387話 全知の問いかけ
387話目投稿します。
空に浮かぶ巨大な船の中、交わされる問答。
『本当に瓜二つ。背の高さも…』
改めて眺める王と同じ姿を持つ男。
「始めまして、というのもおかしな話だが、人はこういう事に重きを置くのだろう?」
その姿に見合う所作で私に挨拶をする。
ラグリアに礼を重んじるところが無いわけじゃないが、彼の行動そのものは王が取る所作ではない。
どちらかと言えば、そうされて応える側なのが王の立場だ。
「そうだね。この姿で見れるのは新鮮ではないかな?」
『そりゃまぁ…』
一度だけソレに近い行動を見たことがある。
初めて王城に足を踏み入れたのは領主会談に合わせた社交会。
ただの田舎娘だった私に手を差し伸べたラグリアが恭しく頭を垂れた。
今思い返してもその時の王の気持ちは私には分からない。
汎ゆる事象が分かりきっているかのようなシャピルと同じに、私の現状を見据えた上での行動だったのだろうか?
『例えば今私が暴れたりって予想は?』
「ないね。キミはお利口さんだ。意味がない事ぐらい説明するまでも無いだろう?」
理由、ここで暴れる事で塞がれてしまう道の方が大きい。
得られる物と言えば人形と自分を喩えるその硬さが分かる程度。
『私はどうなるの?』
「まずキミの気掛かりを減らしておこうか。この船内なら壁は無意味だ。安心していいよ。」
どんな仕掛けなのかは聞いたところで理解できないと思う。
そもそも対象である壁の事すら分かっていないのだから、はっきりさせるとしたらそちらの方が私たちには有用と言える。
「キミとセルストの力は少々厄介なのは分かっていたからね。彼の力を削ぐ事に成功は出来た物の、予定としては前倒しだ。」
予定と言われて思う。
何もかもが決まっていた、決まっている。
まるで世界の事象の全てが定められているかのような、そんな口振り。
『それは貴方の予想?それとも決まっている事だとでも言うの?』
「どちらが好みかな?」
正直なところどちらも好きじゃない。
彼の予想だとしたら、彼の企みは一体何処に向かっていて、何が目的なのか。
『未来が決まってるのは嫌だな…それに…』
もしそうなら私が飛ばされた世界はどうなっているのか?、何等かの変化があるのか?
見えてないはずの道は創り出すのではなく、単純に暗かっただけなんて、あまりにも悲しすぎる。
『そんな世界は楽しくないよ。』
「楽しさ、か。」
「一つ聞かせてくれないか?」
選択ではない問い。
彼にも分からないことがあるというのだろうか?
下手したら私以上に私の事を知っているかもしれないシャピルが私に何を聞きたいのか。
「喜びというのは時が経っても変わらない物ではないのか?」
ああ、そうか。
答えを知らないわけじゃない。
知識として忘れてしまったわけじゃない。
それがどんな気持ちなのかを知っている上で、それに触れた時、人が何を思うのか。
心を切り捨て、ただ収集する装置と成った彼でこその問いだ。
『貴方にも懐かしむ気持ちがあるの?』
「古き良きというのは史跡や伝統のような物だけだとは思っていたのだがね。」
『貴方がどう考えているのかは分からないよ…でも、例えば久しぶりに食べた母の料理、離れていても変わらない故郷の姿、小さい頃からお気に入りの場所、それって時間が積もる程に懐かしくなって、昔を思い出すわ。』
胸の奥に確かに感じる温もりは、どれ程小さい事でも私の宝物だ。
いつかまた、全てが終わった時、戻りたいと思えるだけの価値が私の中にある。
『ノザンリィは何も無い所。この季節は寒いし、べーチェも凍えてた。慣れない人には辛いし不便は沢山ある。それでも私はここが好き。貴方には帰りたい場所、ないの?』
「故郷…故郷と言える場所は私には無い。いや、正しくは無くなったというべきか。」
遠い、遥か遠い昔、最初と言える彼が暮らした国、町は時の流れと共に栄枯盛衰を繰り返し、その姿は失われ、今となっては誰も知らない、歴史書にもその名は記される事はない。それでも彼の故郷は存在していた。
「この姿になってどれだけの時を過ごしたとしても…そうだな。あの町の喧騒は耳に思い出す事は出来る。」
そう言って、少し…ほんの少し、シャピルは笑った。
「何故嬉しそうなんだい?、キミは自分の立場を理解しているか?」
少し不機嫌そうに見えるのは気の所為ではない。
少しだけ彼の表情に現れた変化。
それは私にとっては嬉しい事だ。
『そうだね。』
今の私は囚われの身である事は紛れもない事実。
果たしてこの船はどこに向かうのか?
件の壁、国境はすでに越えているのか?
外の様子が見えないこの部屋からは何も分からない。
ただ、足に響く振動は止まること無くこの船が目的地に、私の故郷から離れているという事に相違ない。
どれくらいの時間が経っているのかも分からない。
もう夜が明けて、外は明るくなっているだろうか?
皆が目を覚まして、私の姿が見えないとなったら、また心配を掛けてしまう。
そして何より、そんなことになれば一番自分を責めてしまう人を知っている。
私は卑怯者だ。
心配かけて悪いと思いながらも、彼ならきっと、と願ってしまう。
彼もまた、私のために命を削ることすら厭わないだろう。
『頼りにしてる…ううん、きっと依存だ。』
良くはない。
良くはないが、私も彼もそれが嬉しくて、楽しくて、辛くて、哀しい。
この思いが目の前の男に通じるのだろうか?
『…立場なら分かってるよ。でもまだ諦めるなんてつもりはないんだ。私も、私たちもね。』
「足掻くのをやめない。それもまた私には持ち得ない心というやつなのだろうな。」
立ち上がり、視線だけで招く。
また新たな扉が無機質な音を立てて開いた。
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人を諦めた者、人を諦めない者。
その戦いはどのような形、どのような流れ、どのような結末になるのだろう?
次回もお楽しみに!