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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第九章 禁呪
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其々の分岐点

8章閑話

「所長、出発の準備は……はぁ…」

上司の篭る部屋を訪れたパーシィが溜息と共に肩を落とす。

明日の出立を前に件の相手は日常運転過ぎる程に明日からの非日常、王都を立つ事への準備の様子が然程も見えなかった為だ。

窓から差し込む日差しは橙色、勿論日の出前のソレと違い、今日の一日に暗闇と静寂を付け加えるための光。

明日までに上司の準備が終わるだろうか?と彼女を悩ませる。

「ああ、パーシィ。準備なら終わっているよ。必要な機器はすでに積み込んでいるし、書類は必要ない。私の頭に全て入っているからね。」

フフン、と鼻息を噴いて胸を張る上司。

「積み込み済みの荷物とやらに洋服の類は?」

誇らしげなノプスを褒める、なんてことは無い。

「………」

上目遣いに思い出すのも一瞬、殆ど間を開けずに部下に返したのは言葉ではなく、乾いた笑いと少しの冷や汗だった。

「はぁ…で、何をしてたんです?」

もう一度溜息を足して問われたのは、手持ち無沙汰の回収にもってこいの手作業。

「面白そうな素材が入ったからね。作るというよりは視ていたところだ。」

差し出された手の平に置かれていたのは…

「これは…」

「壊れてはいるようだが、人形の核と思しき中でも動力の中心のようなモノだ。」

いずれも破損しているが、と残念な言葉の裏に好奇心を擽られるような目が光る。

「やれやれ…キリの良いところで終わらせてくださいよ?所長。私だってそれなりに忙しいんですから。」

言いつつも止むを得ず、ノプスの了承など置き去りに衣装棚に手を突っ込んだ。

「はーい。」

返事だけはしっかりの上司を尻目に部下は動く。

溜息をもう一度、相変わらずな所長に安堵を感じながら。




「兄様、本当に会われるのですか?」

「個人的にも話をしたい事もある。招かれたとあれば断る訳にもいくまい。尚更な。」

「そう、ですか…」

間に立ったのは確かに自分だ。

それでも両者の立場と想いを考えれば胃が痛くなりそうな事実は歩みを重くする。

横を歩く兄の歩幅が以前より小さいのがせめてもの幸いか。


「お待ちしていたわ。」

もう随分と立入りに慣れた屋敷。

不思議な事に建物から感じる雰囲気は、以前より一層温もりに溢れているように思う。

それは現当主、出迎えてくれた夫人の想いにこの家そのものが応えているからだろうか?

「夫人、今日はお招き戴き痛み入る。」

「いえ、私も貴方とはちゃんと時間を取らなければ、と。」

抱擁は流石に無いが、ヘルトの目には互いが全て達観したような…それでも決して諦めや怨嗟といったものが皆無にも感じられる程の雰囲気だ。

これもまた重ねた年月、生きてきた歳月の違いなのだろうか?


「見た目も含め、随分と丸くなられましたか?」

「アレの影響は俺にも及んだ…それは貴女も誇っていい故人の実績だろうな。」

「…討ったのが貴方で良かった、と思う日があります。」

夫人の言葉にヘルトは驚きを隠せない。

相手はよりにも依って愛する人を亡き者にした張本人だ。

自分ならきっと悲哀と恨みを拭い去ることはできない。

「…故人とは長かった。」

兄は言いながら己の拳を数回、開いて閉じる。

私の知らないところで夫人にも、兄にも思い出がある、恐らくは互いに領主となる前から。

きっとその記憶、思い出が今日この時の時間を創ったのだ。


「時に御婦人、貴女も気にかけているあの娘、この先どうされるつもりか?」


時間は随分と思い出話に費やされた後に、兄が改めて挙げた話題。

知る者からすれば名指しでなくても誰の事か明白、私を含めて彼女にどう接していくのかある意味に於いて誰もが其々の動向が気になってしまうのはヘルトも同じだ。


「もう随分とあの子と過ごして来たわ。」

彼女の両親は健在で、自らもよく知る人物、それを踏まえた上でも娘のようなモノだと言う。

「何が起こったとしても私はきっとあの子を支える立場を変える事はないでしょうね。」

「ふむ…そうか。」


「あの、兄様…」

面会を終えて宿舎に戻る道すがら、今の主と言っても過言ではない話題があまりにも手早く終わってしまった事に少しの違和感を抱いたヘルト。

「ヘルト、お前も自らの意志をしっかり持つ事を忘れぬようにな。」

仔細を伺うにもそれすら兄は答えてくれるような気がしない。

兄の言葉が棘のように心に遺る。

その意図は兄が示唆する未来の形に投じられた一石なのだろうか?


