373話 北国へ馳せる
373話目投稿します。
誰もが安らげる場所を求めて止まない。
もう一度、あるいは何度でも、そこに足をつけて立っていたい。
牢獄での会話をしてから今日で三日経った。
城からの報せが来たのが早朝、微睡みから抜けきらず耳にした時はまだ頭が回って居なかった。
いつも朝から手を焼いてくれるヘルトはここ数日は地下の手伝い、というよりはセルストがまたいつの間にか姿を晦まさないように私とは別行動となっているのを思い出した。
『っとっと…いかんいかん。』
気の緩みを引き締めなければと考えていたのに三日で緩む怠惰加減に少し落ち込む。
「お、起きたか?」
急ぎ準備を済ませて屋敷を出た私に声を掛けたのは愛刀の手入れを行っていたカイルだ。
「フィル姉さま、おはようございます。」
屋敷に居る時は御馴染みの2人。
朝の鍛錬は既に終わり、休憩がてらの手入れ中といったところだろうか?
『今日はイヴと一緒じゃないの?』
「あぁ、イヴはまだ寝てますね。」
苦笑と共に彼女の部屋の窓に視線と指を向ける。
閉め切ったカーテンが少女の眠りを確認する為の目印になっているようだ。
「…親しい者に似るって言うよな。」
何を言っているのかな?
「あ、確かに。」
すくすくと育っているようで何よりだが。
『何か言った?』
スっと一本、中に舞う。
「「何でもありません!」」
『アンタたちも似たようなもんでしょうに…』
綺麗に並んで正座する2人に深い溜息を吐き捨てる。
まぁ…報せがなければ私も多分まだベッドの中だ。
強ち間違いでもないから強気にも出れず、と言ったところか?
「十分な圧だと思うが?」
余計な一言の直後、早朝の庭先にパァン!という乾いた音が響いた。
「俺が一緒でいいんか?」
『アンタじゃなきゃ駄目よ。』
「御贔屓にどうも。」
嘯くカイルの二の腕を小突き、王城の牢獄に通じる扉、警備についた兵士が開いたそこを潜り抜ける。
季節柄と石畳の造り、尚且つまだ朝も早い時間も相俟って、扉を潜った先の気温は頗る冷え込む。
ブルっと一度身震いをして、ランプの灯りを頼りに階下へと下る。
辿り着いた牢屋の前、寒そうに毛布に身を包んでいるべーチェが私たちの訪れに合わせて頭に掛かっていた毛布の一部を捲り顔を見せた。
「今日は男連れか。」
「傷はもう大丈夫そうだな。」
「ああ、アンタだったか。」
拷問の後、ヘルトと共に治療の場に居たカイルの顔は覚えていたようだ。
腕を捲り、包帯が巻かれた傷跡を見せる。
「…あの時はありがとう。お礼も言えてなかったな。」
「気にしなくていいさ。俺以上にそういうの気にしちゃうようなヤツが身近に居るんでな。」
そう言いながら、控えていた看守に目配せをする。
ジャラリと鍵束を手に歩み寄り、錠前を開け放つ。
身を屈め、牢屋の中に入る後ろ手から常備している包帯を取り出したカイルは、如何にも硬そうなベッドに腰掛けたままのべーチェの前で膝をついた。
「…あ、」
彼女の許可を取るでもなく、汚れた包帯に手を伸ばし、さもそれが自然なように取り替えていく。
細い肩が顕になった時になってやっとカイルが慌てる。
「あ…すまん、何も言わずに…」
『気付くの遅すぎ。』
苦笑しながらも彼の手は止まる様子はない。
「ははは…わりぃな。」
彼女も彼女で嫌がる様子もないのであれば、私が咎める事でもない。
「別に。」
流石に照れ臭さはあるようだ。
『それで、今日は答えを聞きに来た、という事で良かったのかな?』
看守に用意された椅子に腰掛けて、鉄格子を挟んでの会話。
「…私に残された選択肢はそんなに多くはない。それは理解してる。」
『私は出来るだけ貴女の希望は叶えてあげたい。ただ生きてきた場所が違うだけで、誰しもが色んな立場になってしまうのは自分でも良く分かってるつもりだから…』
真意を覗き込むように彼女の視線が私のソレと交錯する。
「やっぱり変な子。」
「俺達は結局のところ、何処まで行っても田舎者なのさ。」
助け舟のつもりか怪しいカイルの台詞。
私には言いたい事が何と無く分かるとしても、彼女に伝わるかは微妙なところだ。
「??」
うん、それは正しい反応。
『貴女が居たシャピル家や上層に暮らしていた人たちとは考え方が違う…ってところかな?、少なくとも私たちの故郷では、怪我した人を目にしてそのままにしておくような人は居ないわ。』
「それは人を知らないからでしょう?」
『そうだね。でも知らない人が知人になるのって会話から始まる事でしょ?』
「私もそうだと?」
『違う?』
私の中ではべーチェは既にシャピル家の者ではなく、最近知り合った人だ。
「この先、王国に不幸があるとして、私はその一端を担っているとしても?」
『過去の自分って変えられないよね。』
誰でも知ってる事だ。
時間を自由に出来る人、手段なんてそう簡単に触れられるモノじゃない。
それに近い事を託されたとしても、私に出来る事なんて私の域を出ない。
『未来が決まってたとして、そこに辿り着くのは其々の気持ちだと思うから、私は今の私を辞めるつもりはないよ。』
「…浅いのか、深いのか、貴女はやっぱり変…ううん、不思議な子だわ。」
今一度、けれど短く考える素振りを見せた後、私とカイル、其々の視線を交えてべーチェは口を開いた。
「貴方達の故郷、ノザンリィだったわね?」
『うん。これからの季節はとてもいい場所。』
苦笑しながら返す言葉。
「普通は寒くて大変、って言うと思うけど…」
しかし、その心は意を決するように。
「見てみたいわ、貴方達が過ごしてきたその景色。」
『気に入ると思うよ。きっとね。』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
遠く懐かしい故郷の景色は、いつだって鮮やかな白銀のまま変わらずに残っている。
次回もお楽しみに!