74話 闇の意思
74話目投稿します。
受け入れられぬ事実は、一人の研究者の理論を以て真実を形作る。
何処かに連れて行かれる体はまるで眠りから醒めた直後のように力が入らない。
耳に届く音は真綿を詰めたように不明瞭。
なすがままに踏み出される足とそこから伝わる振動が己の鼓動と一致しているような、そんな感覚がある。
やがて止まった足と、ゆっくり見上げた視界に映るのは、青く光る柱。
中に揺れる小さなモノは何だったか?
(…ここ、何処だったっけ…)
ふいに衝撃が走り、蹌踉めきながら倒れるのを拒む体。
無意識に伸ばした手が眼前の光の柱に触れる。
青白い光が一度強く輝き、中に浮ぶ少女の姿が歪む。
一瞬、柱の中に黒い玉が現れ蠢いた。
直後、肩を掴まれ柱に触れた手が引き剥がされる。
「メル君!まだ早い!」
聞き覚えのある名前、それを発した姿を探すために動いた視界の片隅に、見覚えのある布切れを捉える。
(…あれはメルの服だよね。こんな所に脱ぎ散らかして、仕方ないなぁ)
ふらふらと手に取るメルの服。温もりは感じない。
「フィル。大丈夫かい?」
呼びかけられた声に振り向いた視界の中、逆光で見えない表情。ニコラはどんな顔をしているんだろうか?
優しくかけられる声、けれど、僅かに光に照らされた口角の隅に見えた微笑が…怖い。
「メルちゃんは今、お姉さんと一緒に居るんだよ。」
私の手を取り、立ち上がらせ、改めて柱に向き直させる。
「さっき一瞬見えたろう?」
黒い玉、あれがメルだという。
『影みたいに見えた。』
「影?」
『人を喰らうモノ。』
「それは違うかな。」
元の世界では、影について明確に説明出来る人は居なかった。
ニコラの話し方は何かを知っている言い方だ。
「キミがいう「影」はね、闇魔法の一種…いや一種といつより別方向からの手段で、決して不可思議なモノではないよ。」
霧の中を彷徨っていたような気持ちが少しずつ晴れていくような感覚。
ぼんやりしていた思考が一つの方向に目を向けるような感じがする。
「メルちゃんはね、西方の出身だからか水魔法の扱いには慣れてたんだ。けどね、慣れてるのと得意は違うし、適性もまた然りでね。」
手の中で皺苦茶になっている服…というよりきつく握りしめられている私の拳をゆっくりと、ゆっくりと開かせるように優しく手を添えた。
「あの子はね、闇魔法の適性がとんでもなく高かったんだよ…恐らく…いや、何でもない。」
私の手の中から引き取ったメルの服を丁寧に畳む。
「キミが今までの見てきたであろう「影」は間違いなく闇魔法に分類されるものであるのは間違い無い。なら、何故キミはそうは思わなかった?考えた事はあるかい?」
『…無い、と思う。』
私が襲われた影、イヴと私を呑み込んだ影、そして、彼女が喰らった影。
いずれにもあった共通点は…
『私が見た影は…術者が…居なかった。』
それを聞いたニコラは顎に手を当て、一瞬だけ考え込み…フムフムと頷く素振りを見せる。
「フィル。闇魔法はね、誰にでも使えるって知ってるかな?」
「誰でも使える、何処でも使える、何でも使える。それが闇魔法。人が持つ数多の業、世界に揺蕩う意識の吹き溜まり。万物が持っていて、何モノをも縛らず縛られず、いつの世にも蔓延る事象の病。」
大袈裟な手振りと共に謳う。
「ボクはね、今までソレを研究していたんだ。」
先日、彼の研究室の片付けをした時は火属性の研究だった気がするが…
「あれはね、確かに火属性ではあるけど、ボクがやってたのはね、そこに闇魔法を加えてたんだよね。」
『そんな事が…』
「できるよ?。さっき言った事、加えたらどうなると思う?」
ニコラの会話に目まぐるしい早さで頭の中が染められる感覚。
『…人の意思、だけじゃない…って事、ですか?』
指を立てて微笑むニコラ。
「正解。」
問いかけの答えに合ってない気がしたのだが…
「と言ってもあくまでボクの理論だけどね。」
闇魔法は、この世のありとあらゆる万物に宿る想いの力が源、というのが彼の理論。
『だったら、メルはどうなってるの?』
「あの子は…この装置に取り込まれ…いや、組み込まれと言うべきかな。闇魔法そのものになった。」
見上げた筒、この中にリルだけでなく、メルも存在している、というのが彼らの言い分。
『何で…貴方がたは、あんな小さな子に!』
「グリム様から聞いたんだろう?、あの子達はキミの事を想って決心したんだよ。」
『ニコラさん…私のためって何なの?』
「それは、ボクが話す事じゃないかな。」
ニコラの後ろにグリムの姿も見える。
「フィル。今のキミは、自分の還るべき場所が解っているか?」
『還るべき場所…』
今いるこの世界が何なのかすら解らないが、元の世界に戻る事がそうだと言うなら…
『時間…』
頷き付け加えた問いかけ。
「その気持ちはどうかな?」
試すような問いかけに、少し苛立ちを覚える。
『2人の決心がどれほどの物か、私にはもう解らない。何でそこまでして私に…でも、それが彼女たちの意思なら…』
視界も、体も、心も…きっと大丈夫だ。
『応えたい。』
「フィル。今のキミに全てを呑み込んで行けとは言わない。だから、今はこれを渡しておくだけにしよう。」
グリムが差し出したのは…ランプのような道具…いや多分、魔導器と呼ばれる何らかの装置だ。
少なくとも元の世界でも見たことはない。
「ニコラ、用意と、後を頼む。」
「…いいんですね?」
「あぁ、すまないね。」
何か含みのある2人のやり取りは何を意味しているのかは解らない。
説明がないなら、私が知らなくて良い事。
きっとそうだ。
改めグリムと共に先程の部屋に戻った私に手渡されたのは、見慣れた鞄。その中身も同様に見覚えのある品。
「準備ができたら、あそこに向かってくれ。あまり時間がないので急いで、な。」
示されたのは、リルが浮ぶ筒の上、球体状の骨組みが見える。
こちらの頷きを確認したグリムは部屋を出ようと扉に向かうが、その手前で足を止め背中越しに呟いた。
「フィル…本当に悪いと思っている…こんな俺も…こんな形にしたくはなかったんだ。」
『グリム…様?』
「出来る事なら…もう一度、キミとダンスを踊りたかったよ。」
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残された時間はあまりにも短く、主の願いは叶う事はない。
されど、その想いは託される。
次回もお楽しみに!




