386話 無機質な器
386話目投稿します。
王と同じ姿、王と異なる言葉、その姿を見せるだけの価値はあったのだろうか?
『貴方の姿がラグリアと瓜二つなのは何故?』
「アレは特別だ。人形の元になった。」
淡々と事実を口にする様子は駆引きや探りを入れるような素振りもない。
それ故に本当の事なのだと疑いの余地もない。
『ラグリアが元?』
「ああ。アレは姿は似ていても列記とした人だ。」
胸を撫で下ろすような感覚になったのは隠しようがない。
「もし逆だとしたらキミはどうしただろうね?変わらない素振りをしながらもアレを心配してしまうのだろうな。」
彼の言葉は一々的確過ぎて、私は言葉に二の足を踏んでしまう。
彼の思考は汎ゆる事象を根本に置いている。
それ故、こちらが悩む必要もなく、この後に起こり得る道筋すら完成しているかのよう。
「私と違ってアレは頑丈だ。少なくとも500年は問題ない。キミたちが大人しくしているのであれば、だがね。」
その口振りは私が、私たちがそうしない事を確信した上での言葉だろう。
ラグリアと再び相対するような真似はしたくはないが、彼と約束した事、その結果がどうなるのか、シャピルと違って私には予想はつかない。
『頑丈って…貴方は違うの?』
「この身体は器、只の複製だ。王都の地下でキミが破壊した人形は3492体、アソコに置いていた数の凡そ6割強だ。想定よりは少なかったがね。」
『見てたように言うのね。』
「見ていたからな。私の幾人かはキミとその仲間たちに砕かれたのだよ。」
『…あの人形の中に貴方が?』
「違うのは見た目だけだ。その器とて大した違いはない。」
あの戦い、船と仲間を護るための戦いの中に私たちが気づいてなかっただけでシャピルの手は及んでいた。
後のべーチェから得た情報にそんな話は微塵もなかったが、彼女自身が嘘をついていたわけじゃない。
彼女だけでなく、シャピル家の者の殆ど…もしかしたら全てがその事を知らないのではないか?
「勘の良さは確かに鋭い、と言ったところか。」
今、実体ではないものの、私の前に居るシャピルのこの姿すら知る者は少ない。
正直なところ、ラグリアと同じ姿で別の名前を名乗られても、それが間違いなく真実だとしても、実感はまったくない。
いっそ双子の兄弟が居たなんて言われる方がまだマシだ。
残念ながら私の希望は叶いそうにない。
『今更だけど、シャピル…と呼べばいいのかしら?』
無言で頷く。
『貴方は存外に人と話すのが好きなの?』
少しだけ考えるような素振り。
というよりは、自分の行動を鑑みているといった感じか。
「ふむ…見ように依ってはそう見えるのか。キミも感じているだろうが、私は一言も二言も多いのでね。私としては会話というより独り言ではあるのだが…ふむ。話し好きに見えるのか。」
『独り言…』
確かに放っておけばその口は止まることを知らずに言葉を重ねていそうだ。
シャピルからすれば新しい自分の姿を見たと言ったところか?
「ふふふ…これは少し予想外だ。ここに来て新たな自分の発見とはね。ふむ…確かに話すことは嫌いではない。」
笑顔、大声を上げるわけでもなく、優しい笑みでも無いが、僅かに緩むその顔は、ラグリアが見せるものと似て非なる印象を感じた。
同じ顔立ちだとしても、人によって変わるといったところだろうか?
「素晴らしいな。何かやらかしてくれるだろうとは思っていたが、まさか新しい私を見つける事になるとはね。これは…そうだね。何かお礼をすべきかな。」
『いいよ。そんなの。』
嬉しそうにしている…と思うのだが、何故か私は悲しい気持ちになってしまう。
『もっと貴方の話を聞いてみたい。』
「ふむ…キミはやはり物好きなようだ。」
今までこの知識を求める人は多く存在した。
明日の天気から人の命を奪う方法まで、その重みは様々だったが、幸か不幸か、彼自身に興味を抱く者は多く居れども、それは彼の知識と記憶。
彼そのものに興味を持つ者は数える程も居なかった。
言葉を聞いてくれる者が居たとしても、実際にその言葉を聞いて、彼の傍に立ち止まる者は長い時の中でも少なかった。
「私自身に興味を持ったとしても、それらは決して私と歩みを共にしなかったのだよ。」
いつからなのかは分からない。
何度同じ生を繰り返して、数え切れない人と言葉を交わしても、彼のように無機質な人形にその身を宿してくれる存在は居なかった。
「人の命など膨大な知識の中ではあまりに小さすぎる物差しだ。その折を破る者が居たとしても人であることを捨てる者は居ない。」
もし、彼の最初の命が尽きてしまう前に出会っていたなら何か変えられる物があったのだろうか?
それは悲しい事だ。
私がそう感じるのは彼が言うところの不用な物、些事だと吐き捨てられるような感情なのだろうか?
彼の考えはこの先もきっと理解は出来ないかもしれない。
でも今までも重みは違っても考えの違う人とは触れ合った。
完全に理解はできないとしても、寄り添う手段を求めて…。
『まだ時間はあるんでしょうね?』
「無論だ。」
僅かな振動は変わらない無機質な応接室。
先程開いた壁と同様に開いた奥から、その身の透ける事のない青白い肌の男が姿を見せた。
「ふむ…この身を他者に晒すのはいつ以来だったか?、この器では今生にはなかったな。」
感想、要望、質問なんでも感謝します!
少しずつ近付く距離、そこに感情は有りうるのか?
次回もお楽しみに!