歩幅は自分より小さいはずのその背中を、少し小走りに追いかけている。

それが今の自分の姿だとヘルトは己を見つめた。




「はっ!…ふっ!…っく!?」

掛け声に重ねるように重苦しい音が地を、壁を揺らす。

「鈍ったね。」

拳を繰り出す側に息を切らす様子はない。

「はぁ…はぁ…はぁ…こ、この、ば、バケモノめ…」

悔しそうに汗を拭うその顔面、口を塞ぐように放たれた拳を寸での所で受け止めた。

「口が悪いですよ、姉様。」

「ちっ…今に始まった事でもねぇだろうが、よっ!」

繰り出した拳は容易く払われた。

「…やれやれ、やはり。」

崩された脇腹にドスりと鈍い音、衝撃で中に浮かぶ、というより飛ばされる体、衝突した壁の石材がパラパラと崩れ埃が舞う。

「昔から私には勝てなかったものね、姉様は…どれだけ鍛えても結局は無理なよう。」

「くっ…」


人の姿はまばらとは言え、最近のガラティアの姿を見ている者からすれば珍しい光景と言える。

普通の人から見れば健康的そのものと言える女性図。

多少なりとも親交のある者からすればそこに屈強そう、頼り甲斐のあるといった印象が足され、更に身近に居る者からすれば身体的にも才に恵まれ日々の鍛錬も怠らない、そんな実力の持ち主といった具合。

しかし、目の前で拡がる光景はそんな彼女の熱い血潮に冷たい刃を挿し込むような予想外のものだ。

事実、彼女に打ち勝てる者はそうそう居ない。

それが地に膝をつけているのだから当然相対する者の実力も相当なモノだと理解は容易い。


「怠けてるつもりはなかったんだけどなぁ…」

強者との立会を望む事でもよく知られるガラティア、口から漏れた言葉に偽りはなくその日常を目にする者共に取り組む者も決して少なくはない。

「姉様は昔から時間の使い方が残念過ぎるんですよ。」

打ち負かされた相手、実の妹で領主という肩書からは解かれたものの以前とそう変わらない日々、西側の取り纏め役を継続しているパルティアはやれやれと言った風に姉を嗜めた。

「まぁ…色々事が起こるとなぁ。」

実践での得るものはあるが、それでも決して衰えているとは思えないはずだが、現に同等の才を持つ実妹に打ち勝てる想像は彼女自身ですら見出だせない。

「久し振りに会えたというのにこんな理由だったとは…」

「すまないねぇ、アタシもまだまだ未熟って事さ。」

今一度溜息を吐いて立ち上がり裾を軽く払う。

「いつまでも手の掛かる姉様ですね、続けますよ?」

やむ無し、と不満気にも見える妹の台詞にニンマリと口角を上げて大の字に転がしたままの体を起こし、跳び上がる。

「お前が満足行く程度には頑張るさ。」


再開された凡そ鍛錬には見えない立会は、訓練所内部に熱量と衝撃を生み出す。

彼女をそうまでさせる理由。

今のところ彼女の実力で揺れることのない壁の存在は明確な差を浮き彫りにさせた。

今の彼女を突き動かす原動力は横に立ちたい者の存在、自分より一回り、二回り以上に幼い一人の少女。

ある意味熱狂的過ぎる程のその気持ちが何処から湧き上がるのか?

