陰で少々気分は沈みがちだ。
仕方ないとはいえ、妹のように接している少女に拗ねられてしまっては、明るい気分にするのも難しい。
「えぇーー!おねぇちゃんまた何処かでかけちゃうの?」
『うん…皆で食事した時に言ってたの覚えてない?』
と聞いてはみたものの、ダンスや食事に夢中の様子だった少女の耳に残っているわけもない。
「ヤダ!」と拗ねるのは当然で、オーレンやレオネシアの助けもあり、その場は何とか乗り切ったもは言え、悪い言い方をすれば少女の気持ちを御座なりに、半ば放置する形での旅立ちともなれば、心残りにもなる。
「おーい、フィル。聞いてるか?」
沈む私に声を掛けてくるカイル。
『何よ。』
ついつい不機嫌さをそのままにキツく当たってしまう。
「あれ、見てみろよ。」
と、船から見下ろす町を指差す。
そこには見覚えのある馬車と、数人の人影。
正体に気付いた私は、言葉より早く下船用の梯子に足をかけた。
『イヴ!』
傍らに立つレオネシアが少女を促し、未だ不機嫌な少女はその苦虫を噛むような面持ちを見せる。
『ごめんね、イヴ。またアナタに悲しい想いをさせることになっちゃった…』
「おねぇちゃんは、イヴと一緒にいたくない?」
不機嫌そうな表情は一転して悲しそうな雰囲気に変わる。
『そんなことないよ!、一緒に居られなくて私も悲しいし、アナタにそんな顔をさせてしまう事が歯痒い…』
しゃがみ、イヴと目線を合わせる。
『わかって、とは言わないけど、覚えておいてほしい。』
本当なら一緒に連れていきたい。
けれど、危険な目に合わせたくない。
だから待たせてしまう。
『だからね…これをイヴに渡しておきたかった。』
ポケットから出せずにいた小箱を取り出し、少女の手に乗せた。
「あら、それは…」
後ろに立つレオネシアが呟き、
「あけてもいい?」
一度振り返ったイヴは、改めて私に問う。
『うん。』
箱の中には小振りなネックレス。
取り出されたネックレスは仄かに香る。
まるでコレが生み出された温室の空気と、温もりを広げるように。
「きれい…」
手を差し出すと、ネックレスを乗せる。
留め金を外し、抱きしめるような形で首の後ろに手を回して指先を動かす。
身を少し離し、首元に輝くソレと、身に着けた少女の姿。
『うん、良かった。すっごい似合ってるよ?イヴ。』
サクヤに聞いて決めた花。
誰でも、何処かで目にした事はあるだろうが、私はその名を聞いた時に、あまり耳にしない名前だと思った。
けれど、その花言葉は、私が籠めた気持ち。
『ずっと…いつまでも一緒にいられますように。』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
伝えたい気持ち、残しておきたい想いを伝え、船は浮ぶ。
次回もお楽しみに!