400話 目覚めの王
400話目投稿します。
一国の王、目覚めは言葉も少なく、時の流れも柔らかい
目を開く。
視界の色味、見慣れてはいるものの今日は色彩に溢れる光景だ。
気配を察したのか寝室の扉が静かに、それでもしっかりと耳に届く。
こうした適度な加減にも教育が届いている。
学ぶ側も教える側も優秀な者たちばかりで助かる。
開いた扉から姿を見せた執事、彼が私に付いてからもうどれくらいの年月になっただろうか?
「御気分は如何でしょうか?」
「いつも通りだ。」
「どうかされましたか?」
特に不調はない、と答えたはずだが気に掛けるように付け加えられた問い。
彼の事を少し考えていた思考を読み取られたようだ。
「キミの事を少し考えていた。」
「フフ…気に掛けて頂けるとは…今日は良き日になりそうですな。」
嬉しそうに微笑む初老の執事。
「どれくらいになる?」
「今年で40年程になりますかな。」
いつの間に指示を出したのか、彼の後を追うようにメイドが朝食の用意を始める。
いつもなら着替えの際の話題はその日の予定などの確認が行われるところだが、別段急ぎの用事も無いようだ。
話題は昔語が枝を延ばす。
「キミも齢を取ったな。」
「長くお引立て頂いてますな。」
彼が初めて私の前に姿を見せた時の事は全てではないが憶えている。
当たり前な事だが、前任者に付き従うように顔を合わせた時、今では…いや今も変わらない微笑を、当時は何とか取り繕うように緊張していたまだ少年を抜け切らない。
そんな彼ももう随分と白髪混じりの姿が馴染んでしまった。
「陛下は今もお変わりがありませんな。」
「フッ、嫌味かい?」
「御無礼を。愛嬌というものですよ。」
少しだけ白い世界を覗き込む。
触れた肌はやはりその年月を彷彿させるのは普通であれば仕方のない事だ。
今迄も、これからも変わらずに私の周囲で繰り返される日常。
「何か報告はあるか?」
「あの者に連なる者たちは各々に動いているようですな。帰郷した本人は姿を消してしまったとの一報もありますが明確な調査はこれから、と言ったところでしょう。」
確かなら共に居るであろう男も同様だろう。
私と交わした会話に偽りは無かろうが動向は今の私に取っては一番楽しみな件ではある。
「調査は不要だ。物語というものは先が読めない方が楽しいだろう?」
「御意に。伝えておきましょう。」
寝室の窓から覗く町並みは以前より遠くまでは見えなくなってしまったが、広さは増えた。
この景色も悪くはない。
こうまで変わってしまった景色の原因、今し方話題に上がった者たち、連なる仲間たちの成した結果だ。
城を始めとする上層の景色の変化、昇降機の職が簡易的な関所といった施設に変わった事以外には大した変化はない。
無論そこで勤めていた者からすれば大きな変化だろうが、政からしても大きな損害の報告は聞いていない。
さして問題がないのであれば尚更、今後この国がどうなって行くのか、今までに無かった変化を楽しみにしている自分の姿もまた滑稽に思う。
「本日は如何されますか?」
少し考えてから衣類棚の前に立つ執事に声を掛けた。
「目立たない、私では無いものを出してくれ。」
それなりに驚いたような表情も一瞬、企みすら見透かされているような気もするが、それも執事との付き合いの長さもあってのことだろう。
町を歩く。
いつもなら誰かしら付き従い、道行く民草は恭しく頭を垂れ、幼子たちは後を追ってくる。
今日はそんな素振りをする者は居ない。
精々軽めの挨拶を交わす程度だ。
前髪の間を射す日差しもいつもより眩しくはない。
「しばらくこの毛色もいいかもしれんな。」
多くの者に賛辞を貰う物であってもそれなりに苦労や不満はある。
この姿はそんな日々の些末な鬱憤など考える必要もないほどに気楽さに満ちている。
町並みの建物から香る民たちの生活の鼓動
きっと本来の姿では少し張り詰めた空気になってしまうだろうそれも今この時だけは手を伸ばせば触れられる親近感。
普段、民のことを考えて取り組む事でも自分がどこまで応えられているのか、こうやって見るのもまた楽しい事と言えるのだろう。
昔…もうどれくらいなのか分からない程の頃は、己のやりたいように、過ごし易さを大きく政を動かしていた。
今思えば幼く拙い指針であったのは我ながら苦笑しか浮かばないが、今もこうしてこの国が続けられるのは、時にこうして町に繰り出す事で気付かされた、気付いた事があるのも理由としては大きい。
「ふぅ…」
町角のとある飲食店で休憩がてら取る軽食と茶。
大通りに面したこの店に今日と同じような形で訪れたのはいつ以来だっただろうか?
その時もやはり今日と同様に茶を嗜みながら、眺める大通り。
道行く民たちは時に忙しそうに、時に穏やかに、生活を営んでいる。
普段は目に映らないソレらを見るのもたまには必要な事だ。
「お味は如何でした?」
「ん?…」
店主から掛けられた声に目線を向ける。
今まで何度か…といってもこの店主になってから数えられる程度だが。
「勘違いならすいません、父から聞いていた姿と瓜二つだったもので…」
聞けばどうやら私はこの店にとっての不思議な客扱いだったそうだ。
それも代々続いているという。
「…あぁ、言われてみればそうかもな。」
お忍びで町に出る時、必ずここに訪れていた。
あまりにも些末なこと過ぎて今になって気付いた。
「ふふ…成る程な。」
店主としばしの会話を楽しんだ後、再び町の散策に乗り出した私の足取りは何故か軽かった。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
その姿からは王と違い一人の青年であれ
次回もお楽しみに!