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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第十章 光の帰還
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403話 追悼の王

403話目投稿します。


辿り着いた場所、少女にとっては幸運ではあったのだろうが…

王城を囲む庭園は手入れが行き届いている割に人の姿は疎らだ。

そもそも少し前まで何かの目的、或いは用事でもない限り上層に暮らす者でなければ訪れる事すら敷居が高い。

以前よりほんの少しだけ増えた人影を鑑みれば「増えた」と言うことになるのだろう。

地に落ちた上層はこの町に暮らす全ての者にとって良いことと言えるだろう。


まだ出会って間もない少女の手を引いて訪れた理由は二つ。

母親から聞いた話と私の推測を交えて探索する対象は、恐らくは日常的に親しい者が足を運ばないような場所と考えた。

もう一つの理由はあくまで最近耳にした噂話の類によるところだ。

ここが「上層」とされていたまだそれ程時間が経っていない頃、その場所には小動物が多く足を踏み入れると聞いた。

実際に目にするのは私自身も今日が初めてにはなるのだが、そういった意味では自身も少しばかり楽しみでもある。


「きれいなとこだね。」

真新しい景色、踏み入れる事への不安と、強い好奇心を宿した眼は止まることなく多忙に動く。

口から漏れた声色は飾り気のない感想。

しかし、感動したのであれば多くの言葉は必要もない。感じた事を率直に言えるのは純粋であるからこその特権だ。

「初めてかい?」

「お城が落ちてきて、お母さんも危ないからって…」

頷きながら口を開く。

確かにこれ程大きな物質が思いもよらぬ動きを見せたのだ。

普通の人なら近付こうとは思うまい。

これもまた私が民の不安を拭いきれてないところでもあるのだろう。

戻った際には祭事、祝祭の日でも告知すべきだろうか?

数少なくもすれ違う人々に軽く会釈を交わしながら頭の隅に留めておく。


件の場所は案外すんなりと辿り着いた。

「わぁ…」

木々に囲まれたその一画は一言で言えば不思議な空間。

人間の気配に乏しいが、静かというには異なり、今の季節特有の温かく穏やかな風と共に多くの小動物の音が溢れている。

「…ぅ…」

足を踏み入れようとした少女が少したじろぐ。

ほぼ全ての動物、むしろ動植物と言うべきかもしれない視線が踏み入れる少女に対して注がれたからだ。

が、張り詰めた空気も一瞬。

次の瞬間には私も驚いた。

自由気ままに過ごしていたであろうそれらが、まるで少女と私を案内するかのように一画の奥へと道を示すような行動を見せたのだ。

「お、お兄さん…」

「大丈夫だ、私も一緒に行こう。」

一層服の裾を強く握る手の感覚をそのままに少女を伴って小動物が織り成す道へと足を踏み出す。

その奥へと。


「チーチャ…」

アタリだ。

私の予想していた姿より大きいその身を横たえて目を閉じている黒猫。

まだ…まだ動いているその傍らにナリンが駆け寄る。

勢い良く伸ばし触れようとした手を一瞬留め、壊れ物を扱うようにゆっくりと、少女が触れる。

目を閉じたまま僅かに動いた表情は何処となく、残念そうにも見えた。

見つかりたくはなかった、苦笑するような様子でその瞼がゆっくりと開かれ、一瞬私に向けられた視線は恨めしそうにも感じたが、それも束の間だ。

少女の視線と交じらわせたのは優しいものだった。


以降、口を開くこと無く時間だけが流れた。


一つの命がその歩みを止める時、残された者に対して出来ることはそう多くはない。

あるとすれば培った想い出を見つめ、それを共有することが出来れば、満足して立ち止まる事ができるのかもしれない。


互いの目を見つめ、差し伸べた手から薄れていく温もりを止めることは…少女には出来ない。

どんなに特異な力があっても私はこの光景の力にはなれそうにない。

「無力な物だ」頭で呟く自虐の言葉と、目に映る光景の尊さ、なにより奥底に積もってしまった空虚さが心というものを揺さぶる。


先日、私の前に相対したあの二人。

あの時感じた未来への希望、私を終わらせる可能性は、何も受け身に待つ必要もないのだと、小さな命に教えられた…いや思い出させてくれた、というべきだろう。




「…お兄さん」

少女が口を開いたのは辺りも暗くなってからだ。

背後に感じていた気配も今は消えている。

「何かな?」

「チーチャ、幸せだったかな?」

「ナリン、キミはチーチャと一緒に暮らせてどうだったんだい?」

横たわる黒猫のすぐ傍の土に手を突き入れる。

少し湿り気のある感触は掘り返すのもそれ程苦労はない。

私の行動に合わせて、少女の手も加わる。

「…楽しかった。温かくて、いつも一緒で、いつも遊んでくれた。」

「チーチャもきっと同じだったはずさ。」

その身体が収まる程の大きさになった穴、温もりの消えた身を横たえる。

「…そっか。」

「ああ。」

その身が視界から遮られたところで、一雫、戻された土を染めた。


「チーチャ、今まで、沢山、ありがとう」


言葉と雫に呼応するかのように、月明かりが射し込む。

少し盛り上がった土塊を青く染めて、薄ぼんやりと光を発した。


自らの手と、少女の手に付いた土を払い、胸の前で両の手を合わせる。

私に習い、少女もまた同じ様に手を合わせ、目を閉じた。


「元気で居てね。」


その肩に手を添える。

今まで我慢していた叫び声が夜の庭園の静寂を終わらせたのだった。

小さな体を抱え上げ、その泣き声が収まるまで、背中を撫でてやることしか出来なかった。






感想、要望、質問なんでも感謝します!


震える背を撫でる。

この慈しみは感情によるものか、経験によるものか?


次回もお楽しみに!

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