343話 落ちる眼差し
343話目投稿します。
油断なんてしてやるものか。
そう思っていても、目に見えない事は知る事も難しいものだ。
壁の内側で何か重苦しく動くような音が空気の振動と共に木霊する。
防衛戦というのは実に地の利に左右されるのを今正に身を以て知った。
例えばエディノームの町が何者かに襲われたとして、以前は町に及ぶ前にと結界を張ったが、町の防壁が完全な物として機能するならそこを利用する方が被害は少ない。
しかしながら現状は真逆。
言ってみれば相手側の陣地に建てた家を守る様な物で足場という意味でも地の利など皆無に等しい。
だからといって諦めるわけには行かない。
成行とはいえ、人探しだけでなく、王都に蔓延る不穏な雰囲気を取り払う。
それはきっと多くの人が笑顔に戻る為に必要な事…詳細は未だに把握しきれてないが人が生きていく上での真っ当な形を取り戻す事、と教えてもらった。
ただその為だけじゃない。
それが何を指すのか?、どんな世界なのか、自分自身の興味と未知が待っている。
『いつの間にか我ながら我儘になっちゃったな…』
私の呟きを聞いた同室の仲間が小さく笑う。
「そうでもないよ?」
出会った頃から望んだ未来を目指す姿は変わらない、と操舵士は笑う。
「貴女はそれでいいんですよ。」
目線は逸らさず目まぐるしく操作盤を操るヘルトも同じだ。
戦いというものが好きなわけじゃない。
それは相手が異形だとしても害を及ぼさないのであれば。
それでも自らの手で出来る事の少なさに焦りは募る。
まず一番に船が文字通り落ちてしまえば元も子もない。
手を離した途端に落下なんて事はなくても離れる事は出来ない。
船が放つ砲火も、燃料とされる魔力自体の出所は同じでも実際に操っているのはヘルトだ。
他に出来る事といえば、この操舵室を含めて小規模の魔力防壁を張る程度。
自分に対して、というなら無意識にでも出来る事が、他者に対しては難易度が高い。
何か、特別な危機にでも瀕したなら、昂りのままに出来るだろうし、今までにその経験は無くはない。
そもそも危機なんてのは出来れば触れたくはないモノだ。
得手不得手というのは実に厄介なものだな、と思いつつも、皆が私に教えてくれた事なのだ、と分かってても私の中で矛盾は尽きない。
「…やっぱり厚いか。深度…あと2つ。」
円筒状の防壁が一際大きな動きを見せる。
私たちは其々に歓声をあげるが、対照的にノプスの表情は焦りが感じられる。
『所長!』
「まだだ!…チッ…こんなところで仲良くしなくてもいいだろうに…」
真意は不明だが、少なくともこの防衛戦はまだ終わりではない、という事は明白だ。
防衛という点に於いてはまだ余裕はある。
遠巻きに囲まれているものの、一度に向かってくる数はどことなく法則のようなものを感じる。
動きがないのであれば、ヘルトの手に依って撃ち落とされる。
近付くモノがいればカイルとガラティアのそれこそ容赦ない連携攻撃の餌食だ。
「…」
ふと目の前、舵を握るパーシィの様子がおかしい。
『パーシィ、どうしたの?』
「何か…変な気がする。」
まだ操舵士としてはそれ程時間が経っているわけではない彼女だが、時折私の感知よりも強烈に、鮮明に浮かび上がる勘の良さを持っている。
そのパーシィが何かを感じ取った。
呼応するように警戒心を高めるヘルトだが、手元の操作盤に表示される情報からは何も捉えられない様子。
『何か感じるなら任せる。パーシィに出来る事、信頼してるから。』
「良いこと言うね、口説かれたの何度目かな?」
「2つ目…次で!…!!?」
ノプスの叫びと共に再び動きを見せた防壁。
同時に彼女の立っている地点、その壁面が今まで以上に赤色光を集束させた。
ゴゥッ!と耳をつんざく轟音と共に船が光に包まれた。
『何!?』
一斉に視線を集めたその先、目の前に突如現れた危険そのものを体現する赤光。
直後、光は極太の柱を反対側の壁に向かって伸ばした。
私の魔力を燃料にヘルトが操る船の砲撃など比較にならない威力の光線。
避けきれなかった人形を巻き込んで対面に着弾した光は、しかし防壁に傷を付ける事はなく、収まり円筒の空間に静けさを拡げた。
「あっぶなぁ!」
操舵室にパーシィの安堵の叫び。
「フィル!!」
直後、甲板からカイルの叫び声。
『っつ…』
体勢を整えながら立ち上がった視界の隅、焼け焦げたマストと、カイルが空、上を指差す光景が飛び込む。
瞬間の出来事だった。
パーシィの機転であわや全滅は免れたが余りにも突然過ぎた大打撃。
彼女が感じた妙な気配は、ノプスが解除を試みている壁の向こう側にあった。
正に開く直前、横目で捉えた人形の動き。
光線が放たれるのを見越したような包囲網の穴。
上昇は間に合わない判断を下したパーシィは、船の動力を全て取り払い、重力に任せて船体を元の位置から落とした。
焼け焦げたマストの一部は間に合わず光に捉えられた傷跡。
カイルの叫び声は瞬間に体が反応しきれなかったノプスを指差す合図。
私の視界にも、船から足が離れ、少し上を落ちてくる彼女の体が映る。
意識がないのか、身動きのないその身は重力のなすがまま。
そして無慈悲に、謀ったかのように迫る人形。
甲板の2人も体勢を整えるのに精一杯で間に合わない。
一縷の望みが私の下に琴線に届いた。
一瞬と例えるのも烏滸がましく感じる程の勢いで、瞼の裏、眼球の奥、頭の中心に向かって熱湯を注ぎ込まれたような感覚が迸る。
添える事も儘ならず腰の革ベルトを突き破り、中身が散る。
緑色の魔力の粒となって視界から消えたソレは、次の瞬間にはノプスに襲いかかる人形の全身を粉々に砕いた。
体勢を立て直したカイルが落下するノプスの体を受け止めたのを見た。
『う…ぐ…パ、シィ…今の内に…』
まだ意識がある内に…
駆け寄るヘルトの声と、焦るパーシィの様子を見たのが意識を失う直前の記憶。
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壁の向こう。
その先に王国に秘められた何かを求めて…
次回もお楽しみに!