353話 灰の王
353話目投稿します。
王子が王になった時、灰の楔は新たな王を選んだ。
小さい頃、私は日々の暮らしに於いて不満を感じた事はなかった。
両親共に優しく、惜しみない愛情を以て育ててくれた甲斐もあって、頗る健やかにノビノビと幼少を過ごす事が出来た。
両親を通じて私に接してくれる周囲の人々も概ねその例に漏れず、敬い、信頼を育み、やがて私自身もその輪の中へと自らの足で少しずつ歩みを進めて、自分の世界を拡張させていった。
幼少の時代を超えて、私に訪れた転機。
「愛する両親の後を継いで国に安寧を齎す事。」
普通に考えても容易い話ではない。
この国に生きる全ての者たちの暮らし、未来を守る。
王になるというのはそういった人たちの想いを背負って道なき道、闇に閉ざされた道を光で照らしていくような、そんな生き方だ。
自分に自信があるのか?それは分からない。
けれど、そうしてきた父と、それを支え続けた2人の両親の背中を見て育ってきた。
汎ゆる苦難、困難、時には孤独もあるだろう。
それでも父がここまで運んできた篝火を受け継ぐと決めた。
両親である国王と王妃にそれを伝えた時、2人の喜びようはいつまでも忘れる事はない。
「王の座を継ぐ事は大いなる孤独との戦いでもあった。」
両親の喜びようは今になって思えば当然だろう。
確たる愛情を以て育てた子が、己の立場、役割、重責を受け継いでくれるというのだ。
喜ばないはずがない。
それまで自分の身に宿っていた楔から解放される事でもある。
王妃からしても愛した者と共に遺りの時間を幸福に過ごせるとしたら、自分の運命が逆転するに等しい。
例えその結果、楔が愛する子に突き刺さろうとも、だ。
立場、役割よりも重い宿命は王族に、王族だけに課せられた代償。
王国の平和と引き換えに、永遠に続く安寧の時に縛られる楔。
「不老不死?そんなモノが良いものと思える時間はあまりにも短い。」
何よりも辛いのは愛する者たちに訪れる別離の時。
国民も、部下も、家族も、時に宿した己の子すら、この身があの日まで培った時の傷を超えて去っていく。
そんなものが幸福であるわけがない。
「孤独を知っているか?」
誰もが私を追い抜いて、いつでも私は置き去りだ。
私の隣に立ち止まってくれる者は居ないのだ、とそう思った時、私は誰に対してこの気持ちを伝えれば良い?
同じ時間を歩んでくれる存在が、そうなれる者が居たとしたらきっと。
「何を犠牲にしても、どう思われたとしても、願わずには居られない。」
あぁ…キミはきっと私を恨むんだろうな。
でもそれはキミが私に対してそのままの気持ちをぶつけてくれる証拠だ。
なんて嬉しい事か。
永い時の中で、数え切れずに居たはずのキミのような存在も、結局私を置き去りにしてしまった。
何度繰り返しても何処かで辿り着く結末。
そんな失敗を何度も何度も繰り返し繰り返し。
そしてキミに出会った。
「キミを護る。」
そう言ったのは未来の私だ。
アレが意味した言葉の裏側に私は気づいてしまった。
気付かなかっただろう?
さも世界の為にと謳った私の言葉を。
アレは私への伝言…いや予見だ。
キミが訪れた未来に辿り着くまで、私はずっと私のまま、誰と歩みを共にするでもなく、ただ暗がりの道を歩み続ける事が決まっていた。
だから…
「キミを離さないよ。」
揺れる視界。
世界の色はいつもと同じ灰色だ。
そこに一人だけ、色鮮やかに叫ぶキミの姿が視える。
灰色の石を抱き抱えて泣き声を上げる躍動感に心が踊る。
もっと、もっと近くでその声を聞かせてくれないか?
私の側でこの色のない世界で生きていかないか?
拒まれても何度でも繰り返そう。
キミがこの世界で触れる事が出来る者が、私一人しか居ないという事実に絶望するまで。
さあ、見るがいい。
私が触れて、この世界の因子を与えたとしてもキミのように色彩を得る者がどれ程いると思う?
試しにキミの目の前の灰色に私の槍を突き立ててみようか?
何本、何回見せればキミは納得してくれるだろう?
少なくとも明確に憶えているのは父から受け継いだ時、まだ父上にはその欠片が遺されていた。
しかし…父は消えた。
母にはキミのような色彩は見えなかった。
以降、父と同じで、違う色を持った者は居なかった。
私を見てくれ、私だけを見てくれ。
キミの色が世界に塗り替えられる前に。
キミが私の横を過ぎ去る前に。
足を止め、横に立つ者を、ここに居る者の姿を…
『忘れたりしないよ。』
灰を抱く少女は、はっきりと言ってくれた。
その手を離して、私へ
『何度でも言う。私は貴方とは一緒に居られない。』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
灰の王。
貴方は知るべきだ、この世界に溢れた彩りの意味を。
次回もお楽しみに!