399話 新しい枝葉
399話目投稿します。
彼らが過ごしてきた時の中でも最大の賭け
知らない事実を耳にする。
本当にそれが事実だとして、予想がつかないこと程に時にその重大さは時間を掛けて着実に心を揺さぶる。
もしそれが知らない世界、知らない人に及ぶ事であれば自分に何か出来る、何かして上げられるほど余力なんて持ち合わせていない。
けど今は結果は分からなくても着実に今まで生きていた当たり前が姿を変える。
それだけの脅威を知っているのは果たしてどれ程いるのだろう?
目の前でそれらを語った男、彼が見せた数々のモノは私たちにとってあまりにも現実味が無いのに、その事象が起こり得る事を信じさせるだけの言葉の強さがある。
「あまり公平とは言えないが残された時間が少ないのも事実だ。」
『何で私に選ばせるの?』
「私個人としては興味がなくとも、キミたち人間の感情というものが左右する事もある故に。」
私が取れる選択肢は二つ。
受容か拒否、その後者を選んだ場合は手段は分からなくても強引に彼の目的に私の価値が挿し込まれるだろう。
でも彼なりの評価では成り行き、止むを得ずとしても私の気持ちが前に向いている事が効果を高めるという事だ。
「オマエに何かあれば暴れちまいそうだ。」
戸惑いを隠せない私の肩に添えられたカイルの手。
正直言えば、シャピルを含むこの施設が齎す恩恵は計り知れないが、私の行動とその結果如何でこの馬鹿垂れは何を仕出かすか、あまり考えたくはない。
『心配し過ぎよ、私が簡単にやられるわけないでしょ?』
「ま、そうだろうな。」
当たり前だろう?とでも言いたげな表情。
『…』
してやられた。
『いいよ。受けて立つ。』
「いい答えだ。それでこそ選んだ事に繋がる結果が見えるというものだ。」
『?…』
再び場所を移して私の身に待ち受けていたのは何と無くの予想に反して拍子抜け。
『えっと…これでいいの?』
「事の起こりなど存外小さな事の方が多い物だよ。」
しかし、と
「キミはこの後、肉体的にも精神的にもそれなりの苦痛を覚えるかもしれない。それだけは理解していてほしい。」
難しく、且つ怖い事を言う。
「何ともねぇのか?」
『うん…』
怪我…とも言えないし傷口など既に跡形もない。
てっきり件の筒にでも放り込まれるかと思っていたが、僅かな血を取られただけだ。
それすら一瞬のチクリとした痛みだけで後に引きずるような事もない。
以降、案内された部屋は相変わらず何かあるようで一見何も無い部屋だ。
『えーと…』
教わった通りに手を動かすと浮かび上がる紋様に促され、部屋と思える程度の形になる。
「よく分からんけどすげぇな…」
『少なくともここで見聞きした事、私たちにとって今後大切な経験だと思う。』
言わずとも分かってる、と頷きが返ってくる。
『どうなるんだろう…』
「皆のことも気になるな。」
ここに来て短くも数日。
旅に出るなら気にされても心配される事はないが、少なくとも両親は私の姿が見えなくなってカイルに探索を頼んだのだから、今もきっと…。
それが王都の方にまで伝わったとしたら、それなりに多くの知人に心配の意識が伝染してしまう。
『怒られる…かな。』
「だな…」
夢を見た。
今居る場所に比べれば、見覚えはなくとも自分たちの日常に近い風景。
私の意思の及ばないところで視界はぐるぐると変わる。
その多くが様々な本を開く、そんな興味深い光景。
残念ながら内容をじっくり読み解く事はできず、目まぐるしく映る視界は書物だけでなく時折隅に見える町並みの姿も変えていく。
『ん…』
深い暗闇を経て、しかし逆に意識は鮮明に。
口から溢れた声はしっかりと自分の耳にも聞こえる自身の声だ。
「少し魘されてたな。大丈夫か?」
顔を覗き込むのは幼馴染。
掛けられた声に頷き、右手を引き寄せる。
夢の中と違ってちゃんと思った通りに握られた拳。
『変な夢見た。』
気分はどうかな?
声…ではない。
頭に浮かぶ心配を伺う言葉。
無論、驚きに周囲を伺っても言葉のヌシの姿は無く、傍に居るのは心配の表情に疑問符を足したカイルだけだ。
悪くはないようだ。安心した。
再び脳裏に浮かぶ言葉。
声色…というのもおかしな表現だが、相手はシャピルに違いない。
そもそも考えるまでもなく彼の他に居ない。
キミが直面する苦悩の一つがコレだ。
何かされた、いや実際に結果は知らないとしても受け入れたのは私自身だ。
昨日の出来事がそれに当たる。
まるで頭の中に沢山の人の声が聞こえる、そんな印象だが心の声なんてモノとは違う。
今までに知らなかった知識を詰め込まれたような、そんな感じ。
心配そうなカイルを余所に、シャピルからこの状況と意味、扱い方、そして彼の今後が語られる。
苦悩、ね。
確かにあまり気分が良いことじゃないかも。
常に自分の全て、想いをも覗かれているようなそんな感覚。
彼自身は気にもとめないが、その感覚の違いは私と彼が違うモノだという証に他ならない。
安心してくれたまえ、このやり取りもキミ自身の慣れで次第に不要になる。
我々が現存する限り、その知識だけが共有されていく事になるだろう。
現存…貴方たちが居なくなるような事があるの?
我々も不滅ではないよ。
何故この場所なのか、キミたちがどうやってここに辿り着いたのか、留めておいてくれ。
絶海の孤島。
その地中深く、彼らがここに拠を構え、私にその知識の片鱗を与えた理由。
無造作に思い返す彼らの書籍はあまりに膨大で、今すぐに読み解き辿り着くにはまだ時間が足りない。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
幸の一歩となるかはたまた不幸の引き金か
次回もお楽しみに!