402話 付添いの王
402話目投稿します。
少女の手を引く王、ひょんな事から抱え込んだ事の次第は些末であり重要な事だ。
城下を歩く時は多くの兵を連れるか、或いはお忍びで一人といった事が当たり前ではあったがこれはこれで貴重な経験だ。
こちらの手を握り隣を歩くその歩幅は予想以上に短い。
これもまた町を視るという意味では悪くない。
しかし目的地には乏しく、それでも同行者は嬉しそうだ。
ナリンと呼ばれた少女の手を取り、彼女の行動範囲、差し当たっては今日通った道を辿る。
ただ彼女自身が今日の行動全てを覚えているかは本人からしても怪しいところではある。
「ただいまー!!」
とある建物の扉を勢いよく開いた中には家事をしている母親であろう姿が見えた。
流石にいきなり扉を潜るのは憚られるのだが少女は手を離す様子もなく。
目が合った私は少しの申し訳なさも含めて会釈をする。
「あら?お客さんかしら?…ごめんなさいね、掃除も行き届いてないのに…」
逆に恐縮されてしまうが、言うほど室内が乱雑とは思えない。
「いや…こちらこそ突然の訪問、申し訳無い。」
少し驚くような表情の後、改めて頭を下げる母親。
私の手を離したナリンが嬉しそうに母親に駆け寄り抱きついた。
「お兄さんがチーチャ探すの手伝ってくれてるんだよ〜」
ここに来て少女が探している者の名を知る。
「あらあら…大変なの事を…」
改めて深々と頭を下げられてしまっては私としてはどうしたものか、と。
「朝、チーチャ…私達の家族でもある猫ですが…この子と一緒に外に遊びに出かけたのです。」
席に促され出された茶を飲みつつ、事の顛末を話す母親。
聞けば何ら変わらない日常の光景だという。
ただ一点、改めて、と前置きを挟んだ母親の言葉。
「いつもは振り返る素振りもなくこの子と出ていくはずなのに、今日は私に声を掛けるかのように目が合った…それが気になりました。」
…多分母親は理解している。
私に対して思った以上に申し訳なさそうにする理由にも合点が行った。
そうして私達は少女の自宅を後に、再び探索の町並みへ戻った。
さて…どうしたものか。
私がこの少女に命の重みを説くのか?
削られることのない自らのソレは他者とは異なる。
今までに数え切れないほどの最期を見届けてきた。
しかし、果たして私は少女の母親のようにこの足が辿り着く場所でその尊さを教える事ができるのか?
国を導く立場とは言え一国民に説く事などそうそうにあるわけではない。
まして自らはその楔に触れることすら儘ならないこの身に、どれ程の説得力があるというのか?
「おにいちゃん、どうかしたの?」
「いや、何でもないさ。」
そっか、と笑顔に戻る少女に導かれるように私は足を踏み出す。
「チーチャ、といったかな?。今までどんな事があった?」
口元に人差し指を重ねながら少し考えるような素振り。
「チーチャはね、いつもぬくぬくで温かいの。寒い日でもチーチャが居ればぽかぽかで…」
毎日毎日、一緒のベッドで眠りについていたという。
日常的に一緒に過ごしていたのであれば、少女にとってのチーチャは半身と言っても過言ではないだろう。
つい先程の母親の態度に改めて、してやられたと言った気持ちが生まれる。
さて…どうしたものかな…と頭の中で同じ言葉が繰り返されている事に今更ながら自身の感情にも驚いている。
多くの民を見守っていたつもりだったが、その日常まで気を配れているわけでは無かった。
今までの政に悔いはない。
しかし、私にも及ばぬところがまだまだあるという事だ。
きっとあの娘ならそれもまた楽しい事としてその内に留めるのだろう。
「この世界もまだまだ捨てたものではない…と言う事なのだろうな。」
私の呟きを耳聡く捉えた少女が不思議そうな表情をこちらに向ける。
「…こちらの事さ。」
私の記憶にあるその小動物の所謂一般的な習性を宛てにするなら、恐らくは人目につかない所、特に親しい者が踏み入れないような場所、目的地とするならそこになるのだろうが…。
こんな時私の知る優秀な者たちが居れば容易く辿り着けるはずだ。
残念な事に今、この時に於いては頼れる対象は傍に居ない。
案外自分自身で出来る事の少なさに自覚する。これもまた今回のお偲びで学んだ事と言える。
多くの者に支えられているのだ。
その者たちが健やかに過ごせる事、私自身にもまた変革が必要なのだろう。
据えて長いあの座に腰を下ろした時、きっと私は今まで以上に多くの事に目を掛ける必要がある。
「いつまでも我が事に感けている場合でもないな。」
あの者たちは今も変わらず移りゆく時の中で生きているのだ。
であれば私自身がその先に立たずしてどうするのか?
今更ながら、怠惰に過ごした王という名の重みを感じる。
近年では特に必要の無かった事だが、今となっては状況もまた私に一旦があるのだろう。
少女の日常的な行動範囲はとうに外れている。
私にとっては馴染みのある景色に近付くと同時に繋いだ手に篭る力は少し強くなっている。
「初めて来るとこだ。」
と呟くのそ表情から若干の緊張を察する。
向かう場所、宛があるわけでは無い。
ただその場所はいつも静か、そんな印象が強いところだ。
無論そこで話が終わるわけではない。
一縷を賭けてというには些末な出来事だが、それはそれで少女に見たこともない景色を贈る事ができるのではないだろうか?
この先、それなりの時間をかけて育まれる少女の生に一つの思い出を作れる事を願い、私は手を引く。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
目標は乏しく、手を離す事もまた憚られる。
せめて一つ、それが美しい思い出になるように
次回もお楽しみに!