383話 捕縛者の足掻き
383話目投稿します。
四角く切り離された空間は快適とは言えなくとも、過酷ではない。
グラりと足元が大きく振動した。
ここからでは外の様子はまったく見えない。
これだけ揺れたのなら間違いなく船に何等かの動きがあったのは間違いない。
そして先程、あの男の口から出た言葉。
この船の目的が私だというならノザンリィの上空から退いた、というのも考えられる。
それはそれで安心する事ではあるが、そうなると私自身はどうやって脱出したものか…。
「絶対に壊せない」
私がこの船に対して、決して出来ないと断言された。
言い振りからすると私の中にある力量を正確に測った上での言葉。
生半可な力でどうこう出来る物ではないのは確かだ。
もし可能性があるとすれば、男、シャピルを名乗った男が、本当に私の全てを正確に把握しているかどうかだ。
私自身も使いこなせているわけじゃない力、それが私に取ってのこの後の成行きを左右する。
同時に私の中でマリーやヘルトが耳にすれば間違いなく叱られるような思考が走る。
『カイルにも怒られそうだな…』
声を掛ければどこにでも駆けつけてくれる。
そんな彼でも流石に今は難しいだろう。
私と彼の歩む道は同じモノで、心も通じ合ってるとは思っている。
しかしそれは、いつでも心を通じ合えるような特別な力である事ではない。
大切な言葉はいつだって口にしないと伝える事は難しい。
『…オマエが言うか?って言われちゃうかな。カイル。』
兎も角として今となってはそんな事を言っている場合でもない。
しかし…
『このまま捕らえられるのは良い…いや、良くはないか。』
私は特別な手段を取らない限りあの壁を超える事ができない。
普通に考えればこの船が壁を通過するその時、私は船と壁に挟まれて、潰れてしまうのではないか?
無論、あの男にそんな失敗を犯したりはしないだろうが…。
そうなるとこの船そのものに壁を無効化、或いは壁を抜ける力ではなく技術があるという事。
ノプスがこの場に居たら悔しがるか、若しくは場所も状況も辨えずに目を輝かせるに違いない。
『きっと貴女なら後者かな。』
この船、本来の使い方はきっと軍事。
今よりも過酷な環境に置かれて、多くの血と涙を抱えて、火種を撒き散らし、時に恨みを抱かれ、時に勝利の喜びを与え、人々の記憶に残る、そんな船なのだろうか?
最近、異常な上司の思考に毒されている感の否めない友人はこの船を見て何を思うだろうか?
これ程に巨大な船も舵はきっと一つ。
それを握りたい、と考えるだろうか?
『こんなの船じゃない!、とか言うのかな?』
まぁ大きさからすれば私たちが知っている広さの町すら容易に収めてしまいそうな程だ。
彼女の言葉を直接聞いてみたい気もするが、いずれにせよ彼女が舵を切ればいつまでも楽しい旅が出来そうだ。
ヘルトやマリーには会いたいと思っても、今現在の状況を踏まえればのんびり話をするのも悩ましい。
間違いなく叱られる。
いつも心配かけてばかりだ。
『…へへ、でも怒られるの別に嫌じゃないんだよね。』
彼女たちを始めとする私を叱りつけてくれる人は何人か心当りはあるが、それは本心から心配してくれるからこそだ。
『また謝らないとな…』
今回の一件が終われば、必ず耳に入るであろう私の愚行。
無事に皆の姿が見れるなら、説教すら恋しいと思えるから不思議な物だ。
多くの人たち、仲間たちが居たから今の私がここに居る。
私には過分すぎる注目あればこそ、今、その多くの顔を思い浮かべて笑う事ができている。
『ねぇ、アナタは何でその輪から逃げようとするの?』
男がシャピルの根元というなら、何故自分の存在を薄くするような生を送ったのだろう?
彼に比べてみれば全然短い時間しか生きていない私には、その考えはまったくと言って良い程に理解はできない。
『貴方が過ごした時を感じる事ができたなら、その考えも分かるのかな?』
恥ずかしくて言葉に出来ないことはある。
きっと誰にでも。
他者との繋がりを絶ってしまえば楽な事も多くあるだろう。
でもそれはきっと孤独。
私が知る王様は表面上はどうあれ、孤独にも耐えてきた。
そして周囲に自分と同じ時を生きる者が見付からずに諦めてしまった。
でも心の何処かで希望を捨ててなかったから、私たちに託せる何かを見つけたのだろう。
この船に彼が居るなら、姿を見せてくれたのが遠く離れた場所でないなら、目を見て話せる事もあるはずだ。
『あ、そうか…壊す必要なんてないんだ。』
厳密に言えば、この考えも一種の破壊となるかもしれない。
ただし、壊すとしたらそれはこの船じゃない。
シャピルにもある壁、あるいは鍵の掛かった扉だ。
『ねぇ、聞こえているんでしょう?』
事象を伝えるもの、連絡や報告といったものじゃない話をしよう。
貴方が多くの人に耳を傾けたように、今度は私が貴方の話を聞こう。
「…キミも物好きだね。」
『良く言われる。』
「…そうだね、キミに興味はあるが…」
考える素振りも見せず、これもまた彼の日常か、多くはなくとも彼が言うところの物好きな人間というのもそれなりに居たのだろう。
「キミが楽しいという気持ちを今一度私に与えられるなら、私を教えてあげよう。」
『賭け事?、意外。』
「キミにもあるのだろう?、気紛れ…いや、暇潰しだな。」
『いいよ、貴方と話ができるなら。』
彼が過去に巡り合った知識欲への極地。
それは些細な世間話だった。
彼を動かす事が出来るとすれば、彼の中にない、彼が知らないモノに違いない。
『さぁ、一つ勝負をしよう。』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
ここに留まるつもりはない。
その為に出来る事はそれほど多くは無いんだ。
次回もお楽しみに!




