349話 足音の刃
349話目投稿します。
威厳は王たる所以、人知れず示されてきた力。
知る人が居ないという事…それは。
時間というものは誰に対しても平等で、同時に残酷であり、優しくもある。
そこに一石を投じる者、存在があるなら、それは常識や才能、生ける者の領分を逸脱しているに等しい。
もし目の前にそんな存在が顕現しているなら、一体何を求めるのか?
相対するなら、立ちはだかるなら、敵対するなら、定められた枠組みの中から覆す事は出来るのだろうか?
「相当に深く刻んだと思っていたのだがな…」
カイルの姿、己に立ちはだかる者の姿を愉しむような視線で眺めるラグリア。
「やっぱりアンタだったか。」
腑に落ちた、そんな様子のカイル。
当事者同士の会話とは言え、何の話か、私にでも分かる。
城に侵入したカイルを、名目として成敗した撃退者。目の前に立つ男自らの口で明かしたに等しい言葉。
『大丈夫なの?』
「たまには男を立てろよ。」
目の前の相手は、私たちにとって余りにも未知。
「あと、手は出すなよ?」
『ちょっ!、なっ!』
反論は腕と共に遮られる。
「俺にも聞こえてくる噂話はあるんだぜ?」
カイルにとって最も負けられない相手。
それが目の前の男。
『カイル…』
そうまで想うなら、止める事はできない。
せめてもの支えを込めて、その背中に手を添え目を閉じた。
「終わったら少しは優しくしてくれよ?」
『…考えとく。』
「こうして体を動かすのは久方ぶりだ、加減してくれると嬉しいのだが。」
「どの口が言うんだよ。」
まだ付けたままの包帯を突付く。
「残念だ。」
カツン、と変わらぬ様子で、踏み出す足と共に空気の圧が増す。
対して「フー…」と大きく深呼吸を挟むカイルの肩は緊張と不安を抱えている。
重苦しい空気を割くように地を蹴る。
突き出した拳を先端にして、2人の間合いがぶつかる。
「王に対して遠慮もないものだな?」
「俺にとってのアンタは王じゃない。」
見えない壁に止められた拳はそのままに、
「ただの邪魔者だ。あの時からずっと!」
彼がその光景を目にしたのは私も彼もまだ王都の暮らしに慣れないどころか、目に映る多くが新鮮だった頃の話。
世話になっていた領主の付添として参じた宴の場で容易く触れた時。
語るカイルの想いは大きな焦燥に飲まれそうになったと言う。
「そこまでの想いがありながら、何故我が物としない?」
それが出来るのは誰もが羨む立場だからこそ。
「届かなくなる前に掴み取るのが求める者の正しい欲望だろう?」
カツン、とまた一歩。
直後、カイルの肩に刻まれた切り口から血と肉か飛び散る。
「俺の手の平には大きいのさ。」
端から俯瞰している私にも、今何が起こったのか分からなかった。
ラグリアはただ一歩、歩みを進めただけで、その手には武器すら握られていない。
『魔力?…』
安直に考えれば圧縮した風を飛ばす、小さな氷柱を尖らせて投げつける、そういった類の攻撃が挙がるところではある。
でもそれ以上にそもそもラグリアの動きからそんな様子も、魔力の感知も働いていない。
カイル自身も同様で、何をされたのか理解できていない。
額に浮かぶ汗がそれを物語っている。
カツン
ラグリアの足音に連鎖するようにカイルの体に刻まれる傷。
大小様々でも積み重なれば確実に彼の限界に近付く。
カツン
現状で分かる情報を頼りにその力の謎を探るしかない。
それはカイルの方が強く考える事だ。
手出し無用と言われても視界に映る光景は余りにも残酷に時間を刻む。
「今まで私に立ち向かった者は星の数程いたものだか、キミは…すまない、何と言ったかな?」
「カイル。」
満身創痍とまでは足りてないが、負った傷は決して浅くはない。
「久しく見なかった目だ。」
諦めるつもりなど微塵もない。
その選択を取るなら死んだ方がマシ、いやそれすら釣り合わない。
自分の命より大事なモノ、そしてその為に決めた揺るがない信念。
入り乱れる目の輝きは消えたりはしない。
『がん…』
声高らかに応援を投げつけようとしたが、口を抑えて思い留まる。
応援より確実な一手、カイルには見えない角度から、私が気付ける何かを届けるんだ。
カツン
「ぐっ!…」
何度目になるのか、最初はただ不可思議な攻撃に驚き、痛み以上の謎がソレを忘れさせていた。
次第にそれは確実にカイルの身に重さを与えていく。
カツン
「…っく。」
何か…いや、これは…。
ラグリアの攻撃は相変わらず目に映らない。
けど放たれる切っ掛けは…多分間違いない。
カッ
「おや?」
「…手ぇ出すなって言ったのに、クソ。」
ラグリアの足音は響かず。
彼の足元に私が投げた一欠片が靴と地面の隙間に忍び込み、平らであるはずの接地を妨げる。
「流石はフィルだな。」
だが、と。
「…っぐぅ!?」
脇腹に大きな傷が浮かび上がる。
『そ、んな!』
「考えが甘い。こんなのは単なる遊びだ。」
手加減を希望した本人が手を抜いていた。
「確かに甘く見てたかも、な。」
姿勢を整え、首をコキコキと鳴らすカイル。
ピシッと私の耳にも聞こえた音と、彼の周囲に一瞬迸る雷光。
カイルもまた本気ではなかった、という証明に、ラグリアが僅かながら顔をしかめた。
「…思ってたより愉しめそうだな。」
肩を震わせ、綺麗な金髪をかき上げた隙間から覗いた口角に浮かぶ笑みは、王たる優しさは微塵もなく、壊し甲斐のある玩具を見つけたかのような無邪気な悪意だけ。
背筋がゾクりと…震えた。
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片鱗を探り、身を削り、探る道筋。
我慢比べは彼の得意とするところ…そのはずだ。
次回もお楽しみに!