57話 冬の町
57話目投稿します。
新たな旅は始まったようで始まっていないのか?
懐かしく見える景色は、記憶の景色とはどこか違う銀世界
『お兄さん、お水汲んで来たよ―…って居ない…』
はて?と室内を見回していた私の耳に、コーン!と小気味よい音が聞こえる。
裏山…かな?
『あぁ、そっか。もう薪が無かったんだっけ。』
台所の水桶に汲んで来た水を継ぎ足し、無造作に置かれた包丁を手に取る。
『…差し入れでもしますか。さて。』
手早く仕上げた食料を詰め込んだ籠を持ち、家の外に出る。
数日前から降り続いた雪は町全体を白く染め、北の地特有の雪景色で視界を埋める。
小高い丘を切り崩したように造られた家の裏手、丘をさらに取り囲む形で群生する木々の合間から一定の間隔を持って響く音は、どこか懐かしさを感じさせる。
『お兄さーん。これ、持ってきたよー』
こちらに気付いた人影は、持っていた斧を足元に降ろし、手を振って返事をする。
「すまん、助かるよ。ベソーク。」
『こんなの大した事じゃないよ。』
籠を手渡し、その足元に置かれた斧に触れる。
『ん…ちょっとグラついてるね。えーと…』
足元を見回し、程度のいい木切れを見つけ、斧腹の隙間に差し込む。
(あれ?…これどこかで…)
そうだ…昔…昔?…そんなに時間は経ってないはずだが、ここと似たような場所で父と交わしたやり取りだ。
頭に浮ぶ思い出が胸の奥にチクリと刺さる。
「?、べソーク、どうした?」
『な、なんでもない!、私、先に戻るね?』
少し大袈裟に首を振って身を返し、男に手を振ってその場を後にする。
帰路の途中、どこか見覚えのある丘の上、見覚えのある岩の上に腰を降ろし眼下に広がる景色を眺める。
『ここに来て…三か月…程になるかな?』
季節特有の冷気に震える両手に息を吹きかけ、温めるように擦る。
この丘から見える景色、細部の違いはあるが、視界に入る景色は私が良く知っているノザンリィの町そのものだ。
あの日、溶岩に高く打ち上げられ、意識を失った私が目を覚ましたのは、この町の診療所だった。
看護師の話では、この丘の上に倒れていたのを先ほどの男、名を【クレン】というらしい男に発見され、担ぎ込まれたという事だ。
当初は私が知るノザンリィの町と瓜二つに見えていた町、初めて名前を聞いた時も同じ名前という事から驚きはしたものの、私が住んでいたノザンリィとは町人の顔に見覚えがない…そもそも私の顔を知らない人が多いという点で、自分の知るノザンリィとは何かが違うというのは割かし早い段階で分かった。
主に全身の打撲によるこの身が完治したのが私が意識を取り戻してから一ヶ月程。
怪我が治ってからの行き場のない私に一先ずの住処を分けてくれたのもクレンだった。
不思議な事に、クレンという男はどこか懐かしい雰囲気を持った人物で…
(カイルにどこか近しいモノを感じる…)と何度か思った事がある。
『…皆…無事…かな?』
意識を失う直前、最後に私と会話をしたのは今は亡きベリズ…だ。
今この場に私が居る事。それがベリズから託されたモノと関係があるのか?はたまた私と遺跡の関係によるものか?
何かが理由なのは間違いないものの、確かめる術が今は思い浮かばない。
とにかくあの時の私は、討伐隊として一緒に居た人たちの無事すらも見れなかった。
『あぃ…』
口に出かけた言葉を…止めた。
今、それを口にしてはいけない。本能で解る。
波のように押し寄せる想いを振り払うように、グァッ!と立ち上がり、勢いよくパンパン!と、裾に纏わりついた雪を払う。
足早に丘を後にするその足で、私は走った。頭に纏わりつく気持ちをかき消すように…
『ハァ、ハァッ…っふぅ…』
息が切れる程に無心に走った先に辿り着いた場所。
私の記憶にある町で言えば、領館があった場所のすぐ近く。
この町のこの場所には小さな庭園があり、その中心部には私も何度か見た事がある造りの建造物。
庭園と一体化した石造りのガゼポ。
周囲にベンチも設けられており、町の人々の憩いの場として使われている。
そのベンチに腰を下ろして、大きく深呼吸をして乱れた呼吸を整える。
『…はぁ―…ここに来たの、失敗かも。』
この町で暮らしてからここに訪れた回数はもう数えきれない。
触れた回数も。
落胆する回数も。
故郷と似ていて、どこかが違うこの町…私がなぜこの町に来たのか?
『きっと…何か意味がある…』
遺跡が、ついてはあの女性が、何かを私に見せるため?
だとしたら、この町…いや、この世界でやらなければならない事があるはず…
遺跡を眺めながら、今まで私が辿ってきた旅を思い返す。
『ノザンリィ…キュリオシティ…王都…コボルドの巣…エルフの集落…オスタング…オスト山脈…』
訪れた町…いくつかは町でもないが…数えてみるとそこまで多くはない。
考え込んでいると、掌に雪が触れるのに気付く。
見上げた空はどんよりと薄暗く、深々と舞い降りる雪は、思考を巡らせ熱を持った頭にひんやりと優しい。
ぼーっと見上げていると、
「ベソーク。今日もここだったか。」
『クレン。』
最近、クレンの一日の行動に追加されてしまった「私のお迎え」だ。
『いつもごめん…』
「いや、いいさ。キミにも考える事があるんだろう?」
小脇に抱えた食材は魚。
『今日は焼き魚にしようか。』
「あぁ、助かる。そろそろ戻ろう、冷えて来たし、風邪ひくとまた診療所に厄介になるぞ?」
『そうだね。』
立ち上がり、腰についた土を払う。
『クレン。ご飯食べたあと、少し話がしたいんだけど、いいかな?』
色々と急ぎたいのは山々だが、流石に冬の山に乗り込む強行軍はどこぞの腹黒狸のようで嫌だ。
(腹黒狸…いい得て妙ね…)
細やかな悪口に我ながら浮かぶ笑み。
その様子を見たクレンは「何かいいことあった?」と問うが、
『ううん。何でもない。』
薄暗い空模様は、冬の終わりを告げるにはまだ早い。
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始まりの最初は、記憶を巡る旅。
踏み出した足が辿るのは、過去の思い出か、未来への希望か?
次回もお楽しみに!




