88話 各々の平穏
88話目投稿します。
イヴと会うために訪れる本宅は、船の足を止める凪のように静かな空気に包まれている。
本宅に顔を出すのは何日ぶりだろうか?
いつもとは違う昇降機を利用して上層部に向かう私は今まさに眼下に広がる王都の風景を眺めている。
技術院に通う事となった…正確には通う事となったパーシィの付き添いとして施設近隣に間借りした家屋で過ごして数日。
同じ王都の中とはいえ、本宅は上層部、借宿は下層。
両層を行き来するにしても時間はかかるし、尚且つ技術院の位置関係は王城を挟んで反対側だ。
限られた時間を有効に使う事を考えればほんの数日、親しい人から離れて過ごすのは私としては問題はない。
が、その親しい人からはそう思われていないようで、リアンを介しての伝言で本宅へと呼ばれる事となった。
「間もなく到着致します。」
つい先日までのパーシィの同僚だった係員から声を掛けられる。
「…あの、失礼を承知でお尋ねしたいのですが…」
私の名を問われ、名乗ったところ、
「あの子…パーシィをどうか宜しくお願いします。」
当然、彼女の事の次第を聞いていて、且つ同僚として親しかったであろう係員は、勤め先を去るパーシィを心配しているようだ。
『はい。必ず。』
元の職場でもパーシィは皆に人気があったのだろう。
声を掛けてきた係員を見れば解る。
本来であれば無駄口を叩く事も、上層部に訪れる人の立場、普通であればこんな些細な会話ですら憚られる中で、意を決して声を掛けてきた。
それならば、私は彼女を見護る事に全霊を込めよう。
彼女の夢を叶えるために。
「おーい、フィル。こっちだ!。」
昇降機を降りた所で待っていたのはカイル。
いっちょ前に馬まで駆り出している。
『カイル!、久しぶり?』
「ほんの数日だろ?」
『ふーん…』
「いや、その…そりゃあ俺だって会いたかったけど、さ」
少し意地悪い素振りで返してみると、やはり分かり易いカイルの反応。
それもまた嬉しい所だ。勿論口には出さないが。
「イヴが相当に不機嫌でな、今朝強請られたんだよ。」
聞けばただでさえ永らく会えずに居た所で、やっとの再会を果たしたものの、当の本人は次の旅の準備のため、本宅からしばらく離れるという。
『あぁ…まぁ、うん。ゴメン。』
カイルの顔をよく見ると、額が赤い。
視線に気づいた様で、宥めている時に綺麗に平手を食らう事となったらしい。
「というわけで、急いで戻ろうぜ。」
『うん!』
馬上から差し出される手を握り返すと、軽々と引き上げられカイルの胸元に抱かれる形となる。
『アンタって、こういうのはすっごく何とも無くやるよね…』
馬に異性同士で抱き合うように乗る様子。
「ん?、何か変か?」
王都では早々見ないのだが、逆に故郷で狩人の真似事をしていたカイルとしては、気にする程の事でもないのだろう。
『何でもない。』
振り落とされないよう、その胸ぐらを握った。
予定通り本宅へと到着した私たち。
カイルは厩舎に馬を引き連れ、そのまま今日の修行をするというので、私は本宅の中へと足を進めた。
特に変わりが無いのであれば、この時間、イヴはオーレンと一緒に勉学に勤しんでいるはずだ。
それが終われば今度は修行の一連を終えたカイルがオーレンの剣術稽古に付き合う流れとなる。
普段から清掃が行き届いている本宅の玄関ロビーは、今のところは静かだ。
そう言えば最近は叔父とゆっくり話をする機会も無かったと思い、時間潰しも兼ねて執務室兼書斎へと向かうことにした。
途中すれ違う使用人を呼び止め、叔父の所在を聞いてみるが、今日は屋敷に居るようだ。
扉をノックすると程なく中から声が返ってくる。
『叔父様、宜しいですか?』
書類仕事をしている様子の叔父に声を掛け、書斎へと入る。
「フィル。戻ったんだね。おかえり。」
『最近は叔父様との時間も取れなかったので、暇つぶしがてらに伺いました。』
作業は続けながらも軽く笑う叔父。
「暇つぶしとは…一応は仕事中なんだが。」
決して迷惑ではない風に返されるが、互いの性格をある程度把握しているからこその会話である。
「ノプスは元気かい?」
少し予想外の名前が出てきた。
『初めて会った時は驚かされました。』
ハハッと笑う。
『勢いに押される、というか、圧倒されましたね。あの活力は見習いたい。』
「まぁ、勢いだけで見れば他にも居るだろうが、悲しいかなアレの場合、肉体だけじゃなく頭の方も同様でね。」
聞けば家柄も資産も無い平民出でありながらみるみる内に実績を積み上げ、今や技術院の総責任者にまで叩き上げられたという。
「あの性格だからこそ、所長なんだよ。」
『何と言うか、納得ですね。』
「魔導船の方はどうだったかな?」
『パーシィの準備でいえば順調そうですよ?。本人曰く毎日のように勧誘されるのに困っているようですけどね。』
「アレの眼鏡に適ったのであれば、パーシィ君の実力は確かなモノだ、という事だよ。」
そう言えば…と、パーシィの話題となる。
「今回は操舵士として彼女に白羽の矢が立った訳だが、その後の希望のような話は何か言ってたかな?」
『うーん…本気かどうかはともかく、軽い話でなら「私の御付き」なんてのもありましたね。』
ハハッと笑い、考えておこう。と割かし真面目な顔で言うものだから恐らくそうなるのだろうな、と留めておく事にする。
『そう言えば叔父様。個人的にお願いしたい事があるのですが…』
一頻りの話の後、これまでの報酬がてらの要望を投げておく。
とは言っても生活面で十二分に良くして貰っているので若干の遠慮もすべきかとも思うが、むしろ…
「おや、フィルにしては珍しいね。」
と嬉しそうなので、ここは無遠慮に願い事をする事にした。
叔父との近況報告のような世間話を終え、書斎を後にしたところで2人の勉強部屋から鐘の音が聞こえてきた。
『終わったかな?』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
オーレンの稽古、レオネシアとの歓談。
そしてイヴと共にそれら過ごす時間は、数少ない温もりの補充。
次回もお楽しみに!




