361話 遠い銀世界
361話目投稿します。
懐かしい景色、思い出す景色、忘れない景色、それはきっと自分たちの将来の姿がある場所。
『ありがとう、ヘルト。』
差し出されたお茶の器を受け取り、お礼を一つ。
「いえ、こちらでもお手伝いができて良かったです。」
叔母、カイルと共にスタットロードの屋敷に戻った私たちは今回の一連でボロボロになった装いを整え、ゆったりと時間を取っていた。
『相変わらず美味しいわ、ヘルトの淹れてくれたお茶。』
「ありがとうございます。」
私と同様に服がボロボロになっていたカイルは未だに身支度が終わらない…いや、アイツの事だからまた体を虐めているに違いない。
叔母は叔母で、一日と少しの間とはいえ留守にしていたこの屋敷であった事の報告を受けているはずだ。
『ヘルト、たまには一緒にのんびりしてよ。』
腰かけた長椅子の腰を下ろした隣をとんとんと叩き、ヘルトを呼び寄せる。
「…はい。」
小さく微笑み、頷いてくれる。
決して口には出さないが、表情だけで分かる「仕方ないですね」が今の彼女の気持ちだ。
『ヘルト、今から一つ頼み事するね?』
キョトンとした表情を見せてからコクリと頷く。
彼女への頼み事、いつも自分のやりたい事や気持ちは二の次。
それが彼女の仕事や立場からして仕方ない事かもしれない。
それでも…
『ヘルトには行ってもらいたいところがあるんだよね。』
「あ…はい。」
了承を確認。
まぁ…立場上理由が不明でも断わる事は無いのは当然と言えば当然。
『よし!、それなら早速、行こ?』
すくっと立ち上がり彼女の手を引く。
「えっと…これは?」
向かったのは屋敷の調理場。
身支度を整えてすぐに話を通しておいた料理長は私が姿を見せると満面の笑みで親指を立てた。
『はい、コレ持って?』
料理長特製のお弁当。
「え…っと…」
『はい、行き先はココ。すれ違いになると元も子もないから少し急いでほしい、かな?』
背中を押してお弁当を抱えたヘルトを屋敷の玄関へと押す。
大戸を開いた先には手筈通りに馬車が待ち構えており、勢いのまま彼女を押し込める。
「あ、あの!フィル様!?」
『ヘルト、お弁当配達が頼み事じゃないの。』
馬車内の椅子に腰を下ろされたヘルトは当然私の本意を探るような表情。
『本当は、セルスト卿と少しだけでも落ち着いて話をしてほしいから。』
「!…」
『だから、お願いね?』
「はい。」
扉を閉めて御者に合図を送る。
馬の鳴き声と共に走り出した馬車を見送り、
『ふぅ…』と一息。
少し強引すぎただろうか?
それでもきっと…
『貴女も、セルストも…私たちもきっと、この先、こんな時間作れる事は無いかも知れないから…。』
「やり口が強引過ぎないか?」
庭の一画、オーレンの鍛錬場として造られたソコから案の定の様子でカイルが現れる。
相変わらず運動の後は上半身裸。
以前にも注意した筈だがそう簡単に直せるような性格なら私の苦労も少ないというものだ。
『アンタにだけは言われたくないわ。』
溜息をつきつつ、彼の肩越しにその区画に視線を送ると、大の字で転がっているオーレンと、傍らにイヴの姿も見える。
「ま、確かに俺も人の事は言えねぇか。」
私の隣に立ち、振り返った彼の視線もまた私と同じ光景を眺める。
彼もまた私の予感と同じような事を考えていたのか、時間が取れない事を口にする事もなくオーレンに稽古を付けていたようだ。
状況も相俟ってか、仕方ない…とは言え、
『アンタ、体は大丈夫なんでしょうね?』
「相変わらず心配性だな。」
私の気持ちなど何処吹く風と言わんばかりのカイルの様子に、何故だか苛つきを覚える。
『…』
フンっ!と鼻息を吹いて屋敷へと戻る。
私だってそれなりに忙しいんだ。
…忙しい…はず?…あれ?
ヘルトを送り出した後は特に用事もない事に今更気付く。
不機嫌な振る舞いで立ち去ってしまった。
「おい、待てって。」
追ってきてくれたカイルに声を掛けられ、無視するのは簡単だが…少し嬉しいと思ってしまった。
『な、なによ?』
上ずる声色に少し顔が赤くなるのを自覚してしまう、さっきから何なんだ?私は…
「いや…その…オマエは大丈夫なんかな?って…」
素直。
あぁ…そうか、何のことはない。
私もカイルも、今日この時、急に空いてしまった予定に体も心も追いついていないんだ。
『…ゴメン…』
「少し散歩でもするか?」
『ん…そだね。』
散歩とはいえ、そうそう遠くまでは行けない。
私の提案で訪れたガラス張りの建物。
以前、叔母に教わって花結晶の御守を作った場所だ。
「あ…思ってたより暖かいんだな。」
『いつでも、色んな季節の花が楽しめるんだよ。』
初めて訪れた様子のカイルを案内するように、少し前を歩き、道すがら目に留まる花に感謝する。
決して止まっているわけではない時間は、それでもゆっくりと、ゆっくりと、この身に、心に、安心を与えてくれる。
「こうやって綺麗な花見るのも悪くないな。」
『庭師にでもなる?』
クスクスと零れた笑みだったが、彼には割と本気に聞こえたようで。
「悪かないけどさ?、俺はやっぱり寒い季節が好きみたいなんだわ。」
理由?、多分たった一つ。
故郷の北国。
寒い季節は一日毎に積もる雪が、まるで世界の全てを銀色に染めていくような、そんな景色が大好きだから。
「また忙しくなっちまうんかな?」
『どうかな。』
「そのうち、ノザンリィにも帰れるかな?」
『多分ね。』
帰郷自体はそれ程難しい事じゃない。
でも今、カイルが私に聞いたのはそういう事じゃない。
私とて故郷は大好きで、実家の裏にある小高い丘からの銀世界。
あの景色に勝るものは、故郷を出てから今日に至るまで、競えるのはほんの一握りにも満たない。
いつしか帰りたいと思える場所は、そういう場所なんだ。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
強引である事も、たまには悪くないのかもしれない。
次回もお楽しみに!