84話 時を超えて
84話目投稿します。
冬の朝に訪れた王城は静寂に包まれ、人の目は少ない
王城の一番高い塔。さらにその上の天辺に太陽の光が届くまでもう少し、という辺りの時間。
東の空が白み始め暗闇から薄青色に代わっていく町並みを私は王城へと向かって歩いている。
手にはランプのような道具と、昨日の宴の後で手渡された一通の封書。
明け方の町並みは静けさと、朝の冷え込みに包まれ、口から洩れる息を白く染める。
屋敷を出る際に執事から手渡された外套は内側に温かい生地が縫われており温かい。
寒い季節は嫌いではないが、流石にこんな時間を指定した者には少し文句の一つを述べても恨まれる筋合いはなかろう。
『まぁ…そんなの言えないけど、さ。』
ボソりと呟いた私の視界に、王城の敷地に入る裏門が見えてくる。
個人的な面会のために、正門の警備にさらされ、事を大きくするのは面会相手を考えれば得策ではない。
裏門の脇に立っている衛兵に、身分証替わりのスタットロード家紋を見せ、封書を渡す。
通された門の内側で、回廊へ向かう近道を聞き、城の内部へ。
一応、場と立場を辨えたつもりの服装が功を奏したのか、数少なくもすれ違う使用人からは会釈をされ、特に怪訝な顔や警戒される様子もない。
人の姿がない所は小走りに、城内を駆け抜ける。
「…時間の指定をしたものの、寒いな。」
外気に触れる回廊の上、あの日と変わらず石造りの淵に腰掛けたラグリアは、白い吐息交じりに、すまない。と詫びる。
『私の故郷はここより寒いですよ。』
謝礼の程でもない、という意味を込めて返す言葉に、王はハハッと小さく笑った。
『ラグリア様。急に時間を頂いた理由は…これです。』
城に辿り着いた後に、腰にぶら下げる形を取っていた件のランプ様の魔導器を差し出す。
手に取り軽く眺める。
「…ただのランプ…というわけではないな?」
『ええ、少なくとも王都に…この世界に同じ物はないでしょう。』
ふむ、と呟き、腰を上げる。
「ここは少々寒い。移そう。」
落ち着いて話をするため、と向かった先は王の執務室。
室内にはお付きの執政官が居たものの、早めの朝食ついでの離席を命じ、室内には私とラグリアだけになる。
出来る限りの内密という要望を極自然に作る事も有り難い事だし、執政官も察しが良くて助かるが、逆に「早朝から王と逢瀬を重ねる女性の影が…」などと変な噂が立たないとも言い切れない。
何より、この場を用意してくれた人はとんでもない悪戯心の持ち主だからだ…。
「どうした?」
しばしの間、変な妄想に頭を囚われていた私は、掛けられた声に我に返る。
『あ、え?、いえなんでもないです。』
焦りと僅かに紅く染まる頬を自覚するが、ラグリアは何事もない様子で執務机に歩み寄り、引き出しを開き取り出した眼鏡をかける。
その姿を見て、息が詰まってしまう。
魔導器に注意を引かれている様子のラグリアには気づかれなかった。
「フィル。どうやら仕掛けとしては魔力を通すモノのようだが?」
試してみたか?、という意味だろう。首を横に振る。
『試しはしましたが、私の魔力には反応しなかったんです。』
返事を聞くや否や、ラグリアは魔導器に手を翳し己の魔力を放出する。
青白い光が彼の手を覆い、魔導器の中心にある石が光る。
『…やっぱり…』
異世界で目の前の人物と瓜二つの容姿をした男に渡された魔導器は、この世界で彼の下に届くように私に手渡されたモノだった。
魔導器から発せられた光が半透明な人のような形を映し出す。
あの世界でニコラに教えてもらった魔力地図に似ているが…。
グリムに見せたあの後、2人で研究を行ったモノなのだろうな、と解る。
とすれば、これに映し出されたのは、
「…私…なのか?、いや…これは…」
ラグリアの驚きは最もで、地図のような形ではなく、ラグリアと瓜二つ…グリムの姿がそこに在るのだ。
《この魔導器が起動できた、という事は私と同じ魔力を使えるモノの手に届いたという事だろう。
フィル、改めてキミに感謝しよう。
戸惑いもあるだろうから、まずはこの魔導器について説明しておこう。
これは魔力を介して遠く離れた者に言葉を伝えるために開発された魔導器だ。
残念な事に試作品の域を出ないため、一度しか起動出来ない造りとなっている。
故に心して聞いて欲しい。》
少しの間が置かれたところで、ラグリアと顔を見合わせ、私は頷く。
一度しか聞けない事、なら聞き逃す事は避けたい。
《この魔導器が届けられた事で私が永年費やした研究は成就した、と言える。
あとはラグリア、キミに託す。
どうか、今、キミの眼の前に立つ少女を護って欲しい。
あの時、私たちの世界から消えてしまった彼女の存在こそが王都と世界を震撼させる厄災から守る唯一の術だ。》
耳に届く言葉が次第に理解の及ばぬ事になってくる。
今、ラグリアの眼の前に居るのは私だけだ。
それを護る事が厄災を防ぐ?
《彼女の存在が世界に影響する理由まで調べる事は私には出来なかった。
オスト火山で行方不明になってしまったからだ。
そちらの今を取り巻く世界は大きな厄災を招く可能性を秘めている。
フィル。キミはこちらの世界を、見覚えのあったはずの世界をどう見ていた?
キミの様子は、過去を感じたのではないか?
残念ながらそれは逆だ。》
グリムに返事を投げかける事は出来ない。
これはあくまで会話ではなく、記録、もしくは彼の記憶だ。
でも彼の予想は間違ってはいない。
あの世界は私にとって過去の時代と感じられる事ばかりだった。
浮遊していない王城、記された史実の少なさ、発展途上のキュリオシティもそうだ。
《この世界は、キミという存在を失った未来。
厄災に滅亡し生き延びたものたちが過去をなぞって新たに創り出した世界。
信じる事は困難かもしれない、でもどうか、今のキミたちが在る世界を護りたいというのであれば、この記録をその胸に留めてほしい。》
魔導器の光が不安定に明滅を始め、グリムの姿が歪む。
《ラグリア、こんな形でキミの…王家の秘密を晒すことになってしまう事を許してほしい。
そしてフィル、キミにとってはこの魔導器こそが厄災よりも苦しい未来となってしまうかもしれない。
許しを請う資格は私にはない。
王として民の未来を作れなかった私には…
だからどうか、キミたちの未来を後悔のないものとしてほしい。》
最後の言葉と共に、浮かび上がった姿は完全に消え、魔導器の中の石が砕けた。
再び2人だけの空間となった執務室。
暖炉からの熱を掻き消す程の事に、私たちはしばしの間動けず、ただただ、朽ちてしまった魔導器を見つめる事となった。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
時を超えて伝えられた世界の事実。
どれ程驚愕に悩むとしても人は今を進むしかない。
次回もお楽しみに!




