72話 抜け道
72話目投稿します。
冷たく言い放たれた言葉。
納得できない思いで過ごす夜は、招かれざる客人によって静けさに終わりを告げる。
『…あの…ニコラさん、大丈夫なんですか?』
夜闇の中、足早に駆け抜ける廊下に響く靴音。
思ったより響くように聞こえるのは、この状況が自分にとって禁止された行動と分かっているからこその不安から来るのだろうか?
「まぁ、ボクもそれなりの処罰はされるだろうね〜」
『なら、なんで?…』
いつもの調子でハハッと笑う。
「何でだろうね?強いて言えば、ボクも人だって事、になるのかな?」
『…どういう意味ですか?』
ニコラはこの問いかけに、「見た方が早い。」、とだけ短く答えた。
その後ろ姿を見失わないよう、周囲に警戒しながら、今に至る出来事を思い返す。
グリムに一方的に言い渡された話を聞いて已む無く戻った寝室。
少し前まで3人で過ごしていた寝室に、夜も更け多くが寝静まった頃、その扉が小さく叩かれた。
眠れるわけもなくただただベッドに潜っていた私は、その扉を叩く手の主が、リル、メルであればと一縷の望みを持って駆け寄ったが、その扉の向こうに立っていたのはニコラだった。
扉を開けた途端に様変わりする私の様子を見て、ニコラは言ったのだ。
「彼女らに会いたい?」
胸の奥がざわつく。
ニコラの先導で通過していくいくつかの部屋の中は、動物を檻に閉じ込めて保管している部屋もあり、揚々に彼らの目に生気も感じられなかった。
最初は人形でも置いているのかと思えるほどに…。
ただ単に魔力の類の研究のためではない事ぐらいは私にでも解る。
そして、その光景はそのまま、リル、メルの姉妹、いずれは私にも及ぶ事なのだ、と理解する。
いくつかの部屋を通り抜け、ニコラが足を止めたのは、簡易なテーブルと長椅子が置かれた部屋。
「少し休もう。」
頷き、隅に置かれた水桶から掬った水を口に含む。
緊張からか、喉が渇いて仕方がない。
傍らに置かれていたカップに汲んだ水をニコラに差し出す。
「ありがとう。」
お礼を言って一気に飲み干す様子で、ニコラも私同様に緊張しているのが解る。
『この先、何処にいくの?』
「解っていると思うけど、ボクたちが向かう先はここでも限られた者しか立ち入りを許されてない場所で、今はあの姉妹が居る…場所でもある。」
ふと私の手にニコラの手が重ねられる。
無意識に強く力が込められ震える拳を、ゆっくりと手を開かせてくれる彼の指先。
「今更、覚悟を問うような事は無意味だと思うから、一つだけボクのお願いを聞いてほしい。」
今回…というより第一研究所で長きにわたり秘密裏に行われている研究を取り纏めているのはグリム。
秘密裏に行われているその理由は、道義に反する事で、多くの人々から非難されて当然の事だという。
「でもね、フィル。グリム様を信じてあげてほしい。」
少なくとも、ニコラが接してきた首席研究員のグリムは尊敬に値する人で、自分が知る誰よりも優しい人だ、という。
「多分…いや多分じゃないな。この先、キミが目にする光景は、ボクを含めた研究員全てを恨んで当然のモノだと思う。それでも、グリム様を信じてほしいんだ。」
握られたままの手にわずかに力が込められるのが解った。
「すぐには無理かもしれない。でも、それでも…きっと真実が解った時、キミが後悔しないように…」
正直なところ、彼の言う事全て、少ない情報の中で決められる事ではない。
でも彼の言うグリムの優しさは、私にも解る…と思う。
『今は何とも言えない…でも分かった。』
そう返した言葉に満足してくれたのか、ニコラは笑顔で立ち上がり、握ったままの手をひっぱり私も立たせる。
「うん、今はそれでいいさ。じゃ、行こうか。」
更に研究所の奥へと進む。
