374話 彼女たちの想い
374話目投稿します。
2人の技術者、共に歩めばきっとより良い結果が生まれるに違いないはずだ。
「そちらが何処まで信じるかは任せるが。」
前置きを加えてから改めて説明を口にしたのはべーチェだ。
先日までの獄中での数日からすれば体調も服装も綺麗に整えられ、口調から刺々しさはまだ抜けないものの、自分の立場を踏まえた上での会話だ。
「私のような、所謂斥候扱いされる者は少なくない。直接的な妨害はなくとも情報を流すだけでも本営からすれば十分だからな。」
視線をノプスへ送る。
「だろうね。」
肩で大きく溜息をして短く返答する。
「あの家は今更じゃなくても、その小さな行動を積み重ね、織り合わせ、様々で確実な情報を元に力を蓄えていたからな。」
「私が言うのも何だが、ノプス…所長も知っての通り、今でもそのやり方は大きく変わっていない。」
本営と呼ばれた場所は恐らくは壁の外だろうが、今尚王国の情報を外から収集するその理由は何だろうか?
「べーチェ、と言ったか?」
私の疑問を代弁したのは最近事細かに些細に顔を出しているラグリアだ。
流石に長らく行き来、やりとりの無かった諸外国の様子は気掛かりなのだろう。
「シャピルが隣国に接触を取った事実はあるのか?」
即答ではなく、少し思慮してからの返答はそれだけ答えの真実味に繋がる。
「…私が知る限りは、と答えたいところですが、それは多分、言葉通り、私には預り知らないところです。」
「あの家は今も尚、実力主義を貫いている。彼女のような能力であれば不要な開示も無いだろうね。」
少しだけ、ノプスのべーチェに対する言葉は刺々しい。
ある意味で言えば、べーチェ以上にシャピルの内情、しかも高い位置から見たことがあるからこその警戒。
ノプス自身はまだべーチェに対するソレを緩めていないのもあるのだろう。
「所長、貴女が完全に私を信用するのは難しいでしょう…ただ一つだけ、聞いてほしい。」
昔、まだ小さい頃、自分と同じ境遇で見知らぬ土地に集められた子供たち。
子供、と呼べる年頃でも細かい歳は様々。
べーチェがその施設に入ったのは齢5歳の頃。
置かれた環境も良く分からないまま周囲の大人の言いつけ通りに日々を過ごした。
毎日、ただ従っていれば平穏な暮らしが得られた。
フカフカでなくとも温かいベッドと、質素であっても空腹に困ることは無い食事。
肉親が居ない自分にとって理解が及ばずとも十分に満足な暮らしはたとえ成行でも幸せだった。
少しずつ自分の境遇と、この施設、携わる大人たちの事を理解した頃にはもう5年以上の歳月が流れていた。
ある時、日常とは違う光景。
共に過ごした同輩たちと集められ、聞かされた話。
何やらこの施設を始めとする多くの手を伸ばすシャピル家の次期当主を選別するための催物。
初めて彼女を見たのはそこだった。
「…あの時の私か、あまり思い出したくはないな。」
私たちには知る由もないシャピル家の催事。
ノプスはそれが理由で自らの道を歩む事を決めたという選別は、そこに至るだけの理由があったに違いないのだ。
「それは私も…同じ。」
2人共当時を思い出せばどうしても気持ちは沈むようだ。
「シャピルの選別は命より結果が全てだ。私とてあまり見たいとは思わん。」
助け舟を出したラグリアの言葉だけで、私にもその理由が少しだけ分かった気がする。
「まぁ…目的が目的だけにね。単純な果たし合いみたいなモノだったならまだ私もそちら側に居たかもしれないね。」
「…やっぱりそうだったんだ。」
ノプスの真意はべーチェにとっては願望に近いモノであった、と。
彼女に少しだけ笑顔が灯る。
彼女はきっと大丈夫だ。
私はその笑顔だけで十分に信用に値する人だと決めた。
「シャピル家の侵入者が別にいるとして、べーチェさんは大丈夫なのか?」
そう考えるのは御尤もでカイルにしては良く気付いた。
『アンタにしては鋭いわね。』
小さい頷きで同意したノプスだったが、
「どうだろうね。あの連中は枠から外れた者に対しては極端な程に興味を無くす。」
「でもそれって以降、関わらないからじゃないのか?、それに、死人に口なしって言うだろ?」
彼女のように絆された者が居たとして、カイルの予想はそれ程外れているわけでもないと思う。
「彼女の知識はシャピルに関係なく貴重だと思うよ。」
「えっ…」
場の視線がノプスに集まる。
驚きの声を上げたのは一番の当事者であるべーチェだ。
シャピルの関係者である以上、ノプスはいい顔をしない。
けれど、彼女が危険な目に合うかもしれないとなると、遠回しに心配をする。
ノプスだって完璧な人間じゃない、普段は飄々としていて、研究開発に目を輝かせるような人でも、思い出すのも憚られる記憶を持っていたとしても、彼女は共に歩く者たちを大切にしている。
『…もう少し体調管理は気を配った方がいいだろうけどね。』
「何か言ったかい?フィル?」
『べーチェさんじゃなくてもその内過労で皆倒れるよ?』
嫌なところを突かれて怒ったか?、その様子すらついつい笑ってしまう。
やはり彼女はいつも変わらず飄々とした空気を持ったままだ。
「考えとく。」
「あの…所長…」
怖ず怖ずと声を掛けたべーチェ。
「しばらく私の手伝いをしてもらうよ。」
視線を合わさないのは、珍しく照れているせいだ。
『となると、しっかり守れる人が必要、かな?』
「ついでに過労しない程度に面倒見れる人。」
『確かに。』
「俺達がいつでも傍にいられるわけでもないしな。」
戦えて生活感もある人物…さて…
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鞭打つ相手は遠慮の必要はない。
次回もお楽しみに!