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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第五章 大海に眠る
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89話 香り咲くや

89話目投稿します。


鍛錬の見物半分で訪れた東屋に、季節柄珍しい香りが届けられる。

「フィルおねぇちゃん!」

廊下を駆けてくる少女はその勢いのまま私に飛びつく。

『お勉強終わった?偉いね、イヴちゃん。』

抱き止め、抱え上げ、その頭を撫でる。

猫のように目を細めて喜ぶ顔を見ていると、胸の奥に仄かな温もりを感じる。

「フィルさん、お待たせしてしまいました。」

遅れて現れるオーレンは、自分のせいでも無かろうに丁寧に謝ってくる。

『オーレンもお勉強お疲れ様。この後はカイルと稽古でしょ?。皆で行こっか。』

「うん!」「はいっ!」とそれぞれに良い返事だ。


「ふっ、ほっ、ハァっ!」

以前、彼の修行を見ていた時は、この庭の一画は何も無いただの芝生だけだったはずだ。

動きに合わせ上がる小気味よいカイルの掛け声が庭に響く。

ふと庭の一画に見慣れぬ建物。

芝の広さに変わりはないものの、丁度いい場所に簡易な東屋が建てられている。

「父上がカイルさんだけでなく、ボクの為にも役立つだろう、という事で建てられたのですよ。」

早速利用させてもらう事にして、屋根の下へ。

成程。簡易ではあるが、修練用の道具もここに置かれているようだ。

「今日のカイルさんは体術の修行のようですね。」

『私の父の鍛錬と同じ。まぁ…最初に教わったのが父だから当たり前でしょうけど…』

そう。あの修行…鍛錬は故郷でも見覚えのある光景。

大きな父の背中を真似て、その隣で自分なりにやってた。

「という事は…フィルさんの父君はボクの師でもある、という事ですね!、あぁ、またお会いしたいです!」

そう言えば、オーレン自身もノザンリィに訪れた際には随分と父に懐いていたな、と思い出す。

あの時に比べれば彼の成長もまた著しい。




コンっ!カンっ!と小気味よい木剣のぶつかり合う音を上げるまだ若い師弟を眺めながら、私とイヴはのんびり会話を楽しむ。

「お嬢様方、こちらでしたか。」

ふいに掛けられた声に目を向けると、落ち着いた雰囲気のメイドが東屋の入口に立っていた。

その腕の中には、敷地内の一画にある温室から採取したであろう色とりどりの花が揺れている。

「あ、サクヤおねぇちゃんだ。お花きれいだね!」

イヴに【サクヤ】と呼ばれたメイドは、少女の言葉に頷き、腕の中にある花たちを愛おしそうに見つめる。

『お話をするのは初めてでしょうか?、えと、サクヤさん?』

温厚そうな雰囲気の彼女の姿は以前から屋敷で見かける事はあれど、会話をする機会には恵まれなかった。

「そうですね。改めまして、サクヤと申します。」

『フィル、フィル=スタットです。サクヤさん、もしお時間あるなら少しお話しませんか?』

頭の中の予定を確認する素振りの後、笑顔で頷いてくれた。


サクヤと名乗った彼女は、西方領でも最も王都から離れた地域が故郷らしく、隣国の文化も混ざった独特な地域らしい。

家族揃って王都へと移住してきたのは、彼女がまだ幼い頃、今のイヴと同じくらいの歳の頃だったという。

故に、少女の姿は王都に来た頃の自分を思い出すようだ、と懐かしさをも加えて語る。

『サクヤ、というのもその文化の違いですか?あまり聞き慣れない名ですが。』

「ええ、仰る通りです。あちらの文化では「華が咲く」という意味合いがある、と親から教わりました。」

『成程…それで?』

設けられているテーブルに置かれた花々に視線を移す。

「この名のせいか、花が大好きで…この屋敷でも管理を任せて頂いて、アイン様やレオネシア様には感謝だけでは足りない程なのです。」

愛おしそうに花たちに触れる手は、慈しみの心に溢れているように感じる。

だからこそ、ここに在る花たち、彼女の想いを受けて育った花たちの美しさがより一層際立つのだろう。

「あ…申し訳ありません。また午後にでも少しお時間を頂いて宜しいですか?、この子たちもこのままですと可哀想ですので…」

手早く花々を纏め、屋敷へと駆けていくサクヤ。

お茶を用意してくる、と言い残した彼女の後ろ姿を見送りながら手を振る。

気がつけば東屋の中に漂う花の香り。

「お花、いい匂い。おひさまの匂いだね。」

『ふふ…そうだね。』

鍛錬用に整備された庭の一画。

いつの間にか静かになった広場、花香る東屋から外を見ると、2人の鍛錬は一段落したようだ。

芝の上に大の字に転がっている様子が見える。

膝の上に乗ったままのイヴの背中を軽く叩き、2人の下へと促し腰を上げる。


「くっそぉぉ〜!、今日も取れなかったぁー!」

と、息も切れ切れに悔しさを叫ぶオーレン。

「まだまだ簡単にはやらせないさ。」

対して余裕を見せるカイル。

『2人共お疲れ様。はい、これ。』

東屋に用意されている浴布を2人に渡す。

「有難うございます。フィルさん、イヴも。」

と礼を述べるオーレンだったが、

グゥーーー!と、そのお腹が鳴り、彼の顔を見ると頬を紅く染めている。

「あぅ…」

お腹が鳴った事より、恥ずかしがるオーレンに、私たちは笑みを漏らす。

『そろそろお昼だね。戻ろっか。』

その手を引き上げ、立ち上がらせる。

横を見ると、私に倣ってイヴがカイルに手を差し出すが、体格差もあって、引き上げるのは無理そうだ。

必死になる少女の様子は、これはこれで、可愛い。

「よっ、」と一声上げて、同時にイヴを抱えながらも立ち上がるカイル。

『ちょっと、カイル!アンタの汗でイヴちゃんの服が汚れるでしょ!』

私の言葉に、カイルは謝るが、悪いとは思ってなさそうだ。

連れ立って歩く私たちは笑いながら屋敷へと向かった。


『いい香り…』

東屋にあった花の香りが、私たちを追いかけるように漂っていた。

感想、要望、質問なんでも感謝します!


午後の庭園は相変わらず長閑。

温室の主に招待された光景はその目に何を残すのか?


次回もお楽しみに!

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