384話 答えがあるべき場所
384話目投稿します。
白い部屋、そこで交わされる問答は彼にとってまた一つの記録となるか?
「キミと私で勝負、か…あまり興味が湧くとは思えないが。」
シャピルの言う事も御尤もだ。
勝負、とは言ったものの、考えなどまったくない。
むしろこの相手に頭で敵う、勝負になるなんてことは多分ない。
なら何故、挑んだのか?
私の目的は勝ち負けじゃない、それは多分シャピルも同じだと思うが、彼と少しでも会話をする事。
それが私の目的で、彼を打ち負かせる可能性。
『ふふ、互いの勝ち負けの意味、あべこべだな。でも…』
今更だけど改めて気付いた。
人と言葉を交わす事は、私にとって戦いのようなものだ。
全てがそう上手くいくわけではない。
結果として血が流れた事だってある。
言葉で全てを解決できればどれだけ心を傷めずに済むか。
それが難しい事も分かっている。
一時期は傷つくのは私だけでいいと思っていたし、今だってそうであれば願ったり叶ったりだ。
目の前で剣を構えられたとしても、私は言葉を交わす事を止めたりはしない。
人ならざる力を持っていたとしても、私がそれだけに頼ってしまっては、より多くの人を傷つける事になりかねない。
この力の対であるセルスト卿の騒乱では大切な命が失われた。
今でこそセルスト卿の牙は削がれ、その身体はシャピルの計算に含まれていたであろう企みで本来とは違った、幼少の姿に変わり果ててしまったものの、その身体に内包する力が消えたわけではない。
「さて、話をしようじゃないか。キミが望む通りにね。」
『その前に落ち着ける場所に案内してくれると嬉しいのだけれど…』
話をするには私が今いる場所はあまりにも殺風景で冷たすぎる。
そして、何より未だに続いたままの頭痛の原因。
「あぁ、確かにもう必要ないかもしれないね。」
シュン、と音を立てて、無機質だった壁の一部に変化が見える。
開いた壁の向こうから、明るい光が漏れ、こちら側、薄暗い部屋に光を指す。
夜目になっていたため、少し眩しい。
『…』
今までに見た事もないような部屋は、その全てが真新しい。
一応は応接室といった形を模した部屋、テーブルと椅子というのも置かれた形から予想するしかないが、腰を下せばそれなりにすんなりと治まる体からすれば間違っては居ないようだ。
「キミが何を話してくれるのか、楽しみだ。」
音もなく姿を表したシャピル。
散々警戒していた割りに、こうなってしまうと随分気軽に姿を見せたものだ。
と思いはしたものの、やはり抜かりはないようだ。
以前目にした事がある技術、グリムから託されたランプから浮かんだ物と近い。
私の目に映るその姿は、じっくり見つめると背景が透けて見える。
あの映像と同じく、彼の実態はこの部屋には無いのだろう。
しかし、あのランプとは違い、一方的な物といった様子もない。
『それも魔力の一環なの?』
「ふむ。キミに…キミたちにとっては確かに真新しいだろうね。」
魔力かどうか、と言われれば半分は正解だ、と彼は言う。
説明を求めたところで私が理解できるかどうかは不明だ。
ノプスがここに居ればさぞ為になる話だったろうに。
『ノプスの事は憶えている?』
「私の記憶から物事が消えてしまう事は無くてね。興味の有無で言えば有った、と言えるだろう。」
このシャピルと名乗った男がどれ程の時間を生きてきたのか、きっと今まで聞いた事からすればラグリアなど比にならない程の時を過ごしてきた。
その充実したであろう時間が彼を満足させていたかどうかは私にも分からないが。
『貴方は私をどうするつもり?』
「肉を抉り、心臓を調べる。必要であれば頭を開くかもしれないね。」
とてつもなく物騒な事をサラりと言い放つ。
彼がその言葉を口にするのであれば、冗談でも脅しでも何でもない。
本当にそれを行うだけの用意がされている。
そして勿論、私の身を案じるような事は無いだろう。
「遠からずな話題にも出た事だし、キミに一つ質問をしよう。」
答えは人其々の問答でもあるが、と苦笑する。
「心、人の心というのはどこにあると思う?」
成程、確かに正確な答えは無いのかもしれない問答だ。
抉り取る心臓にあるという考え方、人の思考がそれにあたると頭にあるという答え、そのいずれでもないもっと精神的な物。
中には誰もがその体内に保有する魔力そのものといった考え方もある、と昔聞いた事もある。
『確かに答えは無いね…そうだな…私が知ってる限りの選択肢で言えば…』
この答え如何で何かが変わる事は無いだろう。
彼の興味に少し触れたとしても、様々な思考の中の一つとして記録されるだけの事。
『諸説どれも興味深いけど、強いて…ううん、考え方として好きなのは、そうだな…』
私もこの手の話は何度か耳にしたことはある。
その中でも、そうであったら嬉しい、或いはそう有る事が望ましい…そう思えた答え。
『心は血に宿る、っていうのが好みではあるかな。』
生きていれば常に身体中を駆け巡る熱い血潮。
誰にもあって、人が生きるために脈動を感じる血液。
時に指先を通して、他者と触れ合える熱。
あくまでもそうであれば嬉しいと私が思う答え。
「やはりキミが選ぶのはその手の物だろうね。」
ふいに問われたその答えは、ある意味に於いては彼を満足させる返事。
しかしそれは恐らく、私のような性格であれば至るのが遠くはない答え。
『貴方はどう思うの?』
「私はこれについて、人の話を聞くものの、答えはないと思っている。」
心臓に宿るとしたらあまりに不透明。
思考に宿るとすればあまりにも抽象的。
各々が思い浮かべるその場所にあればいい。
論理的ではなくても、それぞれの考え方、いずれも納得が行って、かつ納得しきれない所でもある。
「ある意味、人が生きていく限り悩み続ける命題でもある。」
『貴方の心はどこにあるんだろうね?』
長い時を経ても辿り着いていない一つの答え。
彼や、ノプス、或いはロニーのような学術に携わる者たちも、中には彼と同様に答えに至らない人は多く居るのだと思う。
それだけに答え易く、答えが難しい問いかけだ。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
もっと話をしよう。
彼の事を理解するための貴重な時間。
次回もお楽しみに!