375話 慣れた旅帰路
375話目投稿します。
こればっかりは慣れだ。
山暮らし、久々でもこればかりは沁みついている。
『大丈夫?』
雪道、しかも山越えともなるとそれなりの体力が必要だ。
私もそれ程自信があるわけではないが、見知った土地と、雪慣れしてる分はマシだ。
『無理して同行しなくても大丈夫だったのに…』
「まあ、こっちの方が安全って考えもあるけどな。」
『そりゃそうだけど…』
私とカイルの少し後ろ、頭を垂れて肩で息をしているべーチェはそろそろ体力の限界が近そうだ。
「せっかくだから…貴女が言ってた景色…見るのもいい、かなって…おも、っうぷ」
ちょっと気遣うのが遅すぎたようだ。
『カイル、ちょっと休憩にしよう。』
「あいよ。」
山道の脇、手頃な広さの一画、岩肌の雪を払い荷物を下ろす。
ヘトヘトのべーチェに駆け寄り、彼女の荷物を掻っ攫い、その手を引く。
汗ばんでいるが外気に晒された手は少し冷たい。
手早く雪を掻き分けて、火起こししているカイルの隣、荷物から携帯用の椅子を出して彼女を座らせる。
手間取る事なく上がる焚火が冷えた体に心地よい温もりを与えてくれた。
「カイル君はともかく、アンタは同類と思ってたんだけど…」
少し呼吸も落ち着いたべーチェが口を開く。
『体力は確かに自慢できる程でもないけど、それなりに旅はしてるからね。』
後は雪道の慣れ、これは経験の有無でかなり違う。
今までに聞いた話からすれば、彼女が雪国に訪れる事はそうそう無かったのだろう。
流石に雪を初めて見るといったわけではなさそうだが、それでもここまで音を上げずに付いてこれただけで十分だろう。
『もう少し休憩してて。カイル、しっかり見てるのよ?』
言葉の代わりにプラプラと振る手を確認して、ちょっとした散歩。
見上げた視界に映るノーザン山脈の一番高い頂きは重苦しい雲を纏って盛大に雪を降らせる準備を今か今かと待ち構えているようだ。
足元に戻す視線の隅、まだ深いとは言えない雪の隙間、赤と青の両極端な色を捉える。
『あぁ…そっか…』
今一度仰ぎ見る天辺の丁度向こう側辺りだったろうか?
初めての旅に出た山道で、今は触れられなくなってしまった毛玉と出会った。
永い歳月を過ごした人外の一つは今、私の幼馴染と共にある。
別の人外を宿す私は、彼と共にこれから先も歩んでいけるだろうか?
『シロ、アンタの弟子は相変わらずだけど、毎日頑張ってるみたい。』
一時期、私にも鍛錬の誘いはあった。
体を鍛えるのは悪い事じゃない。
でも私はそれに首を縦に振ることはこの先もずっと無いだろう。
彼が日々培う護る為の力、その一番の対象である私は、彼より弱くなくてはいけない。
万が一、私を止めるための手段は考えておかなければ、私が一番に恐れる結果、未来は常に私に付き纏う恐怖だ。
『もどかしいな、護ってくれるカイルを見守る事しか出来ないなんて…』
もしこの力が無くなるなら、もっと彼を身近に感じる事が出来るだろうか?
こんな考えは持たざる者からすれば贅沢な悩みなのだろう。
でもきっとそれはこの国を統べる人の様に孤独を突き進む道だ。
自分にはそんな道は選べない。
孤独の王のように強くあれる自信など一片たりとも持ち合わせては居ない。
『一人で居るのが好きって思ってたけど、やっぱり違うもんだね…』
2人が待つ一画へと戻り、ベーチェの様子を伺う。
思ったより疲れが出ているようだ。
『急ぎでもないし、天気も悪くない。少し寒いのは…まぁ、仕方ないか。』
「このまま落ち着いた方が無難かもしれないな。」
「ハハハ、私も少しは鍛えた方がいいかしらね…はぁ…」
昔はもうちょっとマシだったんだけどな、と呟くが、まぁ無理する必要はない。
『問題ないよ、ゆっくり行こう。』
寒いのだけは我慢してね、と告げたものの、まだ本格的な寒さの前。
山道で一夜を明かすのはこれから先の季節はかなりキツい。
これも運が良かったと言うべきか。
「おお…流石…えーと、野生児?」
『カイルは強ち間違いじゃない。』
「おいー、そりゃねぇだろうに。」
山の食材集めは私たちにすれば朝飯前。
驚きと感動を胸に、晩御飯に舌鼓を打ち、焚火を囲めばもう彼女から完全に侵入者の影は完全に姿を隠す。
それ程に私たちに見せてくれた笑顔はまごう事なく本心を写したモノだった。
空を斬る音。
テントの外から聞こえるソレは、最早私の中でも習慣染みた音だ。
何処に居ても、どれだけ阻まれていても、微睡みの中でも、私の耳に届く音。
それは彼が絶え間なく進む足音のように、私にとっては心地よい音だ。
ゴソゴソとテントから出て吸い込む空気は、この場所、季節も相俟って澄み切っている。
朝の寒さは格別だが、テントから出てすぐに着けられた焚火の温もりは寒さで固まっている体を緩めるには十分。
「ふっ…はっ…せいっ!」
と一定の間隔で発せられる掛け声に合わせて、耳に馴染む音。
目を閉じてみた。
何処までも響きそうな音と感じてしまうのは少しばかり贔屓が過ぎるだろうか?
「こういう時は早く起きるのにな?」
余計なお世話だ。
『寒いからじゃない?』
この寒空の下でも、鍛錬を終えたカイルはしっかりと汗をかいている。
体の動きだけでなく、意識も集中しているからこそだろう。
『さっさと汗拭きなさい?風邪引かれると面倒なんだから。』
浴布を放り投げ、いつも通りの悪態を加える。
「へいへい。」
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予定より遅れて怒られる。
次回もお楽しみに!