69話 手の温度
69話目投稿します。
体調不良は早めの対処が大事。夜の研究所は予想外の人物像を垣間見せる。
寝室の灯りが揺れる。
ここ第一研究所での生活の中、就寝前に眠気を誘い出すため数日前から始めた読書の時間は思ったより快適だ。
「首席」研究員グリム=ライド様に相談し、直々に手渡されたいつくかの書籍の中で、今読んでいるのは歴史書。
元々は王都の図書館で閲覧する予定だった代物の一つでもあるが、運良く巡り会えたのは嬉しいことだ。
『うーん…どういう事だ?…』
つらつらと眺めてみるものの、史実と王都の大きさ、ノザンリィやキュリオシティ、見覚えのある町の名オスタングや、行ったことはないがヴェスタリス、スナントに関する情報量に違和感を感じる。
絶対とは言えないものの、あの首席様がわざわざ偽物を寄越すのも考え辛い。
となるとそもそも王都の図書館をもってしてもそこまで詳細な記述が残されていない、という事になる。
『はぁぁぁあああ〜。』
運が良かった。と思ったのは本当に束の間だった。
ガチャリ、と部屋の扉が開き、口元を抑えながらリルが姿を見せた。
「大きな溜息、廊下まで聞こえてましたよ?。」
最近ちょくちょくと遅い時間まで何かの仕事をやらされているようだが、その内容を聞いても大した事じゃないので、といつも笑って誤魔化される。
『今日も遅いね?。あんまり無理しちゃ駄目だよ?』
稀に私やメルも夜中ではないものの、個人的に呼び出される事はあるが、その手の要件は大体がちょっとした魔力操作や実験の為の実際の手数といった事が殆どなのでリルにしても似たような事なのだろうな、と思ったのだが…
今日は僅かにその顔が朱い気がする。
『リル、大丈夫?』
いつもと少し違う様子に、手を伸ばし触れた額。
『うーん、ちょっと熱があるね。横になってなさい、温かい物でも貰ってくるから。』
「い、いえ!、大丈夫ですから!」
少し慌てたように遠慮するが、
『風邪とかだったら大変でしょ?、すぐ戻るから待ってて。』
本格的な暑さはまだ先になるが、この時期の風邪は中々質が悪いのはこの世界でも変わらないだろう。
『さて…当直室は、っと。』
頭の中に研究所の地図を浮かべ…
そういえば、と先日片手間にニコラから教わった「ある事」を思い出した。
『えーっと、こっちか…』
これは中々神経を使う…。
指先から魔力を伸ばすような感覚で…頭に浮かべた絵を…映す…ぐぐ…
『ぷはぁーっ!』
「中々面白い事をやっているな?フィル=スタット。」
『わひゃっ!』
突然耳元に掛けられた声に体が跳ねる。
『わっ』
疲れと驚きの連続で腰が落ち倒れそうになった、が。
声の主に腕を捕まれ、引っ張り上げられ倒れるには至らなかった。
「思ったより華奢なのだな?」
『あのー、降ろしてくれると嬉しいんですが…』
寄りにもよって今日の当直は首席様だった。
「先程の魔力のは…確かニコラが発明したやつだったか?」
とりあえず当直室に招かれた私は大人しく椅子に腰掛けて待っている。
リルの様子を伝えた所、特段気にする様子もなく風邪薬を用意してくれるようで胸を撫で下ろした。
グリムの後ろ姿を眺めながら差し障りのない会話で茶を濁すことにする。
『私はそれ程魔力操作は得意じゃないので…』
「確か…こうだったか?」
片手間に上げられたグリムの指先から現れたのは、研究所の地図ではなく…
『あ…これ、王都の地図ですか?』
ニヤリと笑った直後、地図が更に広がる。
『王都の外…ってこれキュリオシティ…って待って待って!』
際限なく広がりそうな光景に驚き慌てて引き止めた。
ハハッと笑い、グリムは魔力の放出を止めた。
「思ったより良い発明だな、明日にでもニコラと話をしてみよう。」
その表情は、嬉しそうで、やっぱりそっくりだな、と思うもののラグリアとグリムは別人なのだと、自分の中に念を押す。
『まさかすんなり手配してくれるとは思ってなかったのですが…』
「キミ、存外失礼な事言うね?…まぁいいさ。ほら」
少々ジト目がちな表情で不満の様子ではあるものの、小さな小瓶を投げて寄越す。
ニコラの研究室にあった謎の小瓶のような異臭はない。
「多めの水と一緒に飲ませてやりなさい。初期症状ならそれで何とかなるだろう。」
『ありがとうございます。グリム…様…』
「これも当直の役目の一つだ、気にする必要はない。」
手を振って部屋に戻るように促され、私は軽く頭を下げ、会釈して当直室を後にした。
戻る途中、炊事場で手早く飲み物を確保。
出来るだけ急いで戻りはしたものの、遅くなってしまった。
『ごめん、思ったより掛かっちゃった。』
急ぎ戻った寝室では律儀に待っていたリル。
一先ず炊事場から拝借したミルク入りのカップを渡す。
「あ、温かいですね…有難うございます、フィルさん。」
ゆっくりと口に含む様子を改めて眺めてみるものの、やはり目に見えて顔が朱いのが解る。
『あとこれ。』
グリムが用意してくれた小瓶を差し出す。
「これは?」
『風邪薬。当直室で貰ってきたのよ。』
「あ、グリム様ですね。」
流石に芳しくない体調を自覚はしているようで、ハハッと力無く笑い、小瓶を受け取る。
『水もいっぱい飲みなさいって言ってたよ。』
水桶から汲み取り、飲み終わったカップと交換するように渡したのだが、これもまた大人しく飲み干した。
「すいません…」
申し訳無さそうに言うものの、追加で差し出した水も一気に飲み干してしまった。
『体調悪い人は遠慮しちゃ駄目。あと無理もね?』
ポンポンと頭を撫でる。
僅かにふらつきながら立ち上がる体を支え、寝床へと付き添い寝かしつける。
「たくさん迷惑かけちゃった…」
『気にしないでいいよ。元気になったらまた美味しい食事、作ってね?、リル。』
横たわったリルは遠慮がちに掛布の下から怖ず怖ずと伸びる手は私の服の裾を掴む。
小さく笑って、私はその手を握った。
「ミルクより、暖炉より、フィルさんの手が一番温かいです………」
照れるような事を言いながらリルは眠りについた。
薬のおかげか、少しは楽になった寝息に、心の中で胸を撫で下ろした。
『おやすみ、リル。明日は元気になると、いいね…』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
リルの体調不良は無事に回復するのか?研究員のやる気は美味しい食事が握る?かもしれない…
次回もお楽しみに!