いくつもの部屋を抜け、階段を下り、時には下水が流れるような通路をも通り抜け、時折耳に届く何モノかのうめき声、叫び声を掻い潜り、只管に前を走るニコラの背中を追う。
もうここが研究所のどこなのか、地上からどれだけ潜ったのか、その方角も解らない。
そして、少なくとももう1人であの寝室に戻る術もないとも思う。
「疲れたかい?、もうすぐだよ。」
『はぁ、はぁ…何でこんなに…』
完全に肩で息をしている私に比べ、ニコラはまだ随分と余裕がありそうだ。
部屋での会話で私が答えた事で一つの心配事が消えたのか、目的地が近づいている割に先程までの緊張感はもうない。
「魔力網にかからない道だからね。普通に向かう分にはここまで遠回りはしないよ。」
『それより、ここ…研究所のどこになるんですか…?』
あー…と頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、
「言い忘れてたんだけどね…ここは、敷地としてはすでに研究所とは別の場所だよ。」
『え?…』
いつの間にか研究所ではない場所に来ていたらしい。
外出すら自由に…とは言っても先日買出しとして出たことはあったのだが…できなかった研究所の外。
けれど、その空気も雰囲気も、研究所との違いはまったく分からない。
『魔力網って?』
「あぁ、それは…うーん…簡単に言えば魔力の壁みたいなものだけど、ある程度の実力がないと存在すら分からないし、そもそも出入りを塞いでるような代物でもないからね。」
その説明は少々分かりづらい。
顔に疑問符を浮かべている私に、ニコラが続ける。
「研究所だけじゃないんだけどね、王都には特定の場所や、一定の間隔で魔力網っていう見えない壁があるんだよ。」
魔力網は、それを設置した者以外が触れると、術者に認知されるという事で、主な使い道は警備や監視。
反対に、特定の人物の動きを調べたりする際にも使われたりするらしいが…
『つまり、今から行く場所は普段の方法で行けば、その術者にバレる…って事?』
「ご名答。んでここ…まぁ分かりやすく言えばここは王城の地下深くに位置してるわけだけど、今でいうところの術者はまさにグリム様、って事だね。」
常に魔力を放出している…という事だろうか?
そう考えると、グリムの魔力はどれほどのものなのか…私には及びもしない。
「ある意味、この王都…といっても主要な場所だけって事だけど、グリム様に分からない事ってあまり無いと思うよ…だから今はそれを搔い潜ってるってわけ。」
『大丈夫…なんですか?』
もう一度、ニコラに問う。
「…これは気のせいかもしれないんだけどね…」
ニコラはその考えの一欠を漏らした。
「グリム様は、多分…キミに見てほしいと思ってるように感じたんだよ。あの御方がやっていること、咎められるのを承知で、ね。」
だが、私を止めたのはグリム本人だ。
ニコラの話と言葉からすれば、グリムの二面性を分かってほしい…と本人が考えている節は確かにある。
買出しの時に見せてくれた優しさと、先に私に言い放った鋭い言葉。
相反する行動は、立場ある者として安易に口にも出せないのかもしれない…。
私は彼の真意を理解することができるのだろうか?
この先、目にする光景…ニコラが念を押すのであれば、予想以上の光景を見る事になるだろう。
それを目にした上で、私はグリムにどんな感情を抱くのだろう?
真意を知った後に後悔しないように…できるだろうか?
『ニコラさん…行きましょう。』
この先に待つモノを見定め、足を踏み出す。
夜の闇はまだ深く、地下深いこの場所には、例え夜が明けても、まぶしい光が届く事はないと分かっていても…
感想、要望、質問なんでも感謝します!
王城の地下深く、そこで行われる研究とグリムの真意とは何か?
訪れた未来に描かれるのは希望か、絶望か?
次回もお楽しみに!




