344話 未来への迷い
344話目投稿します。
痛みを賭して己の役割を果たした貫禄。
開かれた未来は、唐突に古い記憶に揺さぶりをかける。
空を埋め尽くしていた人形の群れは一体と残る事もなく、粉々に砕けその体を構成していた欠片が砂粒に姿を変えて雨が降るかの如く地に落ちた。
まるで先日まで滞在していたスナントの空気を彷彿とさせる砂埃のように蔓延する。
程無く見晴らしの良くなった円筒の先の丸い空が視界に入る。
防壁に影響を与える要素が止まったからか、或いは尽きたのか、新たに人形が姿を現す様子はない。
「心配かけてしまったね。すまない。」
船内、ノプスが担ぎ込まれた部屋を訪れると元気とは言えないものの、無事な姿で軽めの笑みを浮かべる所長の姿に安堵する。
「柄にもなく驚いてしまったようだ。」
今は安堵の感情を乗せて涙を見せ縋り付いているパーシィの頭を撫でながらノプスが口を開いた。
念の為の意味を込めてと、ヘルトと視線を交わし、返ってきた頷きで改めて所長の無事を確信する。
『ご無事でなによりです。それで…』
「キミがここに居ると言うことは外は片付いたんだろう?、だったら私ものんびりしているわけにもいかないね。」
トントンとパーシィの肩を叩き、そのまま介助され、身を起こす。
足をつき立ち上がるが少しフラつきが有るのは予想の範疇か、遠慮せずにパーシィにしがみつく光景に、私が居ない間に2人の仲に大きな信頼関係が育まれていた事がよく分かる。
再び舞い上がった船の船首、カイルとガラティア、ヘルトの支えを受けながらノプスが防壁へと解錠を試みる。
時折汗を拭う様子が自分の痛みのように胸に刺さる。
心配の気持ちが奔るパーシィも、身動き取れない私と同様に見守ることしか出来ない。
『パーシィ、少し落ち着いて。ここを乗りきれば所長も休めるはずよ?今は集中して。』
「う、うん。」
逸る気持ちは私も同じだ。
ヘルトも付いてる。
人形はもう現れる様子はない。
手を翳すノプス、再び動きを見せる防壁。
「…ふぅ、苦労かけさせられる物だ。」
腕を下ろした彼女はそのまま力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
ヘルトとガラティアに抱えられ、操舵室の横を通り「もう着陸しても大丈夫だ」と残し、船室に戻った。
一刻も早く彼女の下に駆け付けたいという思いが逸るパーシィだが、操舵士としての役割を忘れたりはしない。
着陸して船体の落ち着きを確認したパーシィが一目散に席を外したのは言うまでもない。
甲板に残ったカイルの傍に近付き、見上げた防壁。
ノプスの口振りからすると、私たちを遮る壁は取り払われた。
『あ…』
「お?…」
ゴゴゴゴゴ…
重苦しい音と共に円筒状の壁が大きく動き出した。
これはむしろ着陸していたからこそはっきりと分かるのかもしれない。
『何か…下がってる?』
円筒状の壁の上、丸い空が少しずつ遠くなっていく。
「いや、違うぞ!」
そう言って指差した空の上、壁の上端と、遥か頭上に浮かぶ王都上層との隙間が少しずつ狭くなっていく
『何が起こっているの?いや、何が起こるの…』
「扉が開かれたんだよ。」
慌てる私たちに声を掛けたのは今までずっと書庫に籠もりっきりだったロニーだ。
『扉?』
一冊の本をトントンと指し示して彼女は言う。
王都の不思議の一つ、浮かぶ城。
王国の象徴とされるこの光景が姿を消していく。
「多分パーシィを呼んできた方がいいだろうね。」
カイルに視線を送り、頷いたカイルが船室に走る。
『この後何が起こるかわかる?』
「あくまで私が言えるとすれば上層、城があるあの場所の本来の姿。」
そもそも大地が浮かんでいる事が普通ではない。
ロニーが言うところの本来の姿、それは多分、ずっと以前、私が目にした事のある光景と同じだろう。
だが…このまま円筒状の壁が城の大地にくっつくとすれば、外から見る光景は単純に塔の上といった景色に変わるだけじゃないのだろうか?
少なくとも私の記憶にあるソレとは異なる。
「まぁ…伸びている、というのもあながち間違いではないのだけれど…」
どちらかと言えば城が落ちていると表現する方が正確だ、と。
『ロニー…私たち、本当に正しい事をしてるのかな…?』
一瞬、キョトンとした表情の後でロニーは笑った。
「いやいや…ゴメンゴメン。フィルの口からそんな言葉がでるなんてね。」
それはそれで酷いと思わなくはないが…
「でも聞かなかった事にしておくよ。いいかい?、フィル、キミが今、迷いを感じるような事を言ってはいけない。」
ロニーが私に言った言葉、話は納得が行く事であり、改めて私に教えを説くような、そんな内容だった。
『…ゴメン。』
私を惑わせた理由。
以前目にした光景、その世界。
一人で彷徨い、出会いと別れを経て、この世界に戻ってきた。
そして、異世界から託された未来。
それは…違う未来を望んでいた。
今、頭上の城の景色はきっと、違う未来を望んだ景色に近付いている。
そんな気がしたからだ。
あの世界から最後に私に問いかけた張本人。
グリムと名乗ったラグリアと瓜二つの人物。
王都に戻ってから彼にはまだ会えていないが、彼は今、何処で、どんな顔で過ごしているのだろう?
あの夜の寂しそうな表情が脳裏を過った。
『…ラグ、』
「フィル、お前も操舵室戻った方がいいんじゃねえか?」
突然肩に置かれた手に、ビクっと竦んだ。
『か、カイル…あ、うん、そうだね。』
明らかにおかしい私の様子に、カイルは…気付いていない。
「どした?」
『…っ!』
返事も出来ず、私は彼を置き去りに、操舵室に向かって駆けたのだった。
何で…何だ、この気持ち…
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次回もお楽しみに!