395話 一人、一つ、静かな居場所
395話目投稿します。
人が不要な暮らし、それは決して人が暮らせない場所ではない。
『あー…これは酷いね…』
「キミもそう思うかい?」
カイルを船内に招いたのが理由なのか、シャピルに声を掛けてみたところ、船内の自由行動が解禁された。
「あの特別製の人形を真っ二つにするとは思わなかったが、まさか一緒にここまで切り落とすとはね。」
『貴方の予想を外れることもあるのね?』
「さて、どうかな?。謙遜や謙虚という言葉を知らないわけではないよ。」
その行動自体がシャピルとしては珍しい事だ。
『カイルを煽てて特があるの?』
「キミを留めておく事以外に必要はあるまい。」
と言ったものの、やはり特別製という人形が倒されたのは可能性としてあったとしても、確率は低かったのかもしれない。
想定内、と織り込んでいても何か嬉しいのか、口元に柔らかさが見えるのは気のせいだろうか?
『貴方にも嬉しそうな顔ができるのね。』
「ふむ?…私は今笑っているのか。成程…」
『感情が無いって言う割には楽しそうに見えるわ。』
「そうか、何と無く思い出した。」
知識を只管に溜め込むだけの人形と同じ体を持つ存在。
とはいえ、その起源は私たちと同じ人間だ。
遥か昔に捨てた人としての感情は、ある意味今のシャピルには新鮮に映るのかもしれない。
『にしても…よく問題なく動いてるわね…』
「問題がないわけではないよ。お蔭で資材の大半が海の藻屑だ。」
『目的地までは無事に?』
「どうかな?、これ以上の問題が起こらないことを祈るとしよう」
凄い技術力を要した船で飢え死になんてのは笑い話にもならなさそうだ。
「いやぁ…すまねぇ…」
頭をポリポリと掻きながら予想外の力を魅せた張本人が現れた。
謝罪の言葉はそれ程重みを感じない。
「キミの構造を調べてみたいものだ。」
「そ、それはちょっと…」
ついぞ先程まで対峙していたはずの2人に不穏な感じは全く無い。
『一先ずは目的地とやらに辿り着くのが重要みたいね。』
「何か手伝える事はねぇか?」
「特にはないね。そもそもこの船は人の手を不要としているからね。私自身すら必要ないんだよ。」
「そ、そうか。」
『落とした資材の回収にでも行けば?』
よしきた!と身を翻したその首根っこを掴む。
『冗談よ。ちょっとは落ち着きなさい。』
彼なりに申し訳なさを感じているようだが完全に空回りだ。
しょぼくれる様子のカイルはまるで小さい子供のようで、少し昔を思い出す。
イタズラして怒られた時とか、今みたいな顔をしていた。
目的地は壁の向こう側。
当初は王国の南側にあると思われていたシャピルの本拠…とはいえ、彼とはまた別のシャピルが南方に居る可能性はあるが。
私たちの予想に反して、王国の北、人が訪れる事などまず有り得ない程の不毛の大地。
本人曰く、煩わしくない。
その一言に尽きるらしい。
昔は彼以外のシャピル家も訪れ、過ごす事もあったらしいが、人の身にとって過酷過ぎる環境は安寧を求める人たちにとっては真逆の環境だ。
「お蔭で今となってはシャピルの名を持つ者ですらあの場所を知る者は少ない。私としては有り難い以外の事などないが。」
察するに彼自身が他の者と道を違えてから随分と経つようだ。
人の道から外れた主と、人の道を捨てられなかった末裔。
豊富な人材を集め、育て、一族の繁栄を永劫にする彼らと、一人で永劫にこの世の全てを理解しようとする宝庫。
部外者故に感じるのは、その二つが再び交差してしまえばどんな事が起こるのか?
せめて人々の恐怖の対象にならなければいいのだが。
今のところその予定はない。
そうは言っても果たして…真にシャピルの頭脳が世に開示される日が来たなら、人としてのシャピルはどんな手を打つのか。
彼ららしく、再び家督争いが勃発するのか?
それでも目の前の本人は興味を示すこと無く、北の大地で一人静かに隠遁の日々を送るのだろうか?
『確かに人のままでは居られないのかもしれないわね。』
「今の私はこの船や、私が作り上げた汎ゆる完成品と同様だ。」
完成品…彼に触れる者が居ないなら、そのまま完璧な完成品で居られただろう。
でも彼は失敗した。
彼自身もその意味に気付いてはいない。
『貴方が過ちというならきっと、私に会いに来た、私に興味を抱いたからだよ。ついでにカイルもね。』
哀れみや同情なんてのはさらさら無い。
強いて言えばこれは彼にとってはお節介で、私にとっては只の欲望、願望。
呟いた言葉、その想いは彼に届くのだろうか?
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便利さは、便利を必要としない物の方が作りやすいのか?
次回もお楽しみに!