想いの乗る拳は空を切る。

決して軽くはない一撃は残念ながら対象を捉えられないが、揺れる空気は確かなものだ。




「叔父様、これもお願いします。」

最近になって一層と訪問者が減ってしまった書庫は以前にも増して重くて静かで、それでいて何処か落ち着く、そんな空気感だ。

その室内も今は数名の足音と作業を現す空気の流れが通り過ぎていく。

「ロニー、あっちの棚から一通り出してきた。」

「うん…えーと、他には…あ、あっちにもこの辺の項目があるはず。」

「成程、叔父様、お願いします。」

旧東領主グリオス=オストロードからはすっかりとその肩書が掻き消され、今日この時はガタイの良い運搬係と成り果てている。

それでも当人に不満な様子がないのは、久方ぶりに叔父と呼ばれ頼りにされているという点か、何も考えずに姪御に頼られるのはこうも嬉しいものか、と。

姪御といってもグリオスにとっての2人は実の娘といっても過言ではない。

物心もつかぬ内に両親を亡くした2人を引き取って以降、ずっとその成長を見守ってきたのだ。

こうして2人に顎で扱き使われる事に不満な事などどこにも無い。

むしろ自分では及ばぬ事、それを姉妹協力しあって取り組む姿に感動すら覚える。

「しかし、王城の禁書でしか得られぬ事に今更ここの書物が必要なのか?」

昔から2人の知識と知恵はグリオスの統治を安定に導く素晴らしい結果を多く齎してきた。

その考えを疑う余地はないと思っていても禁書の閲覧が可能となった今、ここから得られる物があるというのは少々腑に落ちないところがないわけではない。

「叔父上、禁書といってもそこに記された手法は決して今の解読法から逸脱する事はないのですよ。読み解く手法という中を生きてきた稀な記述というだけの話でね。」

「ほほぅ、そういうものか。」

「叔父上も領主を引退した今こそ読書など如何か?」

と薦められたものの、この姉妹の片割、妹はグリオスからすればもう少し身体を動かした方がいいだろう、とも思う。

「まぁ、気が向いたらな。」

今はその時ではない。

グリオスはまだ皆を守るためにその身を呈して前に出る事、それが性に合っているし衰えなど感じている場合ではない。

その血縁が遠くとも、この姉妹を見守る事が何より重要な事なのだから。

そして2人がこれほどまでに惹かれる少女の存在。

自らもまた少女に惹かれる事もあるのだ。


姉妹の存在、少女の存在、それらを取り巻く若き者たち。

彼らがこの先の未来で笑顔でいられる事、それが何よりであって、それはきっとこの国の、民の安寧に繋がる事だと、信じている。


「馬車、壊れないか?」

「ふふん、こう見えて私も研究に時間を割くのは惜しまないのよ。」

学術院の外、グリオスの手によって運ばれた書物が積まれた馬車。

すでに積み込まれた書籍の数は相当な量だ。

車軸がミシミシと今にも砕ける音が聞こえそうで怖い。

何事か自慢毛な姉は、馬車に向けて手を翳す。

いつの間に、と感じる刹那、浮き上がる紋様。

沈んでいた車体が浮かび上がるような印象と、それを引く馬も身軽そうに嘶く。

「へぇ…こんな細かい陣まで描けるようになったんだねぇ。」

「貴女より実践的なのよ、私は。」

「知ってるよ。」

「あの方に比べればまだまだよ。」

「今頃何してるんだろうね?」

「付き添いが居るって言っても久しぶりの里帰りよ。気分転換ができているといいわね。」

「いつも以上に緩んでるかもね。」

「むしろその方が安心できるわ。」

件の人がいるであろう北の地、その空を眺めてふと、妹、ロニーは呟く。

「私も近いうちにオスタングに戻ってみるかな。」

「あら、珍しい。今晩は雪でも降る?それとも槍かしら?」

建物の中から次の書物を抱えて、2人の叔父が姿を現した。

「物騒な話でも思いついたか?」

「物騒…問題を起こしそうという意味では、叔父様からすればそうかもね。」

「おいおい、私を何だと思ってるんだい?」

「問題児。」

「ひっど…まぁ、わからなくもないか。」


「ふふふ。離れていてもやはり姉妹、か。」




「老体には堪えるねぇ…」

