393話 手加減の回想
393話目投稿します。
いつでも彼は、いや見る毎に彼はまた新しい扉を開く
「オマエはもう戦わなくて良いんだ。」
彼がそう言ったのがつい先程。
怒られるとしたらマリーやヘルトだと思っていたが、怒鳴らずとも彼が私に対して怒っていたのは事実だ。
『巻き込みたくなかったのに…』
「そりゃ無理だろ今更。」
秘密が通じない間柄というのにも弊害があるものだ。
『でも、どうやってここに来れたの?』
カイルの頭でシャピルとの会話で打ち勝てるとは思えない。
「良くわからんけど、船を叩き切った。」
『へっ?』
力技と言えば彼らしいところだが、言葉の意味が頭に入ってこない。
勿論、遠回しに口を開くカイルではないのは知っているが…。
言葉通りと捉えるなら未だに揺れるこの船はどう説明すればいいのか?
『ちょっと待って、何言ってるのか分かんないんだけど…』
「いや、俺も驚いたんだが…」
「キミが彼女と同様に私の眼鏡にかなうか、魅せてくれたまえよ?」
空を薙ぐように振った指先は細かく虚空を走る。
その軌道を追うように青白い板が浮かび上がる。
その見た目だけで言えば見覚えはある。
改修された魔導船の操舵室、そこでヘルトさんが操っていた物に似ている。
恐らく技術的にはこちらの方が先だ。
男の背後、船の甲板が迫り上がり、箱の形が無数、ガチャリと音を立てて鉄の板が下がる。
王都の地下でも見た姿。
あれの時よりも見てくれからして強化されているような人形。
「ハッ!…面白そうだ。」
口角が上がる。
昂る心が体に馴染む。
どれだけ武器や鎧で強化されていたとしても、負ける気なんて全くしない。
「好きなだけ暴れると良い。キミの力を示せ。まずは小手調べといこうか。」
「ふっ!」
腹に力を込めて、放つ。
「まるで羽虫のようだな。それ程強くはないとはいえ、そう容易く砕ける物ではないのだがね。」
「お眼鏡というやつには適ったのか?」
「甘いね。この程度、壁を渡れる者ですら熟せる。」
そうして再び腕を振るう。
先程の人形より一回り、二回りも大きなソレは今までの白味掛かった姿から一転、黒光りするソレは甲板の、この船と同じ材質にも見える。
「正解だ。密度は違えど船と同様の強度。次はそう容易くもないぞ?」
「上等だ。」
斬るのは流石に難しいか?
一度振るった手応えはあったが、加減をすれば振り抜く事もできないかもしれない。
「でもまだまだだ。」
先の白いヤツ、そして眼の前のコイツ。
いずれにしても俺と違ってその内に魂など持ち得ていない。
「そんなの、いくつ来たって負ける気はしねぇな。」
「フフフ…」
ズズん…!
何度か一寸違わぬ位置に刀身を重ねた。
「これすら切り落とすか…頼りにされるわけだな。」
「よっ、と」
ふぅっと一息整えて、愛刀を肩に抱える。
チラりと横目で見る刃先に刃毀れはない。
流石は王国一と誉れ高い名匠の一品だ。
俺の手に、しっかりと返事をしてくれる。
「次が最後だ。」
今度は薙ぐではなく、天に伸ばした手。
一瞬浮かんだのは…
魔法陣?、マリーさんやフィルが扱うのを何度か見たことはある。
一瞬とは言え、それを見逃す程に気を抜いてはいない。
「今までのとは一味違うぞ?」
あくまでも抑揚の感じられないその表情が一層不気味さを引き立たせ、そして翳した手の先の虚空に魔法陣が描かれる。
「…少し首筋がヒリつく。」
自然と口から漏れた言葉。
描かれた魔法陣は、先程の鉄人形よりももっと大きい姿だ。
そして何より、今までのただの人形と違って、その全身から魔力が感じられる。
その手の気配を探るのが得意じゃない俺ですら分かるほどに。
「厄介そうだ。」
「いやぁ…ありゃ硬かったわ。」
軽い口振りからはまったく分からないが、少なからず体のあちこちに傷を負っている事からすれば確かな事なのだろう。
『…まったく…』
残る傷跡に手を添える。
ぼうっと薄い光を発し、魔力で傷を癒す。
得意ではないが、応急処置としては十分だろう。
『で、アンタがここに居るって事はそれも斬り落としたって事でいいの?』
「斬り過ぎた…というか、ありゃ手加減なんてできねぇよ。」
腰に下げた剣。
普通の物より柄の長いそれを鞘ごと手に取る。
指を這わせてしみじみと口を開く。
私の魔力では多分彼のようには行かなかった。
戦うための単純な総量でいえば、竜を宿した私の方が多分高い。
それでも多分、もう私がカイルに勝つ事は出来ないだろう。
無論、そんな時があっても、私自身はカイルに剣を向けることは出来ないだろう。
そう考えれば、悔しいような、嬉しいような不思議な気持ちに思い至る。
「いやぁ…オジサンの斧で出来たから、こいつでも行けるかな?って。」
一度だけ見たことがある、その体全部を乗せて手に取る武器に込める。
そこから放たれる一撃は、とてつもなく重く、彼次第ではあるが、剣で斬るというよりは叩き潰すと言ったほうだ正しい。
『で、船丸ごと斬っちゃった、と。』
「へへ、いやぁ…」
『別に褒めてないんだけど…』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
結局はそれすらも計算され尽くした策に埋もれていく
次回もお楽しみに!