333話 千年を繰り返す国
333話目投稿します。
当たり障りのない事実だけがすべてなら、それは安らぎに満ちた世界だろう。
夜の散策も程々に、カイルに傷を負わせた謎の実力者がいるはずの王都ではあるが、今のところ研究所にも別宅にも追撃、襲撃といった雰囲気も気配も感じられない。
話を聞かせてくれたチキには追加の任を与えてしまった形にはなったが、今は何より情報が欲しい。
眠れぬ夜にするわけには行かない。
いざ動く事を余儀なくされた時に万全に近い状態である事。
今出来るのはそれくらいか?
そのまま研究所には戻らず、別宅に到着した私は、こちらに滞在する形となった従者に事情を…まぁ…心配だから、という事で納得してもらい、広めの居間の一画で眠りに就いた。
『…カイル?』
彼が担ぎ込まれた部屋の扉から中を覗く。
ベッドの上で体を起こし、返事は手を上げるだけだったが、ひとまずは無事な姿を見て胸を撫で下ろした。
『誰にやられた?』
前置きは必要ない。
彼もそれはよく理解しているし、私たちには必要ない事だ。
「すまん。捉える事もできなかった…暗かったのもあるだろうが。」
『…どこに行った?』
「城。」
私とヘルトが向かったのとは別で城に訪れたらしい。
何がそうさせたのか、何を感じ取ったのか、あの時のカイルは私たちがラグリアに謁見する事は恐らくできないのではないか?と考え、それでも何らかの情報を手に入れるために別行動を取ったという事だそうだ。
私を介してではあるが、ラグリアとカイルはそれなりに顔を知っている仲だ。
確かに正規の手段で城に入ったわけではないという意味ではカイルが捕縛されたり、責められたりというのはあって然りではあるが、今現在のところ、衛兵に命令が出された様子もない、ともすればカイルに傷を負わせた相手というのは城の内部に居ながら、正規の命令系統とは異なる類の者という事になるのだろうか?
少しだけ、先のスナントに起こった一件と似ているような気がしなくはない。
ただ、ラグリアはセルストと違い、自らが国王であるという事、国の平和は勿論、民の安寧のために統べているという事が第一にあるものだと思う。
他に考えられる可能性。
もっと最悪な事を考えれば、その相手自身が王国に、ラグリアに害を綽名す者の存在。
城内にそんな存在が徘徊しているとしたら、それこそ事は一刻を争う。
王城に勤める衛兵たちが揃いもそろって薙ぎ払われるような者たちではないとしても、あくまでも一般的な実技で一定の能力を有する者、訓練で決められた鍛錬を熟している者が殆どで、それこそ行方不明のセルストや、目の前のカイル、或いは私の父ジョンのような飛びぬけて強い実力者が粒を揃えているわけではない。
もしカイルを襲った人物が城内で動きを見せたとしたら、下手したら王国そのものが無くなりかねない…。
『アンタは今日一日、安静にしてること。いいね?』
有無を言わさずにそれだけ残して私は一旦、研究所へと戻った。
到着と同じ時をして技術院に戻っていたノプスとパーシィに合流する事となった。
「いやぁ、改めて考えるとキミの周りには話題が尽きないものだね。」
『それ、全然嬉しくないんですけど?』
自分の立場なら毎日発見がありそうで羨ましい。
なんて意見は私からすればこちらの身にもなってくれ、と切に言いたい。
ノプス所長からすれば、そんな予想外の出来事ほど、新たな何かを生み出す原動力なのだろうが、私からすれば出来るだけ穏便に収束すればいいな、と思うのみだ。
「さて、何度目かにはなると思うが。」
カイルを除いたスナントからの一向が集まる中、再びノプスが持ち出した例のランプ。
対象の居場所を調べるための装置としてあまりにも正確なその効果は再び私たちに謎を齎す事となる。
「不思議な事にね、王都に到着した時、昨晩技術院に戻った時、それぞれにランプを発動してみたんだよ。燃料の補充に少し苦労させてしまったがね。」
視線を向けて頷く所長。その先に立っていたのはパーシィで、まだ昼にも遠い時間だというのに付かれた顔をしている。
ランプそのものの使用については大した魔力を必要としないのだろうが、その燃料の補充が一概にそうではない、という事だろう。
『で、その近い距離で試したって事は、所長には何か思い当たる場所があった、って事ですよね?』
「ああ。あまり考えたくもないし、出来れば誰もが触れて良い場所ではないね。」
らしからぬ表情はスナントでも見た事はあったが、あの時とはまた違った表情。
「所長、それについては私から少しお話をしましょう。」
助かります、と一歩下がるノプス所長に変わって踏み出したのは叔母であるレオネシアだ。
「フィル、貴女はこの国、エデルティアの王族についてどれくらい知っていて?」
話の始まりに私に投げられた問い。
今回の一件にこの問いかけが関係している、という意味があるのだろう。
『現在の国王ラグリア=エデルティス陛下が治める千年王国とも言われる国…が私が簡単に答えられるところですねかね…。』
「千年王国。何故そう称されているのか…貴女には何と無く分かるのではなくて?」
追加される問いかけ。
叔母は直接の明示はしないが、その問いは、既に私の中で答えに辿り着く材料が揃っているということを示唆しているのだ。
しかし、私には答えを紬ぐ為の言葉が思いつかない。
そんな私に改めて叔母が語る。
「千年王国エデルティス。建国から18の時を刻み、そして今、半ばを通り過ぎる時の訪れに直面しているのよ。」
この国が千年王国と呼ばれるその理由は、平和に、平穏に時を刻む安寧の王国。
歴史を学ぶ上で最も一般に広く知れ渡る国の印象。
一概に間違いではないその説明は一見すれば暮らしやすい、誰しもが望み、憧れ、心の奥で渇望する理想の国。
しかし、それを維持していく事が何れ程困難な事か。
先のセルストの反乱に挙げられる人々を不安に貶める事象の起こりが無いわけではない。
綻びは解けるからこそ蓄積させ、時をかけて積もった力が隙間から向かう先を求めて彷徨う。
時に人の、時に万物の、或いは重なり合い、この国に試練と言う名の厄災に姿を変えて包み込む。
『この一件がソレだとでも?』
人に依る事象はそこに暮らす人々の感情から来る者のはずで、それは時間によって定められた絶対ではないはずだ。
自然災害もまた、周期があったとして人の手で操れる類ではない。
もしそれが出来るならそもそも起こる事自体を無くすべき事だ…。
『そんな事…』
「少なくとも、今までに記されたこの国の歴史は同じ事を繰り返しているのよ。」
どこか達観したような、諦めに近い叔母の表情に、締め付けられるような痛みを覚え、視界がぐるぐると回るような、価値観を塗り替えられるような得体のしれない感情が私を支配した。
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形を変えて繰り返される歴史。
それは生きている中で正しい事なのだ、と言い切れるだろうか?
次回もお楽しみに!