87話 酒場の食事会
87話目投稿します。
待ち合わせの相手は休暇であっても礼儀正しく、あらゆる話題にも事欠かない。
「私はそろそろ行くけど、フィルは今日どうする?…って聞こえてないか…」
一時的に借り受けた家。
出発当日まで訓練を行うという理由で技術院の近隣に用意された家屋は、私とパーシィ、本宅から遣わされた使用人【リアン】の3人が暮らしている。
用意された昼食を手荷物に詰め込んだパーシィは、出発前のお茶を楽しみつつこちらに問いかける。
彼女と違って朝はそこまで強くない。
『ふわぁあぁぁあ…』
私の意識は未だ半分が微睡んでいる。
「フィル様は朝弱いですからね、恐らくまだしばらくはかかると思いますよ。」
「ですね~。少しはリアンさんを見習ってほしいところですね。」
使用人のリアンは軽く笑い、
「実のところ私もそれ程朝は強くないんです。御二方に付き添うよう申し遣ったお陰で、本宅より時間の余裕があって助かってますよ。」
2人が楽しそうに話している様子を重い瞼の端で眺めつつ、手元に置かれたお茶をズズズっと啜る。
「あら、意外です。紹介頂いた時からすっごくしっかりした方だなーと思っていたので。」
フフッと笑う声。
うつらうつらと揺れる頭は重さに負けて机にぶつかる。
『あいたっ!』
強かにぶつけた額が痛む。
『っつつ…あ、2人共オハヨウ。』
私の顔を眺める2人は、顔を見合わせ笑った。
「私はそろそろ出るけど、フィルはどうする?」
聞き覚えのある内容だが、一先ず置いておく。
『今日はマリーさんに会うから、時間ありそうなら後から行くよ。』
「ではフィル様はお昼はどちらかのお店でしょうか?」
返答に頷くと恭しく「分かりました。」と頭を下げる。
『リアンさんも今日はのんびりしてもらって大丈夫ですよ。』
パーシィが立ち上がり、脇に置いた鞄を持つ。
「じゃあ、私もそろそろ行くね。」
玄関先まで連れ立ち、見送った彼女は元気に手を降って走っていった。
「パーシィさんは今日も元気ですね。」
通りを駆ける後ろ姿を2人で見送りながらリアンが呟く。
『彼女の夢、だからね。』
「夢…ですか?」
フム、と少し考える素振りのリアンに付け足す。
『あと私との約束。』
「いらっしゃい!」
冬空特有の雪を含む雲は今日の寒さを一層引き立たせるが、待ち合わせに訪れた店内で焚かれた暖炉は外気の差もありとても暖かい。
『待ち合わせなんですが…』
主な営業は夜の酒場としている店は、昼食時といえどもそれ程混み合ってはいない。
給仕係に伝えた所、相手はすでに到着している様子。
案内された席に座る女性は、軍服ではないものの、彼女らしい服装ではあるが、比べれば若干露出のある点などは彼女なりの洒落っ気といったところだろうか?
「フィル様。お時間を頂き感謝致します。」
普段着でも性格は変わらず礼儀正しく、出会い頭に敬礼する辺り、一応は休暇なはずの彼女としては一種の癖だろうか?、ついつい笑ってしまう。
『そんなに畏まらないでくださいよ、マリーさん。』
ついつい敬礼してしまった事に気付き「あっ…」と漏らす辺りは、その真面目さを浮き彫りにさせると同時に可愛くも思う。
席につき、落ち着いた所でマリーは給仕に合図を送る。
『復興が滞り無くいってるって聞いて安心しましたよ。私もお手伝いしたかったんですが…』
「いいえ、とんでもないですよ。フィル様のお陰で部下を含め私たちに死者も出ず復興に取り組めたのですから、これ以上お手を掛けてしまっては罰当たりにも成りかねない。」
会話の合間で運ばれてくる料理は王都としては素朴な印象で肩肘張らずに楽しめそうだ。
聞けばロニーさんの馴染みの店だという事だ。
『ロニーさんとはゆっくり出来ました?』
「ええ。」と頷き、運ばれた料理を手分けするように互いに取り分け、差し出す。
「妹は…まぁご存知とは思いますが、あの性格なので王都で一人暮らしともなると当初は心配してました。案の定、部屋は散らかりっぱなしで、アレも含めた御三方で技術院に行かれてた日、私はずっと部屋の片付けでしたよ。」
『あぁ〜、ははは…』
何と無くでもない程に目に浮かぶ光景は、私としては苦笑しかでないが、姉のマリーとしては笑い事でも無いだろう。
普段、組織規律の模範さながらの生活をしている彼女なら尚更だ。
「聞けば、此度の件はアレも同行する、とか…」
合間で料理頂きながら、交わす会話は時折挙がる他の客の声に止まりながらも続く。
『正直なところは、体力面で心配はありますけどね…』
「暇があれば史書を読み耽るような子ですからね、ある訳が無い…まったく以て恥ずかしい限りです。」
ははは…と苦笑が多い。
『でも今回は丁度いいかもしれませんよ。』
移動の大半は魔導船で行われる点に於いては、足を使う旅よりは楽だと思う。
そう伝えると、成程、とマリーは頷く。
「逆に船酔いなどに困らなければ、とも思いますが、確かにそうですね………そういう事か…」
両手を組み、口元に添え呟く。
何かに気づいたような顔を見せる。
溜息交じりに肩を透かし、更に呆れ半分で言う。
「アレの目的は、その「魔導船」という物でしょう。十中八九間違いありません。」
と断言され、あの日のロニーの喜び様を思い出す。
『あぁー、成程…ロニーさんは噂好き、というか、確かにその手の話題には必ず食いついて来そうですしね。』
マリー程でないにしろ、ロニーの性格はそれなりに知ってるつもりの私の口も『やれやれ』と漏れた。
互いに一致する想像は、溜息の後に笑いを呼び、食卓の華となった。
食後のお茶を楽しみつつ、留まる事のない話題は千差万別に移り変わり、姉妹の幼少話、趣味や兵法、果ては理想の異性像、グリオスの薦めでの見合い話にまで及ぶ事となる。
いつの間にか店内は酒場のソレに切り替わり、混み始めた様子を鑑み私たちは席をたった。
『今日は楽しかったですよ。まだまだ話足りないくらい。』
「送ります」と、流石は軍人としての申し出を受け歩く帰路。
「私もです。機会があればまたご一緒したい。」
『是非に』と返す。
本宅への道に比べれば近すぎる帰路、今はそれが残念で仕方ない。
あっという間に到着し、楽しい時間は終わりを告げる。
「では、くれぐれもお気をつけて。」
『マリーさんも帰りの際はお気をつけください。あと…ノームやエル姉、グリオス様にも宜しくお伝え下さい。』
私の心配とお願いに、やはり軍人らしく敬礼を返し、
「了解しました!必ず。」
と、そして
「また、こういった機会に恵まれるよう、今はただこの胸に願いを留めておきます。それではこれにて!」
頭を下げ、踵を返した。
見送る彼女の背中に言葉を投げる。
『しばし、お元気で!、私もまた絶対にオスタングにいきますからー!』
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久しく戻った本宅で、安らかな1日を過ごすフィル。
留守を嫌う少女を優しく抱きしめる。
次回もお楽しみに!




