380話 正体不明の巨大船
380話目投稿します。
青白い夜の光は月が生むものだけではない。
同じに見える色彩も、柔らかな温もりは感じられない。
『っつぅ…』
忌々しい頭痛の原因。
自然現象と思っていたソレは、目に見えてしまえば一転、消極的な改善以外の手段があると分かってしまえばより一層歯痒さを感じる。
私のような体質を持つ者を除けば誰しもが眠りについているはずの真夜中、その時間にしては明る過ぎる空。
遥か高い月を背に地上に落ちる巨大な影。
それすらも薄く目立たないようにしてしまう月明かりに似せた人工の光。
『何…あれ…』
夢などではない。
例えソレが思いも寄らない事であったとして、眠りに落ちた感覚は間違いなく無いのだから。
窓を開け放てば季節と時間からくる冷たい風が私の意識をより一層覚醒させる。
枕元に無造作に置いたベルトと寝間着の上から羽織る着慣れた外套を羽織り、寒さ対策も十分な事を確認して窓からの夜空へと翔けた。
上空ともなると地上では大丈夫であっても肌を刺す冷気は鋭い。
けど今はそれが集中力を欠かない事に一助。
近付くに連れて強さを増す痛み。
悩ませてくれた原因は間違いなく今、私の視界に映る謎の物体だ。
一気に飛行物体の更に上に高度を上げてその全体像を見下ろす。
最初に感じた印象は凡そ間違いでもなさそうだ。
『魔導船…』
私が知る、そして乗船したソレよりも遥かに巨大な船体。
何よりも魔導船は私の魔力操作がなければ空を漕ぐ事も出来なかった。
もし眼下に見下ろすソレが同様の仕組みであるなら、一体どれ程の魔力量が必要なのか?
そして、同じ物だとすれば今まで唯一無二だった私の力はその有効性を無くす事に他ならない。
私の気持ちだけで済むならまだいい。
今、この四肢にある装具や私の無意識下で舞う無数の刃もその制御を奪われることだってあるかもしれない。
『それは駄目だ。』
いずれにせよこのまま眺めているわけには行かない。
少なくともこれはノプスが秘密裏に作って私たちを驚かせようとしている、といった類ではないのは確かだ。
『どこから…』
ゆっくりと空を翔けるその後方、北ノーザン山脈の尾根の向こう、雲上の彼方、北海の更にその先。
『そうか…そうだ。』
王国を囲む結界は、人が歩ける場所だけに作られているわけじゃない。
言葉通り王国を囲む壁。
それは北海の只中でも聳えているだろう。
壁があるとして、この飛行物体はどこから来たのか?
この北海の向こうに別の国があるのか、或いは盲点を突くように東西南からわざわざ迂回して来たのか?
少なからず王国の地理を知っているなら、その狙いは私の故郷であるノザンリィに間違いはない。
だとすれば、このまま何もしないわけには行かない。
何か行動を起こすなら、私の存在が気付かれているのかどうか?
『なら…いけっ!』
刃を一つ、狙うなら…複数ある大砲のようなモノ。
火薬を使っているとしたなら爆発の可能性も狙える。
刃はあっという間に目に見えない程小さく視界から消える。
私には魔力でその位置を感じられるから問題はないのだが…如何せん、頭痛の原因は未だに謎だ。
砲塔を砕ける程の威力が出せるのかどうかはやってみないと分からない。
『?…そう簡単にはいかない、か…』
刃が飛行物体に触れるより早く、動き始めた砲塔が間違いなくその口を私に向けた。
ドゥゥン!と大きな音を立てて迫る球体。
月明かりの助けもあって黒光りする砲弾を避けるのは容易い。
が、
『…!、っつ!』
猛烈な頭痛が狙いすましたように私を襲う。
それでも何とか避けはする。
風圧に押され、体ごと後方に持っていかれる。
『くっ!』
こんな戦いは初めてだ。
人を傷付ける事に比べれば壁をブチ破るのと変わらないようなモノではあるが、相手の表情が見えない事がこれ程に難しいとは思いも寄らなかった。
後方に吹き飛んだ私に更なる攻撃が続く。
今度は大砲ではなく無数の弓のよう。
『…っふっ!』
頭痛に戸惑っている場合じゃない。
飛翔を続けながら少しずつ距離を詰める。
幸いに気付けたのは一定の場所を超えてしまえば攻撃は弱まる。
良く見れば動いている砲塔は一部だけだ。
『それなら!』
一箇所を全力で潰せば近付くのも容易。
そう思っていた私は、今目の前に対峙するモノが何なのかを分かっていなかった。
知る時間を得られぬままに一人で飛び出してしまった事がそもそもの失敗。
後悔はいつだって事前に知る事なんて出来ない。
『いっけぇ!』
せめてもの救いがあったとすれば、常に余力を残しての戦いが無意識に出来ていたこと。
何度繰り返したのか?
今や鉄の塊のようにしか見えない飛行物体は一向にその存在感を弱める様子もなく、砕けない壁に向かってひたすら無謀な攻撃を繰り返しているだけにしか思えなくなってきた。
『はぁ…はぁ…これ、いつまで…』
終りが見えないのは未来だけで十分だ。
『硬すぎでしょ…』
ヴェルンが丹精込めて作った鎧ですらここまで頑丈なはずはない。
このままじゃ駄目だ。
私の体力も魔力もなくなって、そのうち浮く事すら保てず地に落ちる。
でも船体はもう目と鼻の先。
無謀で効果が見えない攻撃の間でも、観察する事は辞めていない。
結果として、甲板に人の姿は見えず、触れること自体はさして問題もないと思える。
良い意味でも悪い意味でも鉄の塊という印象は間違っていない。
『…っふぅ。』
一応は警戒して足をつけたがやはり。
触れる事自体は問題ない。
ただ一つ、頭痛の原因は間違いなくこの船から発せられているのが、私の足裏から振動に紛れて伝わってくる。
流石に船体に向けての砲塔は無く、攻撃は止んでくれた。
『ひとまずは落ち着けそうか…』
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油断はなくても、及ばぬ事は如何なる時にも存在する。
次回もお楽しみに!