340話 大地に巡らせる記憶
340話目投稿します。
霧の地、事象の分析はまた懐かしい記憶を蘇らせる。
一夜、と言っても私たちには何と無くと言った感覚でしか無かったが、明けた翌日、予想外に一番早く甲板に居たのはロニーだった。
『おはよ、ロニーさん。』
空に手を伸ばし、風向きを確かめるような様子で仄かに感じられた魔力。
恐らく彼女が調べていたのは風向きではなく、空気中の成分といったところだろう。
「やあ、おはよう…いい天気…というのは変な感じだね。」
『そりゃ…そだね。』
普通、いい天気、と言われて浮かぶ光景は澄み渡る晴れた陽のようなモノだが、今日、この時で彼女が言うところのソレは、昨日と変わらない不思議な霧の天気だ。
ある意味ロニーとノプスの価値観には前々から親しいモノがある、と思ってはいたが、やはり彼女も肩書きとして研究者を名乗るだけの事はある、といったところだろうか?
ノプスもノプスでこう言った不思議な現象には目を光らせるとも思っていたが、どうやら彼女の琴線を震わせるような項目とはなっていない様だ。
或いは昨日船を襲ったモノの正体の方に気が向いている…といったところか?
「キミの周りは本当に飽きないね。研究者としてはありがたいものさ。」
ふいに呟かれた言葉に、彼女の顔を伺うがその視線は変わらず手元に向いたままだ。
「私にせよ、他の者にせよ、キミと共に過ごしていると思いも寄らない事に巡り会える。」
『それって一概に良い事でもないでしょう?』
フフッと小さく笑いながら頷かれた。
そこは少し否定してほしいところだが…。
「良し悪しは人夫々。キミが多くの人に慕われ、過ごしたいと思っているのも、キミの周りに好奇心を擽る何かがあるからじゃあないかな?」
『そんなもんですか?』
「少なくとも私はそうだよ。ガラやカイルくんなら強者を、パーシィなら冒険心の昂り、所長や私なら未知の探求…ヘルト嬢は…キミの心配、かな?」
喜ぶべきか苦笑を浮かべるべきか。
ロニーの言葉を借りるならきっと、その答えは皆の中にあって私自身がどうこうできるモノでもないのだろう。
『で、何か分かった?』
「後で手を借りるよ。」
短く答えて踵を返したロニー。
「そろそろ朝食の時間だと思うよ〜。」
私を置き去りにしつつ、船内への扉に向かうロニーの後を追った。
微かに鼻腔を擽る香りは、ヘルトの手によるお茶の香りだ。
朝食を終えた後、少しの休憩時間を経て集まった甲板、霧を晴らすべく最初の一手が行われようとしていた。
「今朝になって少し調べてみたんだけど、霧自体は特別なモノではなかったよ。」
「少し色濃い気がするのも、ですか?」
昨日、普通より可視範囲が狭い、と言ったパーシィだ。
「霧が出る条件というのはまぁ…簡単に言えば温度差、そして濃さは陽の光が関わってくる。」
いつもより多弁に語る姿は普段のロニーとは違って見える。
そう言えば、以前の船旅で危機を回避する際に話していた時も今のようにハキハキとした口調だったのを思い出す。
こういうのを所謂、好きこそ物の上手なれ、とでも言うのだろう。
研究者として近いはずのノプスは対照的に、知識としての情報は理解していても興味が湧く点が異なる部分の差異は端から見ていて新鮮にも感じるところだ。
「私たちの体感…というより実際に寒さを感じているのは確かだけれど…。」
この場所、事、足元を覆う白い砂浜の下はそれなりに温かいという事。
火山とまではいかないが、地面の下にはアレと同様に高熱を持った層があるらしく、それはまた場所に依っても変わるという事。
更に、この場所の周囲は常に水飛沫が起こっている為、霧そのものが発生する条件としては割かし緩いらしい。
「結局、これを消すのってどうすんだ?」
この手の話にはあまり興味を持たないガラティアが結論を求める。
同じ様にカイルも話題としては退屈そうだ。
何か出来る事があるのかどうか、と言った具合に柔軟がてら手足の関節を解している。
まぁ…彼らの脳筋ぶりは今に始まった事でも無いが。
「手っ取り早いのはを温かくする事、かな?」
気温を上げる事で周囲の細かい水を固めて雨にする。
それがこの空間全体に及べはそれこそ王都の中心の地下、円筒状になった全体像が視界に見えるだろう、と。
成程、手を借りると私に言った理由はそういう事か。
『時間がかかりそうだ。』
「まぁ、やむ無しかな?」
水飛沫を解消すれば霧が生まれる原因を減らせるとはいえ、今更上に戻って王都の層間の水を無くすというのは手間と景観を損なう。
まぁ…いずれにせよ時間を取られるのであれば楽に越したことはない。
私たちからすれば今だけで十分な話だ。
『んー…』
見やすい場所として、船首側、昨日カイルとガラティアの2人が飛行物体の存在に対処していたところに立ち、魔力の放出を試みる。
正直なところでいえばこの手の使い方は得意な方じゃない。
何か似たようなモノでも思い浮かべれば楽ではあるが…
駄目元で探る記憶の中、一つだけ思い当たったモノ。
『うん…得ていて妙…とでも言うのかな?こういうの。』
足を通して、地に根を張る。
魔力を帯びた枝が白い砂の下を巡り、外へ遠くへと伸びていく、育てるような感覚。
東の地。
私が酷く傷ついた時、安息の地として体を癒して貰ったあの大樹の根元。
目を閉じて、あの時の感覚を思い描いた。
『世界ってすごく温かいって事、かな。』
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決して遠回りではない。
次回もお楽しみに!