「何をおっしゃいますか、心にも無いことを。」

監視塔の天辺、見た目は確かに老婆、しかしその眼光の鋭さが夜闇に目立つ。

周囲を見渡していた優男、リアンという名で知られている優男が冗談混じりといった言葉を返す。

「冗談でもないさ。お前さんを含めて若いもんは多いじゃろう?」

「嬉しい言葉ですが媼が構えてくれているからこそ、ですよ。」


「遅かったねぇ、どうだい?」

老婆の言葉を端に松明に照らされた3人目の影が揺れる。

「まぁ予想はしてたけど普通に通れた。」

「我々ではこの先お役に立てない可能性が高い…と。」

「外にばかり目を向けても仕方あるまいて、それに…いや、結論を出すにはまだ早い、か。」

老婆の視線は西の空に向けられる。

「何か?」

思わせぶりな言葉にリアンは追及を止められず。

「あー…そういう事か。」

されど共に行動することの多い相棒は何かに気づいた様子で。


単純な力量だけの違いではない可能性。

エルメリートが察したのは各々の取り組みの中でも自分に似たところも多い豪傑。

老婆の考えではそれだけではない何かがこの先に、あの向こう側に行くために必要なのではないか?と。

「アレの役に立つ、むしろ自由にしてもらうためにアタシらが出来る事を探した方がいいのかもしれない。」

「我々は外に出るべきではない、と?」

「外の世界とやらに出れる事、出れない事の意味をわしらはあまり考えたことはないからのぅ。必ずしも当主と共にあることが我らの役割ではないのは今に始まった事じゃなかろうて。」

「必要な情報を集めるのに必要なのは力じゃないさ。むしろリアン、アンタの方がそういった事に長けてるはずだろう?」

「…ではエル、貴女には今以上に動いて貰わなければなりませんね。」

「できればアタシはお役御免で酒呑んで暮らしたいものだけど…」

2人のやり取りにやれやれと口を開く老婆。

「お前さんよりわしを隠居させるってつもりはお前さんたちには無いのかい?」

その言葉に顔を見合わせて苦笑する2人。

「その願いが叶うように私たちもまだまだ、という事ですね。」

「強欲婆め」

老婆の眼光が一瞬鋭くなるが、向けられた相手は何処吹く風。

その様子にまた苦笑する優男。


「あの御方も何事もなく戻られると良いのですが。」

北の空に目を向けた優男は少しだけ気掛かりに思う。

「アンタの探知も流石に届かないか?」

「いえ…うーん…そう言われると正しくもあるけれど…」

老婆は慣れた手付きで嗜好品に火を灯す。

「大方、気配そのものが消えてしまった、ってぇとこかい?」

「!!…お気付きでしたか…」

「アンタに心配事があるのくらい、婆じゃなくてもわかるっての…おっと。」

今度は己の失言に対して口を抑える、が当然聞こえていないわけなどない。


自分たちが籍を置く組織は陽の下に出られるようなまっとうな物ではない。

が、それなりに費やしてきた時間の中でそれなりの、そこそこの、止む負えない規模の拡縮は何度も、何度も、何度もあった。

3人は今となっては頭から数えて古参にあたる。

特段何事もなければ、一番に姿を消すのは老婆だろう。無論この老婆が不老不死でもなければ、という話ではあるが…。

そうなった時、残る2人がどのように振る舞うのだろうか?


互いに口にすることはないが、互いに理解している。

今、自分たちが直面している情勢、状況は間違いなく自分たちの組織が築いてきた時間と歴史よりも更に古いモノが動いている。

より大きい波が押し寄せた時、波紋のように静かに広がってきた波にどのような変化が顕われるのだろうか?


今は待つ、波の指針であるその者が戻る日を。



それぞれの場面、それぞれの繋がり、それぞれの今後を考えていると思った以上に時間がかかってしまいました。

(更に言えば章間のタイミングを多いに失敗したという


最近更新頻度がすこぶる落ちておりますが、忙しさの合間、体は元気です(多分


次回から9章に入る予定ではありますが、さて…どうなることやら

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