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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第九章 禁呪
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370話 夜の実験

370話目投稿します。


壁を超えるための手段は、時間を待つだけじゃない。

あくまでも口約束だ。

そこに確実性はなく、もしも相手が強硬手段に出るなら、私もそれなりの対応が必要だろう。

後ろ出に仁王立ちする姿は、一応は約束を守ってくれそうな雰囲気はあるが、何分彼の全てを知っているわけでもないし、そもそも今まで付き合って来た中での彼の印象は気分屋といったところもある。一概に信用しきれるかと言われれば答えは否だ。

下手したらそれを気に彼の望みの一つでもある私との争いを誘発する可能性まである。


「どうした?何かやるなら早くしろ。」

好き放題に言ってくれるが、余計な事を口走ってしまったのは自分だ。

でも、これは試しておかないとこの夜にこっそりとこんな辺境まで赴いた意味がない。

そもそもセルストに勘付かれた事が失敗ではあるのだが…。

『ふぅ…まぁ、仕方ないか。』

人差し指を立てると、中に浮かぶ刃。

円を描くように壁に干渉するそれは、私やセルストの手と違って壁に拒まれる様子はない。

振れたモノに内包される腕力や魔力に反応するというのであれば、私の刃そのものに大した力はない。

だからこそ試したくなった事。


其々を線で結べば自分が通れる程度の感覚で壁に突き立った5本。

この手の壁に穴を開けるのは以前にもやった事がある。

お手の物、朝飯前とまでは言わないが、気付いてしまったのなら試したくなる。

この壁の向こうは、そうそう訪れる事ができる場所でもないのなら猶更だ。

それでも今すぐに壁を乗り越えた先に足を踏み入れる事は出来ない。

今夜、ここに来たのはあくまでも壁を開けるかどうかを確かめるためだ。

『すぅー…』

ここからは調整次第。

魔力を込め過ぎれば小さな刃でも壁から弾かれてしまうだろうし、弱すぎれば穴を開ける事も出来ない。

「ほう…。」

単純に加減も無しに破るのであれば苦労はない。

『む…むむ…』

これは中々難しい。

言葉にするのは難しいが、掴みどころのない様な感覚。

触れようとすれば僅かな風によって飛んでしまう羽毛のよう。

中々言い得て妙かもしれない。

どのように魔力を込めればいいのか、目標物が捉えきれない。


「ふむ…」

何か思いついたのか、おもむろに先ほどと同じように壁に手を当てる。

私が発した5本の刃の内側の部分。

変わらず壁に阻まれるような光と、揺れるその手。

けれど、彼の手の感覚がこちらにも伝わる。

『そうか。』

セルストが手を伸ばした理由。

経験から来るこその思考は、私が目標とすべき点を作り出す事だ。

壁に刺さったままで揺ら揺らと揺れ続けていた刃の位置が定まり、互いの間が線で結ばれる。

「固定しろ、内側に向けて少しずつ量を増やせ。」

合わせるようにセルストが腕に込める力を強くする。

当然、壁から阻まれる力も増して、その手にかかる痛みも強くなっているに違いないはずだ。

けれど先ほどまでと違い、こちらの力加減も随分と容易になった。

『流石ね…』

誰しもが真似出来る事じゃない。

痛みに動じない事は勿論、それに気付く着眼点は、戦いに明け暮れた彼の経験から来る勘だ。

彼の言葉通り固定された刃が綺麗な形の五角形に紐づき、その内側の、セルストが添えていた手に掛かる圧力も小さくなっていく。

「これなら…」

一度腕ごと引き、今度は力を込めて、打ち付けた拳。

パキン!と音を立てて内側の壁が崩れた。

『わっ!』

彼の動きと、割れた壁に驚き、刃が呼応して揺れた。

その途端、綺麗だった五角形は揺らぎ、私の体諸共後方へと吹き飛ばした。

同時にセルストも拳を引いた。




『手は何ともないですか?!』

転がるように彼の下に這いずり、その手を取る。

壁の強度を考えれば、その手が切断されるのではないか?と焦ったからだ。

私の勢いに驚いた様子のセルストだったが、一度拳を握り返し、感覚を確かめる。

「ああ、問題無さそうだ。」

返答に安堵し、四つん這いの態勢を整え、大きく息を吐いた。

『良かったぁ…』

自然に浮かんだ笑みに、セルストが疑問を投げる。

「相変わらず不思議な娘だな。」

『え?』

「好かれているとは思って居ないが、そこまで心配されるのは驚きだ。」

『目の前で傷ついた人が居れば、そんなの誰だって心配するでしょ?』

目をパチクリと、本当に驚いた様子のセルスト。

「それが出来るのは極限られた者だけだぞ。」

『?…そんな事ないと思うけどな…』


誰であれ傷付いた姿を見るのは辛い。

殺意を向ける人でも、侵入者であっても。

だからこそ、べーチェの尋問は思っていた以上に辛い光景だった。




「…それは貴様の良心から来るものなのか?」

『良心とかじゃない、本能だよ。』

そもそも争い自体が嫌いだ。

時に、何かに立ち向かう事は必要かもしれない、それでもそこには必ずしも誰かの血が流れる必要があるとは思わない。

「やはり…貴様と相容れる事は難しそうだな。」

そう呟いて、セルストは身を翻した。

背の翼を小さくはためかせ、その足が地面から離れる。

「戻るぞ。」

事は終えた、とこの場での目的を切り上げゆっくりと高度を上げていく。

『あ…うん。』

まだ座り込んだままの態勢から立ち上がり、裾を整えてから私もまた地面から飛び上がる。


追いかける様に高度を上げる夜空の下。

一度見直す壁は高く、見上げてもその切れ目は見えない。


でもこの壁も完全なモノ、私たちが手出しできないモノでは無かった。


今夜の実験が何の役に立つのか?

それはまだ先の未来の話だ。


『早く戻らないと叱られそう。』

「くくく、まるで子供の門限だな。」

『怒られるとしたら、その相手はヘルトだよ?』

「…急ぐか。」

『ですよね?』

そうして私たちは無言のまま、この夜の帰路についた。



感想、要望、質問なんでも感謝します!


夜の実験は一先ずの成果を以て終わりを告げる。

何のための夜だったのか?


次回もお楽しみに!

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