335話 其々の前日
335話目投稿します。
準備は念入りに、と其々の時間を過ごす。
「ふむふむ…ではその装具があればキミは飛べるって事だね?」
学術研究所から技術院に場所を移してのノプスとの会話。
聞き及んでいただけの部分を直接の説明で理解度を高めるのが目的だ。
当の私にはそれが何に使われる知識なのか、未だに伝えられていないわけだが。
『で、私は何をやらされるの?』
「力仕事…かな?」
魔力を使う、って事だから少し違うか?なんて呟きながら凄い早さで書類を書き上げていく光景を眺めていた。
「闘技会を見てた限りだとキミの武器はあの小さな刃だろう?」
『ええ。後は…』
腕を上げて先端に意識を送る。ピキピキと音を立てて腕の表面に赤黒い皮膚が浮かび上がる。
『ぶん殴る。』
「無防備になるわけじゃないなら一安心だが、覚えておいてくれよ?。これはキミにしか出来ない事だ。今のところはね。」
最後に加えた言葉は、いずれは誰にでも扱える技術流用させてみせる、といった彼女なりの強い意志の表れだ。
いつかその望みが叶う日を私も見てみたい。
ああ…そうだ。
これが生きるって事だ。
国の歴史は私たち一人ひとりの日常や歩みを隔てたり、邪魔するような物じゃない。
でも繰り返されるだけの歴史はつまらないんだ。
「ここに一本刺してみて?」
言われた通り、差し出された装置に腰元から取り出した刃を一つ。
「動かせるかな?」
少し重みを感じるものの、操作そのものに大きな変化は無い。
「おお!、いいね!」
ふわふわと中空で浮かぶ装置に感激したノプスが私の背中をバンバンと叩く。
「じゃあ次はこっちだ。ちょいと疲れるかもだがやってみてほしい。」
テーブルの下をゴソゴソと漁って引っ張り出した管。先端には薄緑色の球体が取り付けられている。
「ほい。これに今と同じ様な感じで。」
装具を使うのと同じような感覚で球体に意識を流し込む。
『ん…何か重い。』
今度は先程とは違い、明らかに重量を感じる何かが…。
ガタッ、ガタッ!
テーブルの奥、グラグラと揺れる何か…。
『っふ!』
気合一声、重みをしっかりと包むように持ち上げる。
「お、お!、お?、いいよ!もうちょい!!」
『ぶはっ!』
お腹に溜めていた息を吐いて、球体から手を外す。
ドスーーン!!
と大きな音、揺れと舞い上がる埃。
「凄いじゃないか。これなら大丈夫だ!最高だねフィル!」
今度は嬉しさのあまり私に抱きつくノプス。
相当な重量物だったようだが、正直ソレが何なのかは余り聞きたくはないな、と思いながらペタリと腰を落として深呼吸を一つ付いた。
「大丈夫。これは実験用に負荷が強い物を用意したから、実機はもっと楽なはずさ。」
と言われたものの…。
『んー…はて?』
「お疲れ様。所長見る感じ上手いこと行ったみたいだね。」
休憩室で休んでいた私のもとに様子を見に来たパーシィ。
その手から差し出されたカップを受け取り、一口含む。
『あ、これ。』
「分かる?リアンさんにしっかり教わったからね。」
お茶の淹れ方というのにも奥義、秘伝なんてものがあるのだろうか?
まったく同じというわけではないが、パーシィが淹れてくれたお茶からはリアンの物に近い美味しさを感じる。
「フィル、多分この後、大変になる気がする。私も頑張るから、フィルも、ね?」
『うん。』
「どうであれ、また一緒に冒険出来て嬉しいよ!…リアンさんや、ガラさん…あとシロちゃんが居ないのは寂しいけどさ…」
少し俯いて胸元で首飾りを弄ぶ。
以前私が贈った花水晶の首飾りだ。
あの時の香りがお茶と混ざり合い、私の心を落ち着かせ、疲れを癒した。
「船旅にアタシを除け者にしようなんて許さないぜ?」
『…何でいるのよ、ガラ。』
パーシィの寂しさが少しだけ解消された。
どうやって辿り着いたのか別宅へと戻った私に息巻いて詰め寄ったガラティアの姿を見て、大きな溜息を付かざるを得ない。
彼女が率いる僧兵隊は、自己治癒能力を高めるという意味合いから治癒術に長けたものもそこそこ存在するという点に於いて、今回はまだ落ち着きを取り戻すまでとは言えなかったスナントに向かってもらったはずで、確かに彼女自身、今度の旅は同行させろと鼻息荒く詰め寄られたが、指示を呑んでもらったと思っていた。
「あいつらはアタシが居なくても問題ねぇさ。それにあそこからはもう強い気配は感じない。」
という事は、一度は従ってスナントに向かったが、蜻蛉返りでエディノームに戻り、更にその足で一気に王都まで上った…という事だろう。確かに服装は行動を語るのに申し分ない程草臥れている。
『はぁ…まぁ、来ちゃったもんは仕方ないか…』
「よっしゃ!、流石はフィルだ。」
褒められてるとは思うが気が重い。
むしろ僧兵隊の人たちに同情すべきか?
あっちが少しばかり気掛かりではあるが、何が起こるのか予想がつかないこちらとしても戦力が増えるのは喜ぶべき事だろう。
其々が出来る限りの準備を要した一日が明け、王都に朝日が射した頃。
『カイル。準備、できてるよね?』
ガチャリと扉を開けて少し後悔した。
背中越しではあるが、靭やかさを浮かべた生身が視界に入る。
『わっ!…ご、ごめん!』
「んあ?、どした?」
気にもしてないこの男に少し腹が立つ。
いや、しかし…そう言えば以前、彼に対してノックぐらいしろ!って怒ったことがあったな。
『私も人の事言えないか。』
丁寧に仕立てられた服を着込み、彼好みの軽装の革鎧。
曰く自分の能力故に金属製の鎧は身に余るとか何とか。
まぁ雷を操って自分が感電してれば世話はない。
「まあそうも言えなくなって来たんだけどな。」と先日、何か含ませたような事を言ってた気もするが、今のところは別段特別なところもなさそうな革鎧だ。
『何か良さそうな服じゃない?』
「へっへっへ。いいだろ?屋敷の人に貰ったんだよ。すっげぇ肌触りいいぞ?」
上等な服なんて故郷に暮らしてた頃には縁がなかった。
でも今はお互いに自分の為に丹精込められた服装をしている。
準備を終えたカイルが「よしっ!」と拳を合わせた。
私も一度、服の裾を整える素振りを経て、互いに視線が交わる。
『ふふっ…』
「ははっ…」
どうやらお互いに考えてる事は同じみたいだ。
『しっかり着いてきなさいよ。』
「ああ、任せろ。」
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未知なる目的地は、近くて遠い。
次回もお楽しみに!