表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第九章 禁呪
392/412

385話 知者の形

385話目投稿します。


書物に宿る意志があるなら、その根源は何だろうか?

男は言う。

心程不安定な要素は無い、と。

確かに人の言葉に左右され、目に映る光景に揺れ、場合によっては一瞬で影響を及ぼす。

私は言う。

それでも心は温かい。

決して負の要素だけに左右する要因では無い、と。

時にそれは思いも寄らない力の源になるのだ、と。


「時に人の感情というものは時代をも揺るがす波となる。キミも亡国の話は身を以て知っているだろう?」

今では影響を見せない私の右腕。

遥か西の海底で巡り会った不幸な国の物語。

その中心に居た存在は少しでも安寧を得ているのだろうか?

そうであれば嬉しい。

そう思えるのも心があるからに他ならない。


『悲しい事、辛い事はたくさんあるよ。でもそれがあるから喜びや楽しみも大きく、強くなると私は思いたい。貴方にはないの?』

実体のないシャピルの目を正面から見据える。

けれどその瞳は言葉通り透き通りすぎていて、私の意志すら流されてしまうようだ。

「人であるならそれも良かろう。生憎とこの身体はキミたちが散々砕いた人形と大差ないのでね。」

サラりととんでもない事を口にする。

『?!…あの防御壁の?』

私の驚きように小さく肩を震わせる。

「まさかとは思うが私を人だと思っていたのかい?」

その表情はただ冷たい。

「命など私にとってはどうでもいい。人の生死など些事。もはやこの身を震わせる物があるならそれは研ぎ澄ませた知識だけだ。」


この国が今の名を冠するよりも昔、その時代は恐らく私の右腕に宿る怨嗟の出所がまだ平穏だった頃よりももっと昔かもしれない。

シャピルの言い振りからすれば西の海に浮かんでいた亡国の行く末すら知っていた。

それもまた彼の知識欲を満たすための事象であり、心という要素の無意味さを強めた一件でもあるのだろう。


それだけじゃない。

きっと私たちが知らない事、ラグリアの記憶ですら及ばぬ程の時間。

その身に積もる時間から隔絶され今まで生きてきたラグリアといったとは違い、シャピルは現世を生きて、その身体を、姿を変えて、時間と知識をその身に溜め込んで経験を重ねている。

決してラグリアの生が軽いものじゃない。

むしろその心を痛めてきたラグリアの方が、シャピルより短いとしても、同じ姿を持っていても人間らしい生を全うしていると言える。

彼からラグリアのような悲壮感がまったく感じられない理由。

それは彼自身の口から出たように心というものに一片たりとも興味を持たない、言葉通り人形のような生き方、そのせいだろう。


『…まるで本じゃない。』

知識という名の記録だけを遺す本。

冒険物語のような心が踊ることもない。

ただ歴史を書き記しただけの書物。

彼の頭の中を紙に記せばそれが出来上がるだろう。

彼のような思考に共感する者はそうそう現れる事はない。

ただの本好き程度なら記された歴史から涙するような名作を生み出せる者も居るだろう。


齧りついたら気を失う程に書庫から姿を見せない、外に出る時もその手から書籍を手放さない私の友人はこの男を眼の前にしたらどんな感想、どんな興味を抱くのか?


「ロニー女史、アレも中々知識欲の膿と言えるだろうがね。」

私の思考を読んだように件の友人の名を挙げる。

成程、よく分かっているようだ…。

「残念な事に彼女には人の生を捨てられるだけの理由はないだろうがね。」

多分それはロニーだけの思考ではない。

私でも分かる。

もしもロニーがシャピルのような考えに至るとしても、彼女の姉がそれを許さない。

それが人の生、心を持つ者をの至って普通の考え方だ。


確かにロニーにそう言った考えが皆無だとは思わない。

けど彼女は己に残された時間の許す限りで心の赴くまま、楽しんで欲を満たしていくだろう。

「人の身であればそれは普通だ。良くも悪くもだろうがね。」

元人だった男の思考は人の身のままでは及ばないのだろうか?

『それは後悔じゃないの?』

「知識の根源に至る事に後悔などない。この身の全てを投げ売ってでも己が辿り着く場所はそこにしかない。」

彼がまだ人だった頃、その考えに至るだけの理由があった。

未知を求める心は私にもある。

私だけじゃない、共に旅をした者が誰しも胸に抱いていた気持ちだ。


『知らない事を理解した時、貴方は楽しい気持ちにはならない?』

「それは次に向かう為の道標になるだけだ。」

未知の物を目にした時、例えばそれが涙が溢れるほどの綺麗な景色なら、大切な人にも見せてあげたい。

私ならそう考える。

もしその先があるなら、よりよい物があるというなら、共に歩む人たちと積み重ねていきたい。


『…ふふふ。』

何故か笑みが溢れた。

「今この場所に居ない者の事でも考えているのかい?、キミからすれば助けを呼びたい人でもあるのだろうな。」

確かに私の頭に過った仲間たちの姿。

願いを求めれば、理由がなくとも手を差し伸べるだろう。

しかし…

『違うよ。』


『確かに貴方の言う通りの事ばかり。』

笑みを浮かべた理由の一つ。

彼にとっては何の策も意味はないだろう。

的確で、間違いはなく、笑える程に読み尽くされている。

『でも今は何より、貴方の言葉は、貴方との会話は楽しいって思ってる自分が居る。』

私ではないこの人は、私の事をどれだけ知っているのだろうか?

それが少し楽しく、私の興味を引いている。


嬉しくなってしまうのは、私もまた変なヤツだと謂われる所以だろうか?



感想、要望、質問なんでも感謝します!


瓜二つの理由。

国となった理由。


